新年騒々
『さて、何故か一流の集いに二流、三流も入り乱れ、早くも混沌としてまいりました! 続いてのお題はこちら!』
聞こえてきた大きくて賑やかな声にがばりと顔を上げる。ぼやけた目をこすってテレビを見れば、見ていたはずの番組は違うやつに変わっていた。
「うわやば……寝落ちてた」
紅白見ながら年越して、そのあとハイになっちゃってそのまま起きてたんだっけ。おせち食べて初詣行って親戚の家にお年玉もらいにいって……お昼食べてからの記憶が全然ない。かろうじてテレビは付けた覚えがあるけど。あと肩重い足熱いかったるい。
首やら腕やらを回しながらのそのそと起き上がる。またこたつの魔力に負けた。自分の部屋に置いたのは失敗だったな。リビングなら誰かしらが起こしてくれるのに。
「今何時……?」
スマホどこやったっけ。寝落ちる直前まで持ってたはずだから、多分そこら辺に……あったあった。
『──……、チーム雑学王からはナカヤマフェスタ様、そしてチーム生徒会代表からはシンボリルドルフ様が、六重奏をチェックしていただきます』
「え?」
クッションの横に転がってたスマホを取った途端、意外な名前が聞こえてきた。知ってるその名前。レース見てる人なら誰でも知ってるくらいの有名人……いや、っていうか。
「シンボリルドルフ出てんの?」
こんなバラエティに? それに生徒会って……とテレビを見れば、これまた見覚えのあるウマ娘が、シンボリルドルフと並んで座っていた。
「エアグルーヴじゃん……え、こんなバラエティに?」
今度は口に出てしまった。いやだって"皇帝”と"女帝"っていう高貴な二つ名を持ってるウマ娘が、まさかこんな番組に出るとは思わないっていうか。というか二人並んでるとオーラがすごい。私と同じ学生なのに。既に一流じゃん。一流芸能人のこと何も知らないけど何かもうオーラがヤバいじゃん。
「シークレットゲストだよね?」
今年のゴルシの相方がナカヤマフェスタなのはサイト見て知ってたし。誰も予想できなかったでしょこれ。
堂々とした態度でテレビに映っている二人を呆然と眺めてから、はっとしてスマホを見る。ということは。
「うわ、やっぱり……」
ウマッターがヤバいことになってる。更新したみんなのSNSは『皇帝』と『女帝』の名前で埋め尽くされていた。あと『ヤバい』とか『ムリ』とか『しんどい』とかも多い。何があった。
これはトレンド入りしてるだろうなと思ってそっちも見たら案の定。いつも通りゴルシの名前があることにやけにほっとする。
「えー……こんなレアなゲスト来るんだったら、録画しとけばよかったな」
思わずミーハーなことを呟いて、テーブルに頬をくっつける。いや、今からの分だけでも録っておこうか。すかさずリモコンに手を伸ばして録画ボタンを押す。
ナリタブライアンはいないのかなって思ったけど、それはないか。雰囲気からしてこういうの好きじゃなさそうだし。ちょっと見てみたかった気もするけど。
そんなことを考えながら録画の画面からさっきの番組に戻った──ら、衝撃の映像が飛び込んできた。
『それでは代表者の方、どうぞ!』
『では、行ってくるよ』
『はい。ご武運を』
待った。ちょっと待った。何で皇帝の上着を女帝が羽織ってるの?
私が目を離した隙に何が起こったの。何でみんな普通にしてるの? え??
思わず開いたままのウマッターで疑問を呟く。するとすぐさまリプが返ってきた。
『風邪ひいたら大変だからって』
『自分は暑いくらいだから大丈夫だって』
『女帝が寒そうに腕をさすってたのに気付いた皇帝が自分の上着を掛けてあげるっていうやり取りがその前にあってですね……』
『最初は遠慮してたんだけど、何だかんだあってルドルフ会長が行くときは預かってるって形になりました』
『ようこそ』
そんなことがあったんだ……へえ……ってかようこそって。まだ落ちてないから。多分。確かに皇帝の軍服みたいな勝負服の裾をちょっと掴んで肩にかけてる女帝がいつもとちょっと雰囲気違ってて可愛いって思っちゃったけど! 白シャツ姿の皇帝も少し雰囲気柔らかく見えて良いなって思っちゃったけど!
