1と4に


エアグルーヴの誕生日祝いとして始まったタイキ主催のバーベキューパーティは、大浴場の終了時間間際まで続いた。寮母さんからの知らせで時計の存在を忘れていたことに気付いたエアグルーヴたちは、現在時刻を確認して慌てて後片付けをはじめた。
タイキの持参したバーベキューセットを洗い、飛び入り参加者と大量の食材に調理が追いつかないと急遽借りた寮のキッチンを清掃した。人数も多いぶん片付けも早く……は終わらず、寧ろまだ騒ぎ足りない生徒たちの妨害を受ける羽目になったのである。もっと遊びたいと逃げ回る生徒らを寮長と生徒会と風紀委員が宥め叱って黙らせ、エアグルーヴたちは急いで浴室へと駆け込んだのだった。

終盤はもはや誰が主役かわからなかったな。つい数時間前の騒ぎようを思い出し、エアグルーヴはベッドにうつ伏せの体勢で小さく笑う。寮母さんが入浴時間を延長してくれたおかげで、炭火の匂いまで綺麗さっぱり洗い落とせた。
文句を言ってくる生徒たちを帰寮させるのは骨が折れたが、バーベキュー自体は充分に楽しめた。明日は改めてタイキに礼を言っておかなければ。
枕を支えにして読書をしていたエアグルーヴは、ちらと反対側の壁際を見やる。ベッドの上で健やかな寝息を立てているファインを確認し、音を立てないように本を閉じた。
しおりを挟んだ本を枕元に置き、照明の向きを変えてから横向きに寝転がる。サイドテーブルには朝と同じく充電中のスマートフォンと、母からのプレゼントである花瓶が花と共に飾られていた。
水の必要ないものは机の方に置いてある。ちなみにファインの姉からの贈り物は今日バーベキューに使った食材と、比較的高価ではなさそうなものをひとつだけ受け取り、他は仕分け後すぐに感謝と謝罪を示した手紙と共にファインに送り返してもらった。
プレゼントの花々を眺めて、エアグルーヴはふっと目を細める。皆がくれた花束は、多少のアンバランスさはあれど綺麗な色合いで花瓶を飾り立てていた。
ランプの淡い光に照らされた花が、風もないのに微かに揺れる。その中でひときわ目を引く花をじっと見つめた。
薄暗いなかでも、シルエットだけで存在を主張してくる。まるで渡してきた本人のようだと思って、エアグルーヴは目を伏せた。瞼の裏に浮かぶのは、穏やかに微笑んでいた今日の姿だ。
(五本のバラ、それにあの言葉……あの方はご存じだったのだろう)
バラは花自体だけでなく、本数によっても花言葉が異なっていることを。だからルドルフは、わざわざ五本のバラをエアグルーヴに贈った。
もしかしたら本数ごとの意味を全て把握しているかもしれないとふと考え、すぐさまそうに違いないという結論に至る。ルドルフのずば抜けた記憶力と探求心は、レースや理想の結実のためだけに留まらない。
そのうえで五本の花束を贈った。であれば、これの意味するところは『あなたに出会えて心から嬉しい』なのだろう。ルドルフ自身も似たようなことを言っていたのだから、間違いはないはずだ。
そう。それだけだ。他の意図などないと理解している。……してはいる、のだが。
渡された際の表情が、眼差しが、脳裏によみがえる。おめでとうと、喜びを露わにした柔らかな微笑みを、言葉以上に雄弁に信頼を示す明るいマゼンタを。
きゅっと下唇を噛む。掴んだ布団の端を胸に抱き込み、エアグルーヴはそれに顔を埋めた。
(あの方は本当に、心臓に悪いことをする……)
少しはこちらの身にもなってほしい。なってもらっても結局困る羽目になるのは百も承知だが、そう思わずにはいられない。
何故色を分けてきたのか。いいや、色の意味も考えたうえで選んでくれたのだということくらい、エアグルーヴとてわかっている。
だが何故よりにもよって色の配分を一本と四本にしたのだ。いや二本と三本の配分でもそれはそれで混乱極まったのだろうが、それにしたって。まあ十三本でないだけまだ……待て違うそうではない。
下手な告白よりもタチが悪い。じわりと目元にのぼる熱を自覚し、手のひらで頬を押さえた。
わかっている。あの方ならそんな遠回しな伝え方はしないはずだ。もしくは実行したうえでその場で告げてくるような方だろう。
(実際に目撃したことはないからわからん、が……)
多分、そうなのではないかと思う。エアグルーヴに対する接し方から考えて。
