もしもの物語-21-



微睡みの中を漂いながら、アリーシャは意識が夢から戻ってくるのを感じた。
石のひやりとした匂いと、ほのかに漂う草木の湿った香り。それにやや埃っぽい空気に、自分の記憶を手繰り寄せて今どこにいるのか思い出す。
久しぶりによく眠れた気がした。ここ最近はずっと気を抜くことができなかったから、尚更だろうか。寝ているベッドは屋敷の物より硬いはずだが、心の持ちようなのか遥かに心地よく感じる。
ぼんやりとした思考のまま、それでも無意識に体が動いて伸びをしようとした。だが、何故かそれは叶わなかった。
「……?」
腕が動かない。いや、腕どころか身体が何かに押さえられていて動かない。ぐっと腕を突っぱねるが、やはり完全に伸ばすことはできなかった。
そこでふと疑問が湧いた。―――突っぱねられるものがある?
まだ微睡んでいたい気持ちに何とか打ち勝って、眉を顰めながらもゆるゆると重い瞼を持ち上げた。
視界いっぱいに広がるのは、アスガード時代に造られたであろう石造りの遺跡、ではなかった。
濃い青の布。それからその布に置かれた自分の手。
手のひらから伝わるあたたかさと上から覗く首筋に、布ではなくシャツだと気付いた。
よく眠れたのはこの体温のおかげかもしれない。心地よい人肌の温度に素直にそう思いながら、アリーシャはそのままゆっくりと視線を上に持ち上げる。
その先に、少年の顔があった。年相応の寝顔を見せて、穏やかに熟睡している。こちらまで安心してまた寝入ってしまいそうな顔だ。
ああ、スレイか。身体が動かない原因が彼だと知り、再び睡魔に誘われるままに眠りにつこうとした。
「……ん?」
―――……スレイ?
彼のつけている羽根の耳飾りが、顔を上げた少女の頬を優しく撫でる。
「…………っ?!?!」
もう一度その目の前の人物がスレイだと認識した瞬間、アリーシャは閉じかけた瞼を大きく開いて、形容しがたいような声にならない悲鳴を上げたのだった。


◆   ◆   ◆


太陽が眩しい。目にしみる。梯子を上って元アジトから外に出た最初の感想がそれだった。
「ふぉふぁほ〜……」
くあ、と欠伸をしながら、既に遺跡の外で思い思いに過ごしている仲間にロゼは声をかけた。
正直まだ眠い。デゼルに叩き起こされなければまだベッドに潜っていたかった。
こういう時こそ自分を操って身支度なりなんなりしてくれればいいものを、デゼルはそうはしてくれないのだ。何でしてくれないのか抗議したこともあったが、変に間が空いた後に甘えるなと叱られてしまった。
「おはよ」
「…でもないだろ。三日も寝っぱなしだったのに」
だが、スレイの挨拶に続いてミクリオが呆れ顔で指摘した言葉に、ロゼはぎょっと目を見開いた。
「うっそ!?通りでお腹すきすぎと思った」
腹部をさすりながら言ったその台詞に、今度は全員が呆れた気配を見せた。
驚くところはそこなのか。どうせそう思っているのが考えなくてもわかる。だがこっちとしてはそっちの方が重要だ。
「とりあえず食事にしよう」
「そうですね。スレイさんたちもさっき起きたところですし」
「やった!その言葉を待ってました!」
仕方ないと言わんばかりのミクリオの一言に、目を輝かせて同意した。
腹が減っては戦はできないとどこかの誰かが言ったそうだが、本当にその通りだとロゼは思う。心の底から納得できる。
「ミボ、焦がしたら許さないわよ」
「だったら君も手伝え!」
いつも通りのやり取りに声を上げて笑い、ロゼはふと気付いて辺りをキョロキョロと見回す。
「あれ、そういやアリーシャは?」
確かドラゴンに吹き飛ばされたときは一緒にいたはずだ。共にティンタジェル遺跡群に行ったところまでは記憶がある。
だが、今彼女の姿が見当たらない。どこに行ったのだろうと首を傾げていると、再び呆れたような視線がロゼに降り注いだ。
「なに?」
「……まさかとは思ってたけど、本当に熟睡していたんだな…」
「あの騒ぎで起きないなんて……ロゼさんは大物ですね」
「神経が図太いか麻痺してるの間違いでしょ」
「とりあえずエドナはあとでほっぺつねるわ。なになに、まったくさぱらんなんだけど!」
憤慨したように頬を膨れさせるロゼに、ザビーダがくつくつと笑いながら彼女の疑問に答えた。
「アリーシャちゃんはロゼちゃんたちより早く目ぇ覚ましてよ。一旦レディレイクに戻ってったぜ」
「レディレイクに?今更何で…って、あ、そっか」
ザビーダの言葉にさらに首をひねったロゼは、ひとつの答えが脳裏に閃く。というより、それしかないと思った。
「うん。ローランスとの戦争を終わらせるために。多分、今ならラストンベルにいるんじゃないかな」
すると、それまで身体を伸ばしていたスレイが振り向き、ロゼの頭の中に浮かんだものを同じ答えを返してきた。
やっぱり。それにしてもせっかちなお姫様だ。彼女がどれほどハイランド国の平和を願っていたのか、知ってはいたがせめて自分達が起きてからでもよかっただろうに。
アリーシャの行動に納得しつつも多少の不満が募りながら、しかしスレイを見てロゼは再び首を傾げた。
「スレイ、何か元気なくない?」
指摘すると、スレイが虚を突かれたように目を見開いた。相変わらず嘘の付けない正直者の導師だ。
「えっと…そうかな?」
「うん。元気ない。いつもより羽根の動きが鈍い」
「そこっ?!」
「ジョーダン。でもそう見えるのは本当」
そこは気付くのか、とぼそりと呟いたミクリオの言葉は黙殺して、気まずそうに頬を掻く少年の顔を覗き込む。
「あ、もしかしてアリーシャがいないから元気でないとか?」
にやりと笑いながらそうからかう。しかし、予想していた反応とは裏腹に、スレイは少し落ち込んだ様子で違うよ、と苦笑した。
「ちょっと、アリーシャを怒らせちゃったみたいでさ。アリーシャが目を覚ました時にオレも起きたんだけど、ちょっと色々あって、何か避けられてるっぽくて…」
「避けられてる?ってか色々って?」
「あーロゼちゃん、とりあえず食事にしねぇ?」
「ほら、スレイも手伝ってくれ」
『お前もさっさと顔洗ってこい』
ロゼの追及にスレイが答えようと口を開いたその時、天族の男達がその会話を遮った。何でと文句を言おうとした矢先、静かに近づいてきたエドナがあの子に会えばわかるから、と小声で話しかけてきた。
自分だけ知らないままなのは納得がいかなかったものの、一先ず口を噤むことにした。エドナのややげんなりした様子に、ぼんやりと嫌な予感を感じながら。


