もしもの物語-1-
「アリーシャ?何か疲れてるみたいだけど?」
心配そうに自分の顔を覗きこんできたスレイに、アリーシャは我に返り慌てていや、と首を振った。
「私は平気だ。君こそ、今夜は大変だったんだ。早く宿で休んでくれ」
そう言って、笑顔を作った。笑えと念じて、口の端を上げる。ひと月に何度も開かれる貴族の社交場で、嫌が応にも身に付いた処世術だ。嫌な慣れだなとも思ったが、それは顔に出さない。
スレイは未だ訝しげな顔をしてアリーシャのことを見つめていたが、やがて彼は彼女がこれ以上話してはくれないと悟ったのか、わかったと頷いて宿屋へと歩を進めた。
アリーシャは気付かれないようそっと胸を撫で下ろし、彼の後について行く。気を遣わせてしまったかなと、心中で前を歩く少年に謝った。
疫病が蔓延していた街、マーリンド。穢れに満ちていたこの街も、スレイと共に奔走したおかげで随分と浄化できた。息が吸いやすくなった、というのだろうか。胸の圧迫感が薄くなった気がする。
敢えて舗装されていない、土と草花で整備された道を歩きながら、アリーシャは周囲を見回す。木々に囲まれた真夜中の街に、自分とスレイの足音だけが響く。
―――若い導師が身を削ってるんだ。ふてくされてる場合じゃないよな
ふと、先程再び地の主としてマーリンドの加護天族になってくれた、ロハンの言葉が脳裏によみがえる。独り言だっただろうその言葉は、遅れて踵を返したアリーシャの耳に偶然届いていた。
身を削るとは、どういうことだろう。時々、スレイが立ち眩みを起こすことがあった。それと関係があるのだろうか。
それに、その前にされた会話。従士、と呟き眉間に皺を寄せ、ロハンはスレイの主神たる天族、ライラに平気か、と問い掛けていた。
それを繋げるならば、従士の契約によって、スレイは何らかの負担を強いられている、ということではないのだろうか。
(初めてライラ様の声を聞いた時のような……いや、もしかしたら、それ以上の負担をスレイに……)
翡翠の双眸が半分、瞼で隠れる。無意識に胸に手を当て、何かを堪えるように唇を噛む。
―――支えてもらってばかりだ、私は。
変わりようのないその事実が、アリーシャの心に重くのしかかった。
『―――…………』
「どうした、ミクリオ?」
何か思案している気配を漂わせているミクリオに、スレイは小声で話しかける。きっと顕現していたら、顎に手を添えているのだろう。そんな幼馴染の姿を想像して、気付かれないように笑った。
少しだけ逡巡する素振りを見せた彼は、小さく息をついていや、と口を開く。
『……何でもない。少し考え事』
頭の中から聞こえてくる声に、わざとらしく唇を尖らせる。
「何だよ、水臭いなぁ…」
少しでも教えてくれないかと期待して不満を乗せて言うと、お互い様だろとぴしゃりと返された。彼の言葉に軽く目を瞠り、苦笑する。やっぱりバレていたか。スレイは嘘をついたり、隠し事をするのが苦手だ。幼い頃から共に暮らしている親友とも言えるべきミクリオには尚更。些細なことでもすぐに気付かれてしまう。
まぁでも、その通りだ。その時がくれば話してくれるだろうし、逆も然りだ。それまでは待って、自分も待ってもらおう。
スレイはそっか、と小さく呟いてから、頭を切り替えて別のことを思案する。少し遠くを見つめるように前を向くと、木々の隙間から木造の家が点々と道なりに連なっている景色が見えた。
その風景を眺め、どうにも疲れるなと思ったら、無意識に自分が目を凝らしていたことに気付いた。はっと目の力を解すように目を閉じ、ゆるく首を振る。ゆっくり目を開けて、けれど未だぼんやりとした視界に軽く息をつく。
丸一日街を奔走し、手強い憑魔との連戦に、きっと力を使い果たしたのだ。ぐっすり眠って食事をとれば、きっと目の霞みなんてすぐに治る。
そう頭の中で結論付けて、何だか言い訳っぽいなぁ…と頬を掻いた。実際半分は言い訳だ。
妙に込み上げてくる可笑しさを、深呼吸をして吐き出して、スレイは浮かんだ笑みを消す。
―――アリーシャさんが従士となれば、スレイさんの領域内でなら憑魔と戦えるでしょう。ただし、―――――……
アリーシャと従士契約をする際、代償があるとライラから聞いていた。それが今、スレイに身に降りかかっているのだろう。
これを知っているのは自分と、それを告げた彼女だけだ。
別にあの時ライラの言葉を信じなかった訳でも、大丈夫だと高を括っていた訳でもない。いつまでも秘密にしておけないことはわかっていた。現にミクリオにだって勘付かれてしまったのだから、時間の問題だとは思っていた。
だが、いつ言えばいいのか、そこまでは考えていなかった。
ちらりと、後ろからついてくる少女を見遣る。幸いにも彼女は俯いていて、気付いていないようだ。
―――私は見てみたいんだ。穢れのない故郷を
従士にしてほしいと、曇りない真剣な眼差しが、心の底から叶えたいと願う夢を真っ直ぐに語ってくれたから。
その夢を応援したいと思った。その景色を見てみたかった。それに、自分の夢と導師の使命、そのどちらにも彼女の夢は繋がっている。同じ志をアリーシャも抱いているということが、純粋に嬉しかった。
故にその頼みに悩むこともなく応じ、彼女の決意と共にスレイも覚悟を決めた。だから、ちょっと困ったなとは思っているが、後悔なんてしていない。勿論迷惑だとも思っていない。―――――けれど。