それぞれにリプを送っているうちに格付けチェックがはじまった。椅子に座る代表者の後ろで、プロの方たちの演奏がはじまる。ほんと何がどう違うんだろう。芸能人の方々も悩みながらA・B・Cのどれかを選択していく。ナカヤマフェスタはあんまり迷わずにAを選んでたけど、理由が『直感だな』の一言だった。ゴルシがすっごい顔してツッコんでた。
けどその直後に会場の方で正解がAだと知らされて、今度は雄叫びを上げながら飛び跳ねている。そんなゴルシをエアグルーヴが首根っこを掴んで叱り飛ばしていた。……あのゴルシが叱られてる。けっこう新鮮。
二人ってあんまり接点ないイメージだったけど、学園だとこんな感じのかもしれない。意外な人選だと思ったけど、いつもと違う一面が見れて面白いな今回。来年もウマ娘のゲストさん二、三組くらい入れてほしいくらい。
画面が切り替わる。いよいよシンボリルドルフの番が回ってきた。四度目のともなると演奏は端折られ、すぐに回答に移る。シンボリルドルフが上げた札はAだった。
『Aですね。流石はプロの方々の演奏だけあって、どちらも美しい音色でしたが……Aの方がどの楽器も重厚感のある、かつ高低音のどちらにも深みのある音が出ていたので。Bの方は新年早々に奏でるにしては、少々"騒々"しい音であったかなと』
おお、正解。すごい。画面に映ったエアグルーヴも『当然です』って誇らしそうにMCに返している。自分のことのように笑うじゃん……い、いや、まだだ。まだ大丈夫。
ウマッターも『流石すぎる』『ご令嬢っていうとメジロ家が有名だけど、ルドルフもお嬢様なんだよな』『またダジャレを……』『会長絶好調ですね』って感じで皇帝の話題ばっかり流れてくる。そっか、シンボリルドルフって良いところのお嬢様なんだっけ。どうりで。てか今ダジャレ言ってたの? 全然気付かなかったんだけど。会場でも気付いてるのお笑い芸人たちだけっぽい。微妙な顔して首捻ってる。
最後の代表者が部屋に入っていって、お馴染みの正解発表が始まる。出演者側からしたら心臓に悪い時間のはずなのに、ナカヤマフェスタとシンボリルドルフはコイントスで遊んでるんだけど。そりゃそっちの部屋は正解だけども。大御所芸能人も苦笑いしてるし。ですよね。
悲喜こもごもの正解発表のあと、まずは正解者チームが扉を開いて戻ってくる。
二人のアップが映らないかな、とそわそわしながらカメラが切り替わるのを待つ。そして期待していたツーショットが画面に映った途端、またしてもとんでもないものを見せられてしまった。
『流石ですね、会長。お見事でした』
『ありがとう。以前嗜んでいた経験が役に立ったよ』
戻ってきたシンボリルドルフを出迎える、エアグルーヴの表情が。何ですかその笑顔。私知らない。見たことない。眩しい。ウイニングライブ以上に眩しい。
びっくりするほど優しい顔で微笑んでいる姿を見せられて固まっているうちに、シンボリルドルフの横顔も映る。わぁこっちも嬉しそうな顔してるぅ。正解当てた時よりも喜んでない?? 都合のいい錯覚??