◆   ◆   ◆


多くの人々で賑わう職人の街。盆地の穢れも消え、ザインドの加護領域で穢れを祓い続けているおかげか、以前よりさらに活気を取り戻したように感じる。心なしか人々の顔色も明るいように思う。
まぁ、今に限ってはそれだけが賑わっている理由ではないのだが。
「あーうん、なるほどね。確かにご飯食べる前に聞かないで正解だったわ」
『だろう?何だったら俺様に感謝のキスなんてしてくれても――』
「うんしない」
『締め上げるぞテメェ』
ザビーダの軽口に即断りをいれながら、ロゼは目前の光景を遠い目で見つめていた。この街名物の大鐘楼が美しい音色を奏でているが、今は右から左へ通り抜けていく。というか周りの視線が痛い。
朝食兼昼食を食べ終わり、戦場から共に飛ばされた天族を加護天族のオイシに任せて、ロゼはスレイ達と共にラストンベルに向かった。戦争後、国がどう動いていくのかを見届けるためだ。
その際、丁度ハイランドの使者としてルーカスと共にやってきていたアリーシャと出会い、スレイとセルゲイの計らいで未だハイランド国に対して警戒態勢の解けない街に入ることができたのだが。
「ごめん、アリーシャ。あの時アリーシャだってわかってたんだけど、ついそのまま寝ちゃって…」
「わ、私の方こそ、いきなり大声を上げてしまってすまなかった。その、驚いてしまって…」
市街に入った途端、スレイがアリーシャに声を掛けたのを皮切りにこのやり取りが始まったのだ。
「オレの方こそだよ。アリーシャ抱き心地良かったから、離したくなくなっちゃってさ」
「だ、抱きっ?!」
「あーはいはい大体わかったから。案の定って感じだったからもういいストップ」
そのまま話がしばらく続きそうだと判断したロゼは、二人の間に割り込んで容赦なく話の腰を折った。本当に食事のついでに聞かなくてよかった。食べる者全部甘くなるところだった。
「案の定って…?」
「スレイが落ち込んでた理由がアリーシャで、今アリーシャが照れてる理由がスレイってこと」
「ロゼっ!!」
「はいはい照れ隠し照れ隠し」
ぼっと顔を真っ赤にして抗議してくるアリーシャを軽くあしらいながら、ロゼはそれよりさ、とスレイに話しかける。先程と一転して嬉しそうな顔をしているのは無視だ。一切無視だ。折った話が速攻で戻ってくる。
「停戦の交渉しに来たんじゃなかったの?セルゲイもルーカスも困ってるよ」
「え、あっ!し、失礼いたしました」
「いや……その、つかぬ事を聞くが、スレイとアリーシャ殿は兄妹ではなかったのか?」
「は?お前ら血ぃ繋がってたのか?」
「い、いえ、これには色々と訳がありまして…」
「あーもーあんたら“お茶”するんでしょ!ならさっさと落ち着ける場所行ってさっさと全部話してぱぱっと停戦協定結ぶ!」
『……おい、何も取り繕えてないぞ』
「デゼルうっさい。中に入ったんだからもう関係ないでしょ」
このまま街の入り口で長話に発展しそうになったところで、ロゼが声を上げて彼らの会話を遮った。
「こ、これは失礼した。では、どうぞ。聖堂までご案内します」
「あ、はい。よろしくお願いします」
少女の一喝に、両国の騎士は自分達の目的を思い出し、慌ててざわめく市街を歩いて行った。
その後姿を眺めながらまったく、と腰に手を当てるロゼに、くっくと忍び笑いを漏らす声が聞こえてきた。
声のした方向に視線を向ければ、ルーカスが可笑しそうに肩を震わせてこちらを見ていた。
「流石、セキレイの看板娘は肝が据わってるな」
「ま、ダテに導師の従士もやってないからね」
「ごもっともだ。さて、俺もしっかり護衛の仕事をしないとな。スレイ、後で酒に付き合えよ」
「お酒?」
「停戦協定が結ばれるってことは、傭兵の仕事が減るってことだ。ヤケ酒だ」
そう言ってぽん、とスレイの肩を叩いて、ルーカスはどこか哀愁の漂う背中を見せてアリーシャ達の後を追っていった。
戦争が終わること自体は嬉しいのだろうが、傭兵団の長としては複雑なのだろう。あれはスレイが来る前に勝手にひとりで酒盛りしてそうだ。
いつの間にか周囲のざわめきも遠のき、仲間の他にはちらほらと人がまばらにいる程度になっていた。
「そんで、あたしらはどうする?」
周囲の視線からやっと解放されたところで、ロゼはスレイに問い掛ける。明るく活気づいた街並みを感慨深そうに眺めていたスレイは、やがて街並みの先を指差してロゼに視線を向けた。
「オレたちも聖堂に行こうか」
『歴史が紡がれる瞬間に立ち会えるわけだしな』
「出た、オタク発言」
『オタクって…普通は気になるものだろう』
「ロゼは気にならない?」
「そりゃあ…」
「ど〜なってんのかなぁ、急に停戦協定なんて……」
スレイ達の言葉に返事をしようとしたロゼは、しかしたまたま横を通り過ぎて行った男の声を聞きとめ、ふと周囲に視線を滑らせた。
―――おいおい、ハイランドの王族が自らかよ!?こりゃハイランドも本気だな……
―――停戦のためとはいえ、ほぼ単身で敵地にねぇ……いやはや、美しさもさることながら、度胸の方もなかなかの人物ですなぁ
―――戦場にドラゴンが出たって話、本当かしら?
―――急に戦争おっぱじめたと思ったら、またすぐにやめて……
―――やっぱり避難しなくていいの?よかったぁ、またみんなと遊べるんだ
喧騒の中から聞こえてくる声、噂、世間話。驚き、感心、不満、喜び、安心。普段は多種多様な会話が飛び交う空間は、反応は様々だが今はひとつの話題で持ちきりだった。
街の人みんなが関心を持っている。これから起こるだろうことに、人の社会が変わっていく瞬間に。
自然と、ロゼの口元が緩やかな弧を描いていた。
「……なる!」
少しの間を置いて元気よく頷いたロゼの返答に、スレイは朗らかな笑みを見せたのだった。