きっとこのことを知ったら、アリーシャは責任を感じて、自身を責める。そうして、多分―――――
「うーん……」
困ったなぁと、スレイはまだ夜明け前の空を見上げた。
◆ ◆ ◆
翌日、アリーシャは宿屋の前で街の風景を眺めていると、スレイたちが起きてきた。思わず駆け寄って具合はどうだと聞くと、スレイは笑って平気だと返してきた。無理をしているのではないかと窺っていたが、昨日のは知恵熱だとからかうミクリオの言葉にノって返していたスレイの顔色は大分良くなっていた。そのことにほっとして、アリーシャは頬を緩めた。よかった。いつものスレイだ。
「導師殿!いいところに」
馬の蹄と車輪を引く音が傍まで来たかと思ったら、背後から突然男性の声が聞こえてきた。アリーシャが振り向き、中年くらいの男性と赤髪の少女の姿を認めたタイミングで、スレイがエギーユさんと声を上げた。エギーユと呼ばれた男性は人のよさそうな笑みを浮かべ、手綱を操り馬車を止める。
(あの方々は……)
二人には見覚えがあった。時々アリーシャの暮らす貴族街まで荷物を運んできてくれている、セキレイの羽という商団だ。聖剣祭でも何かと世話になった方々だ。
それに、あの赤髪の少女とは少しだけ面識もある。商人だからか話し上手で、快活な彼女との会話は楽しく、話す度に好感が持てた。
「橋の話聞いたよ。すっごいね!」
「あれは……まあ……」
男性の横に座っていた少女が立ち上がり、元気よく言ってきたその内容に、スレイは困ったような顔で返事に言葉を濁す。
導師の力は、天族を見ることができない人間からしたら恐るべき異質な力にしか見えない。橋の基盤を作るために力を使おうとしたスレイに、ライラとエドナがそう忠告したと聞いた。彼の力を初めて目の当たりにして、感謝の気持ちを述べたネイフトは、稀な例だったのだろう。現にアリーシャも唖然としてしまい、それを地の天族であるエドナにぐさりと指摘されてしまった。まぁあの半分はからかうためだったらしいが。
もしあそこに大勢の人々がいたらと想像して、アリーシャは顔を曇らせる。ライラとエドナの言う通り、決して良い展開にはなりそうにないと思った。
(人は、身勝手な生き物だな……)
世界中の人々が災厄の終わりを求めているというのに、希望の光である導師を恐れ、避ける。何というかなしい因果だろうか。
「あと、伝言!」
そんな事を考えていたら近くで張りのある声が聞こえてきて、アリーシャは勢いよく顔を上げた。思っていた以上に考え込んでいたらしい。いつの間にか馬車から下りていたらしい少女が、スレイの前に立っていた。
「『マーリンドに向かう傭兵団を見つけ、街の警備を頼んだのですが、断られてしまいました。レディレイクに援軍を要請しましたが、少し時間が掛かりそうです』」
わざとらしく声をしゃがれさせ、どこか重々しい口調で話す彼女に、先程浮かべた老人の姿が思い浮かぶ。スレイの手に持つ用紙を見ると、自分達が届けたものと同じ薬剤名が記された納品書。アリーシャはあっと顔を明るくして、目を細めた。壊れた橋の向こう側で、ネイフトもこの街のために奔走しているようだ。
「傭兵団!その手が!」
スレイが名案だと言わんばかりに声を上げた。確かに、彼らに街の警護を頼むのは良いかもしれない。
マーリンド周辺に加護領域を展開するために、それを阻害している穢れの元を叩かなければならない。そのためには一旦マーリンドを離れなければならず、未だ憑魔が侵入してくる可能性のあるこの街の防衛をどうしようかと悩んでいたのだ。市民はともかく、病でまともに動けない警備兵よりもずっと心強い。
――――ただ、もうひとつ問題がある。
「…傭兵に、憑魔が倒せるだろうか?」
思案しながら、その懸念事項をスレイに伝える。憑魔は見えず、倒せない。それが一般に知られる人々の常識で、災厄の時代における『災厄』のひとつであった。
「ハウンドドック級は無理でしょうけど、ただの動物憑魔くらいなら」
「凶暴だけど見えるし。しょせんザコだし」
声のする方に視線を向けると、白銀の髪をもった女性と大きなパラソルを広げた少女がいた。今宿屋からでてきたのだろうか、少女の方はまだ眠たげな目をしている。
そうなんだ、とアリーシャは初めて知った知識に独りごちて、ふと思い出す。そういえばマーリンドに入ったとき、犬が憑魔に変化して襲ってきた。もしかすると気付いていなかっただけで、今まで戦ってきた野犬や野鳥も実は憑魔だったのかもしれない。やけに手強い時は首を傾げていたが、そういうことかと納得する。
「けど、警護を断ったって」
難しい顔で指摘してきたミクリオに、アリーシャははっと顔を輝かせる。交渉なら、自分にも経験がある。
「私が頼んでみます。誠心誠意」
役に立てるかもしれない。少しでもスレイたちの助けになれるかも。
身を乗り出して決意を固める少女に、商人の娘は困ったような、呆れたような面持ちで見つめていたのだが、熱くなったアリーシャはそのことに気付かない。
「とにかく、その人たちに会ってみよう」
仲間たちを見回し、伝えてくれてありがとうと赤髪の少女に礼を言ってその場を後にする。
「ねぇ」
しかし、すれ違いざまに呼び止められて立ち止まる。彼女を振りむけば、深緑色の瞳が真剣な、どこか威圧感のある眼差しでスレイを見つめていた。
「なんでこんな面倒なことすんの?」
「なんでって……」
突拍子もない質問に、スレイは困ったように眉根を寄せる。