ウマッターで呟こうと思ったら既に阿鼻叫喚の嵐だった。おかしいな私のTLに皇帝と女帝推しのひとこんないっぱいいたっけな……。いや私も幻覚見始めちゃったしな……無理もない……。
そんなこんなで、私は番組を楽しむというよりも、完全にチーム生徒会代表の二人を見る方に目的を変えられてしまったわけだけれど。
『指先ひとつ、足先ひとつまで精錬された動き、どのような姿勢でも決してブレない体幹、頭もまったく上下しておられなかったので、こちらのペアがプロの方かと。何よりパートナーとの息の合ったダンスが、Aのペアは特に美しく感じました』
『エアグルーヴ様、お詳しいですね。やっぱりダンス経験者だと、どんな種類が違ってもわかるもんなんですか?』
『そうですね。勿論それもあるのでしょうが、社交ダンス講習会などの経験も活きているのだと思います。プロの方を講師に招いて、たびたびご教授していただいておりますから』
『は〜、トレセン学園ではそんなこともやってらっしゃるんですか?』
『ええ。レースで活躍するにつれて、そういった教養も必要になってきますので、ひと通りは。君にも一度は参加してもらいものだがな、ナカヤマフェスタ?』
『ハッ、冗談はよしてくれよ、会長さん。スリルも熱さもない場所に、私が行くわけないだろ。名誉や栄冠だとかに興味はないんでね』
『そうか、残念だな……。そうだ、エアグルーヴ自身、社交ダンスも非常に上手いですよ。思わず目を奪われるほどに荘厳華麗でありますし、共に踊ればとても気持ちが良い』
『皇帝と女帝のペアダンス! それは見てみたいですね〜!』
『ふふ、お見せする機会があれば、是非』
『Cを選びます。口に入れた途端に広がっていく香り高さ、風味の豊かさ、どれをとっても一級品です。ですが、AもBも珍味佳肴と評しても遜色ないほど美味でしたね』
『本当ズバズバ正解を当てていきますねぇ、シンボリルドルフ様。ちなみにエアグルーヴ様は食べたことあります、高級トリュフ?』
『はい、あります』
『あるんですか?』
『というのも、今回出演をお受けした際、予想される出題品に関してひと通り勉強いたしまして。その際にルドルフ会長のご厚意に甘えて、味覚も鍛えさせていただきました』
『え〜なんだよ。そんならアタシも会長に『世界三大珍味について理解を深めたいです!』っつって連れてってもらえばよかったなぁ』
『会長にたかるな! というか、お前はメジロ家にたびたび押しかけているんだろう。この間も遊びに行ってきたと、テイオー伝手に聞いているぞ』
『いや流石にマックちゃん家遊びに行ってもフォアグラやキャビアは出ねえよ? マックちゃん家でご馳走になるのはスイーツだけだわ』
『テイオーって、トウカイテイオーさんのことですか? お二人とも仲がよろしいんですね』
『おうよ! テイオーとはカブト狩りの極意を教えた仲だからな……もうマブダチっていうか狩り友っていうか……まあケブラー繊維並みに切っても切れねえ縁になったわけでさ』
『カブト狩り??』
『ゴールドシップの発言は話半分に聞いていただければ幸いです。私の場合は生徒会にルドルフ会長がおりますから、成り行きで……といったところです』
『あー、めっちゃ有名ですもんねえ。トウカイテイオーさんのシンボリルドルフ大好きっぷり』
『ええ。ルドルフ会長もテイオーには甘すぎる面がありますので、もう少し厳しくしていただきたいところですが』
『え、じゃあ学園のファン感謝祭や記念ライブなんかも、生徒会が運営してるんですか?』
『はい。学園の年間行事や記念ライブなどは、生徒会や担当委員会が主催となって開催します。ハロウィンパーティなどのように、寮が主体となって行うこともありますね』
『アタシも感謝祭じゃあ大活躍なんだぜ。毎年焼きそばも売りさばいてっしな』
『あ、私食べましたよ、ゴルシ印の特性焼きそば。すっごく美味しかったです!』
『だろだろ〜! ホッホッホッ、味の違いがわかるお嬢さんには、特別に高級和菓子を進呈してしんぜよう』
『オレらはゴルシさんにいきなりずだ袋かぶせられたましたけどね。しかも漫才中に』
『いいじゃねえか、アンタらもそっちの方がオイシイだろ? 今度は来た時はたわら担ぎしてグラウンド一周してやっから、イイ感じに叫んでくれよな!』