◆   ◆   ◆


ざわざわと、未だ静まらない喧騒が遠くから聞こえる。もうすぐ日をまたぐ時刻だというのに、陽気な声は一向に止む気配はない。
ついさっきまでその賑やかな場所いたスレイは、ふぅと息をついて高台の柵に寄りかかった。
祝い酒だと言い始めたのは誰だっただろうか。その言葉を待っていたとでもいうように、皆ぞろぞろと酒を持ちより、店から大盤振る舞いだと笑いながら沢山の料理が現れて、木箱をテーブル代わりに盛大な祝宴が行われた。
いつの間にかその中心人物として扱われたスレイは、街中の人全員と話したのではないかというくらい多くの人々に声を掛けられ、酒や料理を勧められた。しまいには酔いの回った人々に絡まれ、もみくちゃにされた。
絡むというか押し潰されそうになったところで流石にまずいと判断して、聖堂とは反対に面した高台まで逃げてきたのだ。お酒はほどほどにっていうのは本当だったんだな、とスレイは身をもって実感した。
「ルーカスすごく酔っぱらってたなー…いつもと大違いだった」
紅い顔でふらつきながらぐだぐだと突っかかってくるルーカスを思い出して、苦笑いが零れる。あのままだとそこら辺の道端でごろ寝しそうだ。というより、今も騒いでいる者は全員雑魚寝しそうな気がする。注意をしてくれる人はもう呆れてベッドに入っているだろうから。
柵に顎をつけたまま街を眺める。高台の下の広場には人気はないが、聖堂を中心に明かりがぽつぽつと灯り、それが集まって大きな光に見える。おそらく木箱に置かれた蝋燭の火だろう。戦火とは全く違う、あたたかい光だ。
「スレイ、ここにいたのか」
「…アリーシャ」
凛とよく通る声に振り向けば、そこには休戦協定を結びに来ていた少女が高台の階段をのぼりきったところだった。いつも身に着けている鎧は外し、背に抱えている長槍もない。
もう素性を隠して旅をしていた時とは違う。ハイランドの王女として身を明かした上で今の恰好をしているのだ。
ラストンベルに限ってはということではあるかもしれない。けれどそれは、とても大きな意味があるようにスレイには思えた。
アリーシャはそっと微笑んで、スレイの隣に佇む。高台の二つの照明に照らされる整った横顔は、疲れを見せていながらもどこか満足気だ。
綺麗だな、とスレイは素直にそう思う。薄暗がりの中に浮かぶ白い横顔は、本当に綺麗だった。
「ありがとう。演説を引き受けてくれて」
「昼間の?演説っていうか、ただオレが思ってたこと話しただけみたいになっちゃったけど…」
心地のいい静寂のあと、最初に口を開いたのはアリーシャだった。彼女の礼は、日中にスレイが引き受けた演説のことだ。
教会に行った際に、後日改めてローランス帝国で停戦協定の交渉を行うことを約束したアリーシャとセルゲイに頼まれたのだ。
『これで国同士の争いがなくなるだろう。だが、天族への信仰の問題はまだ残っている。情けないことだが、枢機卿と教皇のように悩み苦しむ人を生み出してしまいかねないというのが、帝国の現状だ』
『それはハイランドも同じだ。だから、スレイ。……いや、導師スレイに、きっかけを作ってほしいんだ』
きっかけさえあれば、自分達の手で天族信仰を復活してみせるから。
導師という立場を利用しているようで申し訳なく思いながら、けれど真剣に助力を乞う二人の想いをしっかりと感じて、スレイは快く引き受けたのだ。
「いいや、それが聞きたかったんだ」
「本当に?」
「ああ。きっと君の言葉は、あの場にいた全員の胸に響いたと思う」
「そっか……そうだといいな」

―――『――――家族や友達に嬉しいことや助けてもらったとき、ありがとうってお礼を言いますよね。天族も一緒です。畑が豊作だったり、いつも水が綺麗に澄んでたり……そういうときは同じように、ありがとうって言ってください。言葉じゃなくても、お供え物とか、お祭りとかでもいいんです。そういう気持ちが天族の力になって、みんなのことを護ってくれます』