「困ってる人をほっとくの、イヤだから」
目の前で辛い思いをしている人がいたら助けたい。自分が手助けできるのなら力になりたい。スレイにとってそれは当たり前のことで、疑問に思ったことすらないほどごく普通に湧いてくる感情だった。自分の思うままに動いている訳だから、理由なんてものはない。
強いて言うならば放っておけないからだと、正直に答える。
「……ふーん」
自分の中の何かを推し量るような視線が、ふとやわらぐ。口元に浮かんでいるのは、面白いものを見つけたと言わんばかりの笑み。
「わかった。スレイが変な奴だって」
返事を待たず、素早い身のこなしで荷馬車へと飛び乗った少女の台詞に、一同は皆思わず吹き出した。
「何でみんな、口々にオレのことそう言うのかなぁ……」
変だと言われた張本人は、笑い声の響く中ひとり、本気で首を傾げて悩んでいた。
◆ ◆ ◆
情けない、とアリーシャは植物系の憑魔を長槍で突きながら奥歯を噛み締めた。植物らしからぬ悲鳴を上げて消滅する憑魔に目もくれず、次の敵に狙いを定めて森と遺跡の入り混じった地形を駆け抜ける。
アリーシャ達は今、南西の方角から強い穢れを感じるというロハンの言葉をあてにしてボールズ遺跡を探索していた。遺跡の周りに木々が生え、森に埋もれてしまったこの遺跡は、面影を残す建造物がちらほらと残っており、それがこの場所を複雑な地形にしていた。
結局、傭兵団との交渉はスレイ自身の手によって成立した。今は木立の傭兵団団長のルーカスの采配により、マーリンドを警護してくれていることだろう。自分は役に立つどころか、ルーカスにもっと現実を見ろと諭されてしまう始末だった。
―――情けない。声には出さず、もう一度アリーシャは自身を責める。
誰かを救いたいという意志で動く者をアリーシャは尊敬し、自身もそうありたいと思う。そうあるべきだと信じていた。だから街を守るために金を払えと言ったルーカスに反感を持った。金さえ出せばいいのかと、人の命よりも利益を優先する人物なのかと不満を抱いた。
だが、ルーカスはこう言った。使命感や義侠心では、残された身内を養うことができない。だから命を賭ける対価として、金をもらう。そうすることで部下と、そして依頼人との信頼を築く。その言葉に、アリーシャはぐうの音も出ず押し黙るしかなかった。
その通りだ。あの男の言葉は正論だった。試されたことには釈然としなかったが、それからの彼らの迅速な行動に、損得だけで動いているのだと感じることはなかった。
「アリーシャさん、右です!」
「っ!」
ライラの声に我に返り、周囲の音が大きくなる。感覚が戻ったその耳にヒュ、と風を切る音が聞こえてきて反射的に身体を捻り、槍を前にかざす。刹那、勢いよく突進してきた憑魔の鋭いくちばしが柄に直撃する。
「くっ…!」
バランスの悪い体勢で受けとめたせいで、足に上手く力を込められない。勢いを少しでも殺して、多少の傷を負うことは覚悟しなければならなそうだ。
「瞬迅剣!」
やや押し負けていた力の競り合いは、一瞬の内に間合いを詰めてきた少年によって崩された。懐に剣を突き立てられた憑魔は、大きな翼を地に落とす。ふぅ、と息をつく気配がして視線を向けると、手の甲で汗を拭っていたスレイと目が合った。
「大丈夫、アリーシャ?」
「ああ、すまない。助かった!」
礼を言うと彼は軽く頷いて、残る憑魔の元へと走っていった。その背中を見送りながら、アリーシャも長槍を構える。すれ違い際、エドナがこちらをちらりと一瞥したのだが、その視線を気に留める余裕が今のアリーシャにはなかった。
―――この街、好きにしちゃってもいいよな。
人の悪い笑みを浮かべて聞いてきたルーカスに、そんなことはしないと笑って否定したスレイは、きっと彼の言葉に惑わされず、ルーカスという人物の人となりをしっかりと見定めていたのだろう。
(それに比べて私は……)
込み上げる憤りをぶつけるように、空を飛ぶ憑魔に向けて長槍を突き上げる。
ルーカスの人柄も、交渉も、上っ面しか見えていなかった。そんな自分のことが、嫌になりそうだった。
「…よ、し……」
上がった呼吸を整えていたスレイは、目前に倒れ伏している巨大な植物を見て安堵の息を吐いた。
遺跡の奥に進んでいくと、ひと際強い穢れを感じた。張り巡らせていた神経を更に尖らせて、緊迫する空気のなか、突如薄ら寒くなるような不気味な雄叫びとともにそれは姿を現した。
イビルプラントと呼ばれるその憑魔の大きさにやや圧倒されながらも、ライラの知識や経験に助けられ何とか倒すことができた。これで領域を張ることを妨げる原因は取り除けた筈だ。
スレイは背後にいる仲間たちを振り返り、嬉しそうな声で話しかける。
「これでマーリンドの加護が―――」
復活する。口にしようとした言葉は、しかし大気を震わせる程の絶叫に遮られた。身体ごと視線を戻せば、先程まで地に伏していたイビルプラントが、腕にも似た巨大な蔓を地に叩きつけて異様な速さでこちらに迫ってきていた。
「スレイ!」
「ミ―――!ぐ…っ…」
叫びながら、ミクリオとアリーシャが自分を庇うように前に出る。危ない、と駆けつけようとして、しかし目の前がひしゃげるような感覚にスレイは膝をつく。立つこともままならない程の眩暈に歯を喰い暫しながら、顔を上げる。靄のかかったような視界で、何とかミクリオの姿を捉える。
(早く、行かないと……!)
