6がつ6にち


─おにいちゃんにわたしてもらったお手紙─

『エミールさんへ

 エミールさんがかえってきたって カイネさんから聞きました。おかえりなさい。ヨナは うれしいです。

 もうすぐ6月6日です。おにいちゃんの たんじょう日がきます。
 ヨナは おにいちゃんにケーキをつくって びっくりさせたいと思っています。

 なので エミールさんにおねがいがあります。おにいちゃんにないしょで こっそりスイカとメロンを 持ってきてほしいです。それから かぼちゃも。

 手伝ってくれますか?
 ヨナ』


─ニーアさんに頼んだお手紙─

『ヨナさんへ

 お久しぶりです。エミールです。
 お手紙ありがとうございます。僕もすっごく嬉しいです!
 ケーキの材料集め、もちろんお手伝いします! スイカとメロンとかぼちゃですね。カイネさんも手伝ってくれるみたいです!

 そうそう、ニーアさんのお誕生日のことで、僕らもヨナさんにお聞きしたいことがあったんです。あ、僕らっていうのは、僕とカイネさんのことなんですけど。

 実は、僕らもニーアさんにプレゼントを渡そうと思っていて、なにがいいか悩んでいます。ヨナさんなら、ニーアさんの好きなものとか知っているかなぁと。
 よかったら教えてください!
 それでは!』


─ニーアに押し付けた手紙─

『ヨナへ

 元気にしているか?
 エミールから聞いた。あと少しで全部揃いそうだ。シチュー用の羊の肉もな。今度エミールが届ける。ニーアも喜ぶだろうな。
 それと、家に招待してくれるそうだな。ありがとう。
 おまえの手料理、楽しみにしている。
 カイネ』


─仮面の街に投函された手紙─

『ヨナさんへ

 こんにちは、エミールです! これを書いたらすぐに材料をお届けします。僕と手紙、どっちが速いでしょうか。ケーキとシチューはこれでばっちりですね!
 僕らもヨナさんの話を参考にして、色々準備をしています。当日はセバスチャンの料理も持っていきますね!
 みんなでニーアさんをびっくりさせてよろこばせちゃいましょう!』


─しょうたいじょう─

『カイネさんとエミールさんへ

 二人とも ヨナの おねがいをいっぱい聞いてくれてありがとう。ときどきおせきが出るけど ヨナは 元気です。

 エミールさんのお手紙読みました。おにいちゃんがよろこんでくれるなら ヨナは いいと思います。

 あしたはヨナが みんなをおもてなしします。いっぱい食べて いっしょにおにいちゃんに おめでとうって言ってください。
 カイネさんとエミールさんがおうちにきてくれるのも とてもたのしみにしています。
 ヨナ』


◆  ◆  ◆


ぱらり、ぱらり。三者三様に綴られた手紙をゆっくりと読みながら、一枚、また一枚とめくっていく。
「こんなに前から準備してくれてたのか……」
しみじみと呟いて、ニーアは目を細める。じんわりと胸があたたかくなる感覚に、自然と口の端には笑みが浮かんだ。
ちらと自分のベッドを見る。そこではエミールが丸くなって熟睡していた。相変わらず寝つきがいい。
二階ではヨナとカイネが仲良く眠っているのだろう。いつの間に懐いたのか、ヨナはカイネが一緒に寝てくれると知ると、とても嬉しそうにしていた。
ちなみにニーアはヨナの料理を食べて今の今まで寝込んでいた。そして妙な時間に起きてしまい、折角だからとヨナたちの手紙を眺めていたのだ。
ニーアがもらった誕生日プレゼントのひとつだ。発案はエミールらしい。
確かにこれは嬉しかった。ここ最近、ずっと手紙を渡す役ばかりを請け負っていたから余計に。正直拗ねていたと思う。情けないから言わないが。
「今日まで色々考えて、祝ってくれたんだな」
自分の誕生日を意識しなくなって、どのくらい経つだろう。母親が死んでからくらいだったとは思うが、あまり思い出せない。いつもこの日を過ぎてから家に帰って、ヨナにおめでとうと言われて一つ歳を取ったことを知る。その程度の意識だった。
もしかしたら、ヨナはずっとこんな風にお祝いしたかったのかもしれない。半ば引きずられるようにして家に帰ったとき、ヨナはとてもはしゃいでいたから。
「ダメな兄ちゃんだなぁ、俺」
苦笑いをひとつ。きっと他にも色々と我慢させてしまっていたのだろう。カイネとエミールがヨナに協力してなかったら、今日だって忘れていた。
「カイネとエミールに感謝しなきゃな……なぁ、シ──」
椅子に座ったまま振り仰いで、固まる。そこには誰もいなかった。
まばたきをひとつ、ふたつ。それからふ、と寂寥感が滲んだ笑みを浮かべた。
およそ少年が浮かべるものではない顔をして、ニーアはゆっくりとまばたきをする。
「返事、書かなくちゃな」


家からそっと忍び出て、ニーアは大きく息を吸う。冷えた空気が身体中に回り、起き抜けのぼんやりした頭をすっきりとさせた。
帆布を羽織いながら塀のところまで歩いていき、崩れたそれに座る。ニワトリとヒヨコは寄り添うように眠っていた。
ぐっすりと眠るニワトリたちを微笑ましく眺めながら、ニーアは懐から便箋とペンを取り出す。家にあった自分の日記帳を下敷き代わりに便箋を置く。ちなみに日記は数ページでほぼ止まっている。筆不精は父親に似たのかもしれない。
とんとんと指先で紙を叩きながら、ニーアはゆっくりと、ペンを滑らせていく。
書いてはつっかえ、書いてはつっかえを繰り返し、ようやく一枚。
ヨナ宛ての手紙を書き終わって、ニーアはふぅと息をついた。
「こんなんじゃ夜になりそうだな……」
やっぱり手紙は苦手だ。苦笑しながら空を仰ぐ。
それに慣れないことをすると疲れる。少し休憩だと、ペンを便箋の上に置いて辺りを見回した。
ニーアの村の朝は早いが、流石にこの時間帯に外に出る人はいないようだ。畑の向こうでは年季