あの時、自分の言った言葉を思い返す。本当にあれが正しい人間と天族との在り方なのかはわからないし、もしかしたら教会にとって都合の悪いことを言ってしまったかもしれない。けれど、旅をしてからずっと思っていたことだ。
祈りを捧げる対象があるのは間違ってはいない。救いを求めるための象徴も、心を救うためには必要なのだと思う。
天族は人間にはできないことを叶えてくれる。けれど人間だって、天族にはできないことをやってのける。
天族は神様なんかじゃない。共にこの世界に生きる存在で、だから対等な関係を築けるはずだと。
みんなそうだったらいい。みんながそう思えば、きっと今はまだ見えなくたって、共存することはできるはずだ。そうスレイは願っていた。
「…私も、スレイと旅をしてから、ずっと考えていたことがあるんだ」
ふと、スレイに向けていた視線をまた街の方へと戻してアリーシャが呟いた。
「私に何ができるのか。私ができることは何なのだろうか、と。それがようやくわかった気がするよ」
どこかでどっと笑い声が弾けた。次いで誰かの怒鳴るような声が響いて、より一層笑い声が大きくなる。まだまだ宴は真っ盛りなようだ。
「なんてことはない。私ができることは、『守ること』だったんだ」
民を豊かにすること。穢れなき故郷を見ること。平穏を取り戻すこと。ずっとずっと胸の奥にあった願いは、すべてみんなを守りたいと思う心からくるものだったんだ。前に進むことばかり考えていて見えていなかったけれど、やっとそれに気付けた。
まるで歌うようにアリーシャは語る横顔は、やはり綺麗で、きらきらと輝いていた。
「守ること、か。うん、アリーシャにぴったりだと思うよ」
その横顔をじっと見つめながら、スレイは笑って頷いた。アリーシャが答えを見つけたことが、自分の事のように嬉しかった。
「ありがとう。スレイならそう言ってくれると思っていたんだ」
アリーシャも照れ臭そうにそう言って、今度こそスレイに身体ごと向き直った。
「君という人が導師で、本当によかった」
透き通る翡翠の双眸を細めて、見惚れるほどに喜びに溢れた笑顔で告げられた。
満面の笑顔を見て、また綺麗だと思った。アリーシャに一番似合っている顔だ。
瞬間、スレイの中にぽとぽとと願いが降り注いだ。
ずっとその笑顔のままでいてくれたらいい。ずっとアリーシャが笑って暮らせる世界になったらいい。
ずっと、隣でその笑顔を見られたら――――。
「……す、れい…?」
気付いたら、人半分ほどの距離にいた彼女の腕を引っ張って、自分の腕の中に収めていた。
幾度か抱きしめた彼女の身体はやはり変わらず華奢で、自分と同じ人の身体だと思ないほどふわふわと柔らかい。
もぞりと身じろぎするアリーシャにかまわず、一回り以上も小さいその肩口にぽす、と頭を乗せる。花のような甘い香りがスレイの胸を満たした。
「スレイ、そ、その…」
「オレにこうされるの、イヤじゃないんだよね?なら、もう少しこのままでいてほしい」
いいかな?確認するように耳元で尋ねると、僅かに肩を跳ねさせてから間を置いて頭が縦に動いた。
その仕草に満足して、ありがとう、と礼を言う。ちらりと横を見れば、形のいい耳が真っ赤になっていて、スレイは思わず彼女の背中に回した腕に力がこもった。
下の方で野良犬が悲しそうにくぅん、と鳴いた。大通りの喧騒が煩くてここまで来たのだろうか。自分の心臓の音の方がうるさくて、街の音がよく聞こえず判断がつかなかった。
しばらくの間、無言でアリーシャを抱きしめていた。この瞬間が、とても大切なもののように思えた。全部を覚えておこうと無意識に頭に刻み込むほどに。
耳の奥まで響いていた拍動が何とか落ち着き始めたところで、スレイはやっと口を開いた。