片膝に置いた手に力を入れて、剣を支えに何とか立ち上がろうとする。言うことをきかない身体に腹が立った。
ふいに、イビルプラントの蔦が振り上げられるのを見た。あっと声を上げた刹那、無情にもそれが横薙ぎに払われ、アリーシャ達の悲鳴と地を擦る音が聞こえてきた。
「…ぅ……」
すぐ横から吹いてきた風に視線を向ければ、目を閉じて力なく四肢を投げ出したアリーシャの姿があった。
「―――っ、アリーシャ!」
瞬間、スレイの頭は真っ白な怒りに塗りたくられた。
「こ、のっ!」
最後の悪足掻きと暴走する憑魔を睨みつけて、スレイはライラの真名を唱える。腹の底から湧き上がる、燃えるような熱さが彼の身体を動かし、それが移るかのように聖剣の纏う浄化の炎が揺らめく。
衝動のままに駆け抜けて、一閃。真っ二つに割れたイビルプラントは、断末魔を上げながら浄化の炎に包まれて消えていった。
即座に神衣を解いて、倒れたまま動かない少女の元へ駆け寄る。ライラは彼女の傍で膝をつき、すぐさま回復術をかけた。
「アリーシャ……」
ライラの白い手から放たれる光に包まれたアリーシャを心配そうに見つめる。徐々に穏やかになっていく表情、ほっと胸を撫で下ろした。しかし、突如現れた目前の傘に、俯いていたスレイは声を上げることもできず目を白黒させた。
何を、とその傘の持ち主に顔を向けると、青い瞳を鋭くきらめかせたエドナと目が合った。
「見えてないんじゃない、目?」
嘘は許さないと暗に込められた声音に、スレイは思わず息を呑んだ。滲むような憤りと静かに真意を探るかのような双眸に、自分よりも幼い見た目をしていても、やはりこの少女は長い年月を生きてきた事実を実感させられた。可愛らしい姿をしていても、今のような雰囲気を纏うと中々に怖い。
沈黙するスレイを、ライラが憂いを滲ませた表情で見つめた。
「やはり、従士契約の反動が……」
「いや…オレがぼうっとしてたから……」
それでもごまかそうと歯切れ悪く口を開く少年に、エドナは更に咎めるような口調でたたみ掛ける。
「ヘタしたら死んでたわ。アリーシャもミクリオも」
「……っ…」
死んでいた。冗談ではない、冗談では済まされないその響きに、背筋に冷たいものが伝う感覚を覚えた。
「僕はいい!アリーシャのために黙ってたんだ。スレイは」
凍りついたように固まってしまった幼馴染みを庇って、ミクリオが声を上げる。その言葉にライラは同意し、ですが、と顔を伏せて沈黙する。
「……限界でしょ?」
先の台詞を躊躇った彼女に変わって、エドナが淡々と告げる。それでもミクリオは何かを返そうと口を何度も開くが、やがて二の句がつげず悔しそうに俯いた。
黄土色の地面を視界に映しながら、スレイは限界、とエドナの言葉を小さく繰り返す。限界とは、自分の目のことだ。従士契約の反動。従士の不足した霊応力を補うため、スレイの力を分け与え続けたために掛かった負荷の影響。今は右目だけ、それも導師の力を使い過ぎたときだけに起こる一時的なものだ。
だが、それが今後も続いたら。右目だけでなく、左目にまで影響があらわれたら。その先にどんな結末が待っているか、考えられないほどスレイは浅慮ではない。
「……わかった」
このままでは、いずれこうなるとはわかっていた。いくらライラに導師としての才能があるといわれても、まだなったばかりの未熟者だ。出来ることには限りがあり、寧ろ出来ないことの方が多い。
けれど、それでも何か手はないかと、諦め悪く考えている自分がいる。捨てきれない感情に、眉間のしわがきつく寄る。
「……スレイ」
耳朶を震わせた小さな声に、スレイは勢いよく顔を上げてその声の主に視線を向けた。閉じられていた翡翠がこちらを見ていることに気付き、スレイは一転して嬉しそうにぱっと顔を明るくする。