相手に伝えたい思い、特に感謝や喜びなどであった場合、例え気障ったらしかろうが歯の浮くような台詞になろうがそれを声に乗せ直接伝えてくるのがルドルフだ。
逆に相手に迷惑になると判断すれば内に抱え込むきらいがあるようで、しかしその場合は意図的に仄めかすようなことはしない。寧ろ触れてくれるなと言わんばかりにその話題を避ける。
そして、それらの性分をすぐに変えられるほど器用なひとではないことを、傍らで見てきたエアグルーヴは知っている。とんだ頑固者だと何度呆れたことだろう。
だから、額面通りの意味でしかないのだ。ルドルフはあの時、五本のバラとその色に由来する言葉だけを告げてきた。ならばそこに他意など含まれていない。そんなことは受け取った時点でわかっている。
けれど。
頬を包む指先に、無意識に力が入る。
(それでも、憶測が止められない)
何故ならそうであったらいいと、他ならぬエアグルーヴ自身が、それを願っているからだ。
跳ねた鼓動が鎮まらない。頬の熱も、妙に力んだ手足も。
本当にタチが悪いと、目元を赤らめたままバラたちを睨みつける。美しく咲いた花弁は、素知らぬ顔で小さく揺れるだけだった。
しばらくそうしていたが、ふと我に返ってやめる。何をやっているのだ私は。
静かにため息をこぼし、改めて花瓶を見つめる。そろそろ照明を消して就寝するべきなのだが、どうにもランプに手が伸びなかった。
生花の寿命は短い。もちろん手入れを欠かさなければ一、二週間はもつ。だが、言い換えればそれだけで見頃は終わってしまう。
散ることも含めてが花の美しさだ。けれどもう少しだけ、その時間を伸ばせないだろうか。写真ではなく、その花自身を愛でられる方法が。
(いっそのことドライフラワーに……いや、それでは色が褪せてしまう。それに飾る場所にも困る)
ファインにでも追及されたら言い訳のしようもない。と、そう考えたところではっと耳を立てる。思わず声を上げかけ、慌てて口を噤んだ。
(そうだ。プリザーブドフラワーならば……)
ファインが自分に贈ってくれた花のように、花弁だけを加工して、普段は箱に収めておけば。
そうすれば、誰かに見られる必要もない。自分だけがその景色を、箱庭を眺めることができる。
そう、例えば。
まず用意するのは深い緑色をした箱だ。赤い差し色が入っているものが望ましい。七角形であればより完璧だ。箱自体に香り付けをしてもいいかもしれない。
そこに花と一緒に加工した葉をまず敷き詰める。丁寧に並べた緑の絨毯の上に、同じ色で染め直した青と紫のバラたちを置くのだ。
それだけでも美しいだろう。しかし、少々隙間があって寂しい。だから別の花もいくつか加えよう。
五つのバラを彩り、互いを際立たせるような……そんな花(想い)を選んで、添えて。
(ブルースター、トルコキキョウ……考え出したらキリがないな)
まずい。本格的に目が冴えてきた。そう危機感を抱くあいだも、敷き詰める葉にレモンリーフも加えようかなどと考えている自分がいて、思わず呆れた笑みがこぼれた。
こんな有り様は誰にも言えやしないな、と音を立てずに喉の奥で笑う。模範生としても、羞恥やいたたまれなさ的な意味でも。
ひとしきり肩を震わせて、長く息を吐き出す。小さく耳を揺らしながら、エアグルーヴは穏やかな眼差しで花瓶を見つめた。
「……かまわないか。この際、どちらでも」
ルドルフが他の意味を込めていても、いなくても。
望みは自らの手で勝ち取るもの。ならば望んだ意味が真実になるように、己の手で叶えればいいだけだ。

不可能だと言われた花のために、意思を貫いて奇跡を起こした先駆者たちのように。
この誇らしいほどに愛しい想いを、あの方にも芽吹かせ咲かせてみせよう。

未来永劫君しかいないと、あの唇がそう紡ぐ未来を見据えて、エアグルーヴはゆっくりと目を閉じたのだった。





1本のバラ『あなたしかいない』
4本のバラ『死ぬまで気持ちは変わりません』

あとがき
誕生日はCPなしオールキャラにしよう!と決めてたんですが煩悩を抑えきれませんでした。
次の朝ベッドランプを消し忘れたのをファインに気付かれてからかわれる副会長がいたらいいなと思います。



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