「オレ、アリーシャのことが好きだ」

瞬間、アリーシャの身体が大きく震えた。反射的に身を引きかけた彼女の身体を、逃がさないとばかりに抱き込む力を強くする。
「いきなりでごめん。困らせるかもしれないって思ってたけど、やっぱ好きだって言いたくて」
自分は導師で、彼女は一国の王女で。これからのことを考えると、重荷になってしまう可能性の方が高い。
耐えようとも思った。この気持ちは胸の奥にしまいこんで、我慢しようと思った。
けど、それ以上に溢れてくる感情をどうにかすることがスレイにはできなかった。どうにかなんてできないのだと気付いた。
「好きなんだ。アリーシャのこと。いつからかはわからないけど、好きだ」
どうしようもないんだ。どうしたって無理だった。誰かを好きになることが、こんなに感情を押さえることができなくなるなんて思わなかった。
「一生懸命なところも、誰かのために頑張るところも、カッコいいところも、可愛いところも、全部。全部好きなんだ」
「スレ…」
「ずっと傍にいたいし、今みたいにアリーシャに触れたいし、抱きしめたい。もっとオレに笑いかけてほしいし、いろんなことをもっと一緒に―――」
「〜〜スレイっ!」
言い始めたら止まらなくなった言葉は、突如大きな声で呼ばれた自分の名によってようやく止まった。
はっと我に返ったスレイは、慌ててアリーシャから身を離す。顔を真っ赤にして肩を上下させる彼女を見て、今更になって恥ずかしくなってきた。
「く、苦しかったから…」
「ご、ごめん!ごめんじゃないけど、ホントのことだけど!いやそうじゃなくて!」
さっきまでの自分はどこにいったのだろう。自分で自分に疑問に思うほど、頭の中がこんがらがって言葉が出てこなかった。
ええと、その、と意味をなさない声だけを零して情けないほど狼狽していると、くすくすと笑声が聞こえてきた。
「ふふ…っ、まったく、君という人は……」
「えっと…ははは……」
口元に手を当てて肩を震わせる少女は明らかに笑っていて、スレイは決まり悪く頭を掻くしかなかった。
乾いた笑いをもらしていたスレイにアリーシャはくすりと笑う。そして不意にスレイの歩み寄り、こつん、と頭を胸に預けてきた。
一瞬身体が固まったが、そのまま寄りかかってくるアリーシャの身体に再び腕を回した。アリーシャも応えるように、自分の背中に手を添えた。
「ありがとう。嬉しいよ」
「それって……」
「私も、スレイと同じ気持ちだよ」
ぽつりと落ちてきた呟きに問いかければ、顔を上げたアリーシャが満面の笑みを浮かべてそう言った。
刹那、スレイの全身に言いようのない満ち足りた感情が駆け巡った。嬉しいだけでは足りない、満ちるという感情が飛び跳ねているような、そんな感覚。
どうしよう、と思った。嬉しいのに泣きそうだ。
いや、違う。きっとこの感情は。
「……へへ、オレ今すっげぇ幸せ」
「ふふ……そうだね。これが幸せ、というものなんだろうな」
「アリーシャもはじめて?」
「そ、れは…!そ、そんな余裕もなかったし、スレイみたいに思える人もいなかった、から……」
「じゃあオレと一緒だね」
そんなことすら嬉しい。へにゃりとだらしなく表情を崩せば、アリーシャも照れたようにふにゃ、と笑った。その表情が可愛くて、一層満ち足りた気分になった。