「アリーシャ!よかった!」
上半身を起こしたアリーシャに大丈夫かと声をかけると、ああ、としっかりとした返事が返ってきた。しかし、俯いたまま顔を上げようとしない彼女に首を傾げる。どうしたのだろうか。
「ロハンさんの領域、展開できたようですわね」
ライラの努めて出したであろう明るい声に、エドナも頷く。先程のことをアリーシャに告げないのは、スレイのことを慮ってのことだろう。自分の覚悟ができるまで待っていてくれているのだ。怒りを潜めたエドナに内心ほっとしつつ、ありがとうと感謝した。
「一件落着。帰りましょう」
「ルーカスたちの様子も気になるしね」
さっきまでの重苦しい空気を振り払うかのように言葉を連ねる仲間たちにスレイはそうだなと同意し、俯くアリーシャに手を差し伸べる。
「行こう」
「――――ああ」
アリーシャは俯いたまま、白いグローブに包まれた手をスレイに乗せる。
ああ、やっぱりまだ一緒に旅がしたいな。浮かんできた想いに、自分より一回り小さい手を無意識にぎゅっと握りこんだ。
◆ ◆ ◆
鈴を鳴らしたような少女の可愛らしくもどこか凛とした声が、徐々に目覚めてきた頭にひやりと冷たく入り込んできた。見えない、契約、反動、限界。頭上で繰り広げられる言葉を手に取り、考えて。それらに繋がる要因は、私だと理解した。全て、私が原因だ。
そんな、と思うよりも、やっぱり、と思った。
わかったと頷いた声が、何かを堪えるように苦しげで、それ以上聞いていられなくなって、今起きた体を装い彼の名を呼んだ。身体を起こせば、先程までの会話がなかったことのように明るい声が名前を呼んでくれた。
笑顔でよかったと喜ぶスレイ、穏やかに微笑んでいたライラ様、ほっとしたように息を吐いたミクリオ様、何事もなかったかのように帰ろうと来た道を示すエドナ様。本当に優しい人たちだと、痛いくらいに身に染みた。
なのに、私は彼らに恩を返すどころか、迷惑をかけてばかりで……心底、自分自身にうんざりする。
だからせめて、私から言わなければと思った。
「わ……私は、残る!」
優しい人たちが自らを責めないように、私から別れを切り出そうと。
隣で大樹を見上げていたスレイが、え、と小さく声を上げる。視線を感じたが、アリーシャは彼の顔を見ることができなかった。
「だって…正式にロハン様を祀る人を見つけた方がいいだろうし……」
これは本当に思ったことだ。器と地の主により加護領域が復活しても、正しく祀る存在がいなければ加護が弱まってしまう。だから早急に探した方がいいと思った。
「アリーシャ、もしかして―――」
「レディレイクにマーリンドの状況も報告しなくては!」
彼女の真意に気付いたらしいミクリオが声を掛けるが、それを遮るように言葉を重ねる。これも本当だ。疫病が収縮し始めたことを報告すれば、より多くの人員派遣や知らせを聞いた商人たちがやってくるかもしれない。そうすれば警護の強化も、物資もより流通する。そうすれば、病に冒されていた人々の回復も格段に速くなるだろう。
わななく唇を強引に止めさせて、続けて口を開く。早く言いきってしまわないと。決意が揺らぐ前に、早く。
「バルトロたちのほとぼりも冷めた頃だろうし。一緒にいたら、また巻き込んでしまう」
これは少し嘘だ。バルトロたちがこの程度で溜飲を下げる筈がない。けど、巻き込んでしまうことは確かだ。
口早にまくし立て、前で重ねた手を力強く握りしめる。
「もちろんもっと一緒に旅がしたい。だが…っ…」
思わず出てきてしまった言葉を、アリーシャは唇を噛んで無理やり切る。
―――見えてないんじゃない、目?