『ムチャクチャ言いますやん……』
『はは、生徒の主体性を重んじるという校風も、トレセン学園の魅力のひとつでもありますからね。秋川学園長やURAのご助力があってこそ、実現にまで辿り着けた環境でしょう』
『いやいや、いくら自由ったって、学生さんでそこまでできるってのもすごいことですよ。ルドルフさんもエアグルーヴさんも、努力家というか勤勉家というか……そら生徒会長と副会長もこなして、レースでも好成績収めてるわけですわ』
『恐れ入ります。まあかくいう私も、エアグルーヴには何かと助けられておりますが……今後も我々ウマ娘が走るレースに、ご注目いただければ幸いです』
待って。ほんとに待って。情報量がえぐい。社交ダンス講習会って何。ご厚意って何。いや今はいい。それもうあとで考えよう。
それよりも、と私は死屍累々と化しているウマッターを閉じ、通話画面を開いた。通話履歴から番号を引っ張り出してタップする。
相変わらず自分のことのようにお互いのことを自慢げに話していて、戻ってくると笑顔で相手を褒め称える皇帝と女帝を眺めながら回線が繋がるのを待つ。一時も目が離せない。
しばらくして留守番電話に繋がる。一旦通話を切り、もう一度通話ボタンを押す。
その間も画面の向こうでは皇帝と女帝が楽しそうに何かしらを話していた。流石にその声は拾われない。えー聞きたい。何話してるんだろう。ていうか背景に何か花が見える。華やかなやつ。いや祝い花のスタンドの話じゃなくて。
穴が空くほど二人をガン見していると、ようやく電話が繋がった。
『だぁー! 何だよこのクソ忙しい時にお前は! 新人トレーナーに正月休みはないっつったろ!』
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんちょっと」
『ど、どうした急に。お前そんなお兄ちゃん子じゃなかっただろ? 怖っ』
「やめてよ、お兄ちゃん大好きな私なんてこっちから願い下げだわ。じゃなくて!」
お互いに新年の挨拶も何もあったもんじゃない。だってそれどころじゃない。私はようやく繋がった兄に早口で捲し立てる。
「皇帝と女帝って、トレセン学園だとあんな感じなの?」
『あんな感じ……?』
「格付け! 見て! 早く!」
『お、おぉ……』
兄は去年からトレセン学園で働いていて、学園内で二人に会ったことだってあるはずだ。そして私が知りたいこともきっと。
『……ああ、今年は二人が出たんだっけか。視聴率えぐいことになってそうだな……。おっ、ナカヤマフェスタも出てんじゃん。知ってるか、ナカヤマフェスタって博打好きでさ──』
「ナカヤマフェスタのことはいいから! 皇帝と女帝っ!」
『ぐあーっ? いきなり叫ぶなバカ!』
「いいから皇帝と女帝見てってば! あんな感じなの?」
『ああ? ……あー、まあいつも通りっちゃいつも通りだな』
いつも通り。あれが。あの仲良しっていうか尊敬しあってるっていうか笑いあってる感じがいつも通り。
ということは、テレビに出演してるからって作ってるキャラじゃないわけで。そしてレース場で見る皇帝と女帝とも違うのは、二人だからってことで。
「……お兄ちゃん」
『何だよ?』
「トレセン学園て今バイト募集してたりしない?」
『いや魂胆丸見えすぎだろ』
そのあと粘りに粘って、募集がはじまったらすぐに連絡するという約束を何とか取り付けた。交換条件でライブチケットの予約戦争を手伝うことになったけども仕方ない。背に腹は代えられない。
けど、結局どの募集もすぐに瞬殺されてしまって、私は未だにあのお正月の二人を拝めずにいる。兄が先輩から聞いた話によると、電話線がパンクしかけるほど応募がきたのは初だったらしい。
年明けに久々にウマ娘グッズコーナーに行ってみれば、どの種類も丁度二種類分入りそうなところがぽっかりと空いていた。そのことごとくが二人のグッズで、通販サイトでも入荷待ち。出遅れた私は泣く泣く入荷お知らせメールをポチる羽目になった。
そして軒並み売り切れている原因なんて、元旦のアレ以外に直近の心当たりはなくて。
つまりはあの番組で皇帝と女帝がお茶の間に与えた衝撃は、それくらいとんでもなく凄まじかったわけである。