「アリーシャ殿下、どちらにいらっしゃいますか!」
ふいに響いた自分達以外の声に、アリーシャの身体が飛び跳ねた。スレイの身体から勢いよく離れ、赤い顔のまま忙しなく周囲を見回す。途端にさっきまでの気分が嘘のように、一気に物足りなさを感じた。
「私はここだ!何かあったのか?」
「ああ、そちらでしたか。いえ、宿泊所に戻ってもお姿が見当たらなかったので…」
「そうか。心配をかけてしまってすまない。そろそろ戻るから、先に休んでいてくれてかまわない」
「ですが……」
「ここに敵はいない。今日の宴がそれを証明しているだろう?」
「…そうでしたね。では、お言葉に甘えさせていただきます」
広場の入り口から姿を現したハイランド軍の服を着た男は、アリーシャの指示に敬礼をしてそのまま去って行った。
「すまない、スレイ。一旦宿泊所に戻―――」
申し訳なさそうに振り向いたアリーシャの言葉を止めたのは、他ならぬスレイだった。
「……ふっ!?は、なっ、なっ…!?」
腕を掴んだまま塞いだ唇を離すと、陸に上がった魚のようにぱくぱくと口を開閉するアリーシャの姿があった。顔はまるで熟れたリンゴのようだ。
少女のあまりの動揺っぷりに、スレイは思わずぷっと吹き出した。
「アリーシャ、顔真っ赤…」
「す、す、スレイが突然!あんなことするからっ!」
「ごめん。何かしたくなっちゃってさ」
「だからって…!」
「おかげでものすっごく元気出た。ありがとう、アリーシャ」
「……っ…こ、今度からは、ちゃんと声を掛けてくれ…」
「うん、わかった」
耳まで赤くしてぼそぼそと言うアリーシャの呟きに、またへらりと笑って頷く。
再びこんこんとあたたかい気持ちが体中に満ちてくる。目の前の少女が可愛くて仕方なかった。
落ち着くためだろうか。何度か深呼吸をして頬の赤みを薄くさせたアリーシャは、もう行くから、とスレイに声を掛けて高台を去ろうとした。
見送る直前でスレイはあっと声を上げ、アリーシャを呼び止める。言い忘れていたことがあった。
「アリーシャ。オレたちは夜明け前に出発するつもりなんだ。もしアリーシャも来れそうなら、ハイランド側の門で待ち合わせしよう」
「そんなに早く?今日くらい休んでいっても…」
そう言いかけたアリーシャは、しかしスレイの表情を見ていや、と途中で言葉を止めた。ちらりと一瞬だけ空を見た彼女には、もしかしたらスレイの考えていることがわかったのかもしれない。
「わかった。この綺麗な月夜の下で、待っているよ」
「え、いいの?停戦協定のこととかあるんじゃ…」
「それは大丈夫。セルゲイ殿が導師の旅が落ち着くまで待つと言ってくれたんだ」
なるほど、と納得した。流石はセルゲイだ。見た目は大柄だが、気配りが上手い彼らしい粋な計らいだった。
「そっか。じゃあまたあとで」
「ああ。…またあとで」
どこか名残惜しそうに見えるのは、スレイの願望だろうか。アリーシャはそっと微笑んで、今度こそ高台から去って行った。
アリーシャが見えなくなるまで見送っていたスレイは、その姿が街の中へと消えてから空を振り仰いだ。
夜空の星がきらめく。雲一つない快晴は、夜の空を大きな絵画に思わせるほど綺麗に澄んでいた。