聞いていた。ボールズ遺跡での会話。従士契約の影響で、スレイの視力が落ちていること。このまま契約を続けていればいずれ限界が来ること。自分に霊応力がないばかりに、一方的に強いてしまった負担。その代償。
スレイが自分に力を与えてくれた。その分、スレイ達の力になれればと思った。けれど、自分が従士である限り、スレイが苦しむことになる。
だったら、離れなければと思った。私はこの道を選んではいけなかったんだと、望んでは行けなかったんだと。そう何度も何度も言い聞かせて、足掻く自身を必死に宥めすかして、決断した。
スレイさん、と彼を促す声が聞こえた。この優しげな声も、もう聞こえなくなってしまうのだなと思い、胸がきり、と締め付けられた。
「……ありがとう、アリーシャ」
穏やかな少年の声が、心に染みた。礼を言われるようなことなんてできなかったのに、心からだとわかる感謝に泣きそうになる。目尻に溜まるものを必死に堪えながら、返事をしなければ、と口を開く。
「……ごめん、やっぱりダメだ」
しかし、続くスレイの言葉に声を奪われ、ただ驚きに開いた喉から呼気が漏れ出るだけに終わった。
「スレイさん?!」
それはライラたちも同様だったようで、振り返れば驚愕に目を瞠る彼女らの姿があった。
「ごめん、ライラ。でもオレ、あの大臣たちが話し合いとか、そういうので納得してくれる人達には思えないんだ」
「それは……」
「そんなところに、アリーシャを行かせたくない」
かなしそうに眉を下げるスレイに、アリーシャは思わず言葉に詰まった。自分でも思ったことだ。良くて軟禁、最悪僻地への左遷も考えられる。
だが、レディレイクにはマルトランがいる。師である彼女に助力を乞えば、後者は避けられるだろうと踏んでいた。
「それに、アリーシャは?」
その点については大丈夫だと言おうとして、しかしまたしてもスレイの声に遮られた。
「アリーシャのやりたいことは、どっち?ここに残って、マーリンドを手助けすること?それとも、オレたち一緒に旅をすること?」
「…わた、し…は……」
反射的に声を上げ、しかし、答えが見つけられずにもう一度私は、と繰り返す。
どちらがやりたいか、なんて。そんなこと、考えなくとも決まっている。けれど、やりたいことと、やらなければないことと、やってはいけないことがあるから。今はそれが頭の中で絡まって、ごちゃごちゃと収拾がつかなくなっているけれど。
呼吸を整えるために一度大きく深呼吸をする。草木の茂る香りとともに、清浄な空気が肺に満ち、少しだけ落ち着いた。
「……私のやりたいことは……スレイ達と、もっと旅がしたい」
「うん」
「でも、それは私の我が儘で……我を通すよりも先に、やらなければならないことが、あるから……」
ひとつひとつ、確認するようにアリーシャはゆっくりと話す。先を促すスレイの相槌は、ただただ優しい。
「それにっ…一緒にいれば、迷惑ばかりかけてしまうし……!」
目の奥が熱い。湿った声が出るのは、そう言い聞かせても嫌だと駄々を捏ねる自分がいるからだ。己の浅ましさと無力さに嫌気がさす。
俯いて、力強く握り締めていた両の拳を、ふ、と解く。深く息を吐いて、顔を上げる。
「―――――、……すまない、取り乱してしまった」
そう言って、困ったように笑った。こんなことを吐きだして、困らせているのはこっちなのに。
きっと困惑した表情をしているだろうと彼を見て、しかし聞こえてきた声を同じくひたすら優しい笑みを浮かべた少年がいて、アリーシャは驚いた。
「オレさ、ずーっと考えてたんだよね」
大きな瞳を丸くして唖然とするアリーシャに、スレイはそう口火を切る。
「目のことをさ。それこそ立ち眩みをし始めた時から。困ったなぁ、何か対策考えなきゃ、て」
「やっぱり、あの時から気付いていたのか……」
じとりと睨みつけてきたミクリオを、スレイは乾いた笑い声でごまかす。
「でも、答えは出ないままここまできちゃって。結局、アリーシャにも皆にも、迷惑かけた」
ホントごめん、と両手を合わせて頭を下げるスレイに慌てる。ミクリオたちはともかく、自分は迷惑をかけた側だ。どうして謝ってもらう必要があるだろうか。
「でもさ、やっぱりオレ、諦めきれないんだ」
「諦めきれない…?」
「うん。アリーシャと一緒に旅すること」
「スレイ……」
照れくさそうに頬掻いて、けれど真剣なスレイの声音に、アリーシャはぐっと胸が詰まる思いがした。負担ばかりかけていたのに、支えることなどできなかったのに。そんな足手まといでしかなかったのに。
それでも自分と旅がしたいと、スレイは臆面もなく言ってのけた。
「…どう、して…」
込み上げてくる何かに喉を塞がれて、掠れた声で尋ねた。そう言ってくれたことは嬉しいけれど、どうして、何でそこまでと思わずにはいられなかった。
しかし、スレイの方が意外だったらしく、きょとんと不思議そうな顔をされた。
「友達が困ってるなら、力になってあげたいじゃん」
「友、達……」
「そ、友達!」
単純明快。腰に手を当て、自慢げに口にしたその理由に、今度はこちらがぽかんとする。まったく…と困惑と諦観が混ざったような声が耳に入るが、あまりにも予想外だったためにアリーシャは動くことができなかった。ただ、小さな灯のようなあたたかさが、じんわりと広がる。その変化だけは理解していた。
「――――呆れた」
ようやっと硬直が解かれたのは、背筋の伸びるような冷たい声音が響いたときだった。
「エドナ?」
無邪気に首を傾げている導師に、声の主は静かな、けれど痛いほど厳しさを感じる口調で彼に詰問した。
「その困ってる友達を助けて、自分が困ってたら意味ないじゃない。バカなの?おバカさんなの?向こう見ずの考えなしのろくでなしなの?」
「え、エドナさん、落ち着いて……」
「あなたは黙ってなさい」
遠慮呵責一切なくつらつらと辛辣な言葉を並べたてる彼女をライラが宥めようとして、しかし下から鋭い視線を浴びせられながらぶった切られ、しおしおと下がっていった。ふん、と鼻を鳴らして、スレイに視線を戻す。
「そもそも、従士契約の代償はどうするのよ」
「えっと、とりあえず、何か方法が見つかるまではアリーシャに従士契約を切ってもらう」
それはすぐにできる?と問い掛けると、戸惑いながらもライラは頷いた。
「え、えぇ……ですが、それではアリーシャさんが危険なのでは……」
「うん。だから、オレたちでアリーシャを守ろう」
「――――――、」
堂々とそう宣言した導師に、再び一同皆茫然と固まった。
「それに動物級の憑魔だったら、普通の人でも見えるんだろ?流石に美術館にいたようなのは無理だと思うけど。見えるんなら、アリーシャの腕だったら対処できるだろうし、その間にオレたちで浄化するとか……」
最初に正気に戻ったのは、やはりというべきかエドナだった。可愛らしい顔を苦虫を噛み潰したように歪ませ、次いでこれみよがしに大きな溜め息を吐いた。
「……わかった。スレイは変な奴なのね。変人なのね。まぁ、わかってたけど。それかマゾ」
「マゾ?」
「ミボみたいなやつってことよ」
「おい!いい加減なことを言うんじゃない!」
「そうやってかまって欲しそうに噛みつく所がマゾね」
「それはエドナがいちいち―――」
「で、解決方法は?導師になったばかりのあなたに、何か策はあるの?」
聞け!と吼えるミクリオを無視して、エドナは再びスレイに問い掛ける。先程よりも幾分か勢いが削がれているが、それでも青空を思わせるような双眸が、強い眼光を放って見つめてくる。その目を真っ向から見返して、そうしてふ、と表情を緩める。
「だからだよ」
「は?」
「ドラゴンのことだってそう。オレはまだまだ未熟者で、知らないことやわからないことが多すぎるんだ」
ドラゴン。その単語に、エドナは僅かに瞳を揺らす。霊峰で聞いた雄叫びを思い出しながら、スレイはだからさ、と導師のグローブを身に付けた手に力を込める。
「もっと世界を歩いて、色んな人と出会って、そうしていけばきっと―――」
「何か方法が見つかるかもしれない、か?」
呆れた、けれど笑いを含んだミクリオの声に、そういうこと、とにやりと頷いた。
「エドナ。オレ、諦めたくないんだ。今できないからって諦めて、あとで後悔したくない」
エドナの兄を救う方法を探す。それだって、まだわからないけれど、何か方法はある筈だ。絶対。
一度切ってからエドナに向き直り、力を込めて言葉を放つ。
「エドナが心配してくれるのは嬉しい。けど、信じて欲しいんだ。エドナの言う通り新米導師だけど、頑張るから」
胸の奥底を見るような眼差しでじっと見上げていたエドナの表情が虚をつかれた顔で固まる。猫のような瞳をぱちぱちとしばたかせていたが、はっと我に返ったかと思うといつものように半眼になり、ふいと顔を背けた。
「天然タラシも追加ね……」
ぽつりと小さく呟かれた言葉に、スレイは首を傾げて繰り返す。すると、エドナが不機嫌そうな顔でちろりとこちらを見て、面倒そうに返答した。
「ミボみたいなやつじゃないようなやつのことよ」
「だから何で僕を基準に例えるんだっ!」
「へぇー、よく兄弟みたいだって言われることはあったけど、反対って言われるのは初めてだなぁ」
「スレイもエドナの言うことを真に受けるな!!」
「うるさいわねミボ、静かになさい」
言うが早いか、食ってかかる少年をエドナは容赦なく傘で突いて黙らせる。ドスッと鈍い音が響き、スレイは思わずうわ、と声を漏らした。脇腹を思い切り突かれた親友は、理不尽だ…と呻いている。相当痛そうだ。
「ま、いいわ。好きにすれば」
エドナの仕打ちに顔を引き攣らせていると、そんな投げやりとも言える声が聞こえてきた。顔を向ければ、パラソルを肩に乗せたエドナの姿があった。先程の揺らぎは既に消え失せ、小さな口元が少しだけ持ち上がっている。
「それから、前にも言ったわよね。時代錯誤もいいとこよ、それ」
「はは……精進、します…」
よくわからないが、胸に刺さるものがあった。苦笑いを零しながら後頭部に手をやって、それから仕切り直しと息を吐いた。
「アリーシャ」
おろおろと心配そうにミクリオのことを気遣っていた少女に、スレイは話しかける。え、と顔を上げた彼女に、ようやく痛みが引いたらしいミクリオがその華奢な肩に手を乗せる。
「あとは君次第だよ、アリーシャ」
戸惑う彼女の背中を押すために、励ましの言葉を添える。視線だけスレイに向け、小さく頷いた幼馴染みを確認してから、大樹から少し離れた。