「……まったく、君ってやつは…」
コツ、と石畳の床を踏む音が聞こえたと思ったら、呆れかえった声がかかってきた。視線を滑らせれば、額に手を当てる親友がいた。薄暗くてわかりづらいが、目元が若干赤い。
「いくら人気のないところとはいえ、外なんだからもう少し周りに気を配ってくれ」
「あー……もしかしなくても、霊霧の衣使ってくれてた?」
無言で頷くミクリオに、スレイは気まずそうに頬を掻いて礼を言った。深夜とはいえ、どおりで誰にも見つからなかったわけだ。
「まぁそれはさておき、おめでとうと言っておくよ」
「へへ…うん、ありがとう」
ミクリオは笑みを浮かべながらくすぐったそうに肩を竦めるスレイの元へと歩み寄る。先程のアリーシャと同じように隣に佇み、満天の星空を見上げた。
「……すごい星空だよな」
「ああ」
「……誰が言ったんだっけ?星の数だけ想いがあるって」
上手いこと言うよな、とスレイが思い出し笑いをすると、隣でふ、と笑う気配がした。
「その想いそれぞれが、輝いていると比喩したものだな。よっぽどのロマンチストだったんだろう」
肩を竦めながら言ったミクリオの言葉に、確かに、と同意する。でも、そう言い表した人の思いもわかる気がした。
「……オレ、旅してわかったよ」
少しの間を開けて、スレイが独り言のようにぽつりと呟いた。
「自分からは見えてない星もあるのに、見えないから輝いてないって思われることもある」
それは自分であったり、他人であったり。逆なこともあった。自分からは見えているのに、相手には見えていない光。
「……実際、イズチから見上げるだけじゃ、見えない星もたくさんあったな」
ミクリオの相槌に、ああ、とスレイは星を眺めたまま返事をした。この星空だって、まだまだ無数の星が隠れているのだろう。光が弱かったり、隣の星の輝きが強すぎて霞んでしまう星が、数えきれないほど。
だから人は自分にはない光を羨んだり、時には嫉妬したり、縋ろうとする。自分自身にだって、ちゃんと輝くものがあるのに。そんな人達を沢山見てきた。
でも、とスレイは口の中だけで呟く。そうじゃない人達も、沢山見てきた。
「誰だって気付きさえすれば、その輝きがわかると思うんだ」
初めて知覚遮断をしてアリーシャにライラとミクリオの声を聞かせた時の事を思い出す。
それを懐かしそうに話題に出すと、ミクリオが可笑しそうに吹き出した。
あの時の君は傑作だった、とからかう友をスレイが軽く叩く。それでも笑いは治まらなくて、しまいにはスレイも可笑しくなって二人して笑った。
「すげぇワクワクしたよ、あの時。他の人たちも、天族に気付けるかもって」
「だが、あれだって君が知覚遮断をしなければ……」
言って、ミクリオが言葉を詰まらせた。
「……そうか。決戦のあとどうするか、考えたんだな」
目を伏せて静かに言葉を落とした親友に、流石だな、と思う。こんな他愛ない会話だけで、ミクリオは自分の真意を察してくれる。
導師と陪神になっても、いやきっとこれからも自分とミクリオの立ち位置はずっと変わらないままなのだろうと、口の端を上げながらぼんやりと思った。
「うん。オレがマオテラスを宿して全ての感覚を閉じれば、グリンウッド全域に力をゆだねられるんじゃないか。そうすれば、導師になれるほどの素質がなくても、従士はオレと同じように力を操れるんじゃないかって」
ライラと輿入れをして、一部の知覚を絶てばアリーシャとライラが会話することができた。自分の力が強くなったときは、手を繋いでいるだけで声が聞こえるようになった。アリーシャ自身の努力で、今は従士契約まで交せるようになった。
けど、自分とライラではそれが限界だ。ならば大地を器としているマオテラスと契約して知覚遮断をすれば、自分の霊応力をグリンウッドに住む人々に常に分け与えることができれば、もしかしたら。
「確かに、君の全ての感覚を従士にゆだねればあるいは……。アリーシャの事を考えると、力を振るえる従士の数も増えるかもしれない。新たな導師の出現に期待するよりは、ずっと建設的な考えと言えるね」
「だろ?」
「だが、その行動の意味をわかって言ってるのか?」
アメジストの瞳が射貫くようにスレイを見た。強い眼差しを受けながら、それでもスレイはいつものように微笑んでああ、と頷いた。
「マオテラスの自浄作用に任せられるくらい、従士となった人が大地の穢れを鎮めるまで、オレは眠り続けなきゃいけない」
「マオテラスと繋がり、刻にとり遺され、何年……いや、何百年待つのか……そもそも、天族を知覚できる人が現れても、天族と共に生きる道を選ぶかどうかはわからないぞ?」
「信じるさ」
アリーシャを、ロゼを、セルゲイを。そしてグリンウッドで生きる人々のことを。
「なら、何故アリーシャに想いを告げた。……きっと少なからず苦しむことになるぞ、お互い」
「ホント優しいよな、ミクリオは」
「茶化すな。どうせこのこともアリーシャには言わないつもりだろう」
「……うん。わかってるんだ。好きって言ったことも、アリーシャの悲しい顔を見たくないことも、全部オレのわがままだって。けど、それでも伝えたかったんだ」
鋭い指摘が耳に痛くて目を伏せるが、すぐに顔を上げてけど、とスレイは穏やかに笑った。
「大丈夫って、信じてるから。例え違う場所で別の道を選んでも、オレとアリーシャの繋がりは消えない。一緒に旅をしたことも、好きだって気持ちも、幸せだって感じたことも、全部」
どんなに苦しんで悩んでも、落ち込むことがあっても、それでもいつだって立ち上がって前に進もうとしていた。そんなアリーシャを見ていたからこそ、彼女のことを信じていられる。
会えなくなるのも、一緒にいられないことも、触れることができなくなることも、身を引き裂かれるように辛い。けれど、きっと伝えなかったらもっと後悔していた。だから、これでよかったと思う。
「……夢だって、どうなるんだ?世界中の遺跡を探検するんだろ?」
柵を握りしめて俯くミクリオの表情は、前髪に隠れてよく見えない。それは、幼い頃から一緒に語り合った二人の夢だ。
きっと、自分が眠ってもミクリオはいつまでも覚えてくれているだろう。じわりと灯るあたたかい気持ちに、だからスレイはよどみなく答えた。
「オレが忘れない限り、終わらない」
ミクリオと、自分。二人が忘れない限り、自分達の夢が終わりを告げることはない。
今すぐには叶わないけれど、覚えていれば、いつかきっと。
静かな沈黙が降り注ぐ。何も言わずじっと待っていると、ふいにミクリオがゆっくりとスレイと向き合った。
「……わかった」
しっかりと自分を見据えて頷いたミクリオに、スレイは満足そうににっと笑って拳を突き出した。
「サンキュ。ミクリオ」
礼を言うと、ミクリオも微笑して拳を上げた。互いにコツンと軽く突き合わせ、それからどちらともなく再び空を仰いだ。

「まったく……ホントバカね」
そう時間も経たぬうちに、背後から心底から呆れかえった声音が放り投げられてきた。
柵から手を離して身体ごと向けば、ぞろぞろと自分達に近付いてくる仲間の姿があった。

「男がバカなんじゃなくて、女が頭良すぎるのさ。なぁデゼル?」
『知らんし俺に振るな』
「なにそれ、人生観?」
エドナの言葉にザビーダがそう返し、ロゼが小さく吹き出して問い掛けた。その後ろではライラが微笑ましそうに彼らのやり取りを見守っていた。
「なんだ。みんな揃っちゃったな」
「さっきの話、みんなも聞いていただろう?」
ミクリオの確信的な物言いに、皆視線だけでそうだと肯定する。
「ったく……エドナじゃないけど」
「ホント」
「「「バカ」」」
腰に片手を当てて呟いたロゼの台詞をエドナが引き継ぎ、しまいにはザビーダまで一緒にはもってバカ呼ばわりされた。思わず苦笑いがもれるが、不思議と腹は立たなかった。
スレイはみんなの顔をひとりひとり見つめて、静かに口を開いた。
「出発しようか」
「え、朝まで待たないの?」
「セルゲイさんたちに挨拶もなしに?」
口々に尋ねてくる声に、スレイはうん、と返答して空を見上げる。相変わらず澄んだ夜空は、ちかちかと星をきらめかせていた。
「この星空の下で、出発したいんだ」
そうすれば、星空を見るたびに、今日を思い出せそうな気がするから。
浮かんだ言葉をそのまま口にすれば、仲間からどこか呆れ気味の表情を返された。その硬直をいち早く解いたのは、スレイと付き合いの長いミクリオだった。
「今日の君はやけにロマンチストだな」
「そうかな?」
やれやれと肩を竦めるミクリオにスレイは不思議そうに首を傾げる。そこまでロマンを感じるような台詞を言ったつもりはなかったのだが。
「どうするの?行くの?」
そう尋ねたのはエドナだった。広げた傘の柄を肩にかけながらこちらを見上げる小さな少女に、スレイは腰をかがめた。
「ああ。それと…エドナ。オレ、決めたよ」
片膝をついて告げた言葉に、エドナははっと目を見開いた。綺麗な空色の双眸を自分のそれが交わる。
「……お兄ちゃんのこと?」
猫のような目を伏せたエドナが、ぽつりと呟いた。随分と年上の彼女が、今だけは見た目相応の幼い子供のように見えた。
「うん。最後の最後まで足掻いてみようと思う。色々と考えたことがあるんだ。けど、無理だったその時は……ごめん」
「……そう、わかったわ」
瞼を閉じて数秒。瞑想するように黙っていたエドナは、やがて覚悟を決めた表情でそう答えた。
ぎゅっと傘の柄を握る手が僅かに震えていた。きっと気付いてほしくはないだろうから、それには気付かないふりをして、スレイは僅かに微笑してありがとう、と礼を言った。
スレイとエドナのやり取りに、ザビーダは険しい目つきで二人を見つめていたが、一瞬のうちにいつもの表情に戻ったため誰も見ることは叶わなかった。
「では、霊峰レイフォルクに?」
「ああ。オレがいなくなったあとじゃ、本当にどうにもできなくなるだろうから。アリーシャには門の前でって言ってある」
「……んじゃ、気合い入れていきますか」
ザビーダの台詞と同時にスレイは立ち上がり、もう一度仲間達を見つめて力強く頷いた。
「行こう!」
導師一行の上に広がる星空は、朝の陽光が降り注ぐまでどこまでも美しく広がっていた。








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