「私は……」
ここまで言葉を尽くしてくれたにも関わらず、アリーシャはまだ迷っていた。躊躇いがちに落ちる声は、いつもの良く通るそれと違って酷く弱々しく揺らいでいる。
本当に、いいのだろうか。自分がいたら、嫌でも負担を掛けてしまう。それでもいいと言ってくれた、その言葉に、自分は甘えていいのだろうか。
「…アリーシャさん」
「っ!ら、ライラ様…?」
いつの間にか握りしめた拳に、そっと添えるように触れた白い手があった。驚いて顔を上げたアリーシャの前に、慈愛のこもった表情で柔らかく微笑む女性が佇んでいて、その美しさに思わず見とれた。
「アリーシャさん。以前、私が言った言葉を覚えていますか?」
「以前、言ったこと、ですか…?」
はい、と笑みを深くして、ライラは思い起こすように言葉を紡ぐ。
「この世界で人や天族がどのように生きているか。その目で確かめて欲しい。世界を見て、色々知って……その上で答えを導き出して欲しい、と」
覚えている。スレイと従士契約をした日。清らかな水を求めてガラハド遺跡へと向かう途中で、ライラがスレイと自分に言った台詞。まるでそれは何かの導きであるように感じて、忘れまいと心に刻みつけた言の葉。
「それは、従士としてだけではなく、王女としてのアリーシャさんに向けての言葉でもありますわ」
こくりと頷いたアリーシャに満足げに目を細めた彼女は、そう続けた。
「王女として…世界を見る……」
「はい。一つの国を治めることは、その国ばかりを見ていればいい、というわけではありません。アリーシャさんも、スレイさんと同様世界を見て、学ぶべきだと思います」
ひとつ、ひとつ。胸の奥底にぴちゃんと水が跳ねるように、ライラの言葉が心に響く。この感覚を、アリーシャは知っている。何だろうと記憶を掘り起こして、あぁと思い至る。マルトラン師匠に教えを説いてもらった時。それと同じだ。
こうでありたい理想。それを目指すための、道標。それを見つけた、溢れんばかりに湧きあがる歓喜。
「私、は……」
アリーシャはぎゅっと胸を押さえる。トクトクと高なる心臓が、熱を伴って全身を駆け巡る。
高ぶる熱や震えを吐き出すように一度深呼吸をして、自身の返答を待っている少年を真正面から見つめる。その後ろには天族の二人が見守るような視線を送っていて、それに後押しされるように本音が零れ出た。
「私はっ…、スレイ達とともに、旅がしたい!」
声が裏返るのも構わず、アリーシャは願いを口にした。緊張で浅くなる呼吸に肩を少し上下させて、じっとスレイの返答を待つ。
彼女の言葉を聞いたスレイは、嬉しさを全面に浮かべて、晴れやかに笑った。
「オレも、アリーシャと旅がしたい!」
ざぁぁ、と一陣の風が吹く。大樹の枝がしなるように揺れ、木漏れ日がちかちかと動いた。勢いに負けた葉が攫われ、ふわりと香った花の香と共にアリーシャ達の間をすり抜ける。その景色が、アリーシャにはひどく輝いて見えた。きっと一生忘れないだろうと思うほどに。
道が開かれた感覚、世界が広がった感覚。これからの旅に、今までにないほど全身が喜びに打ち震えた。
ふいに目の前が陰り、横を向いていた首を戻そうとしたと同時に無骨な手がひょいと視界に現れる。目をしばたいてその手の主を目で追えば、先程よりも近くにあるスレイの笑顔。
「オレ、諦めないからさ。だから、アリーシャも諦めないで?」
真摯に、真っ直ぐに向けられる眼差しと言葉に、アリーシャは数秒の間のあと、満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、もちろんだ。約束するよ、スレイ」
差し出された手を両手で握り返して、彼と同じく力強い光を宿した目でそう誓った。
「ぅわっ?!」
「っ?!」
笑い合ってお互いを見つめていた二人の間に、突然細長い傘が顔を出したかと思ったら勢いよく広がった。驚きつつも持ち前の反射神経でそれを避けた二人は、目を丸くしたまま傘を凝視した。
「雰囲気作りすぎ」
呆れとからかいの入り混じった声が下から響いた。視線を下ろせば、口端を少し上げたエドナが澄ました顔で自前のパラソルを畳んでいた。
「ふふふ、青春ですわね」
「そうだよ、一生の別れでもあるまいし」
次いで掛けられた言葉に、スレイとアリーシャは顔を見合わせて、やがて込み上げてきた可笑しさに吹き出した。
「ふふ、そうですね」
「ああ、これから、だよな!」
大樹を見上げ、目一杯息を吸い込んだスレイは、そう声を張り上げて抜けるような青空に拳を突き上げた。
こうして、のちに伝承として語り継がれる、導師スレイと王女アリーシャの旅が、幕を開けた。
「ほら、遺跡と一緒だよ。諦めさえしなければ、活路は見出せる!ってね」
「そこで例えるのが遺跡なのね……」
「まぁ、スレイにはそれしかなかったからね……」
「ふふ、スレイさんらしいといえばらしいですわ」
「なるほど…遺跡探索とは、奥が深いものだな…!」
「そうなんだよ!仕掛けが解けたときなんて、わっくわくしちゃってさぁ!」
「ああ!それはわかる気がする。一歩進めたときのあの高揚感は、何とも言えないな!」
「何か納得してるししかも脱線してるんだけど何なのこの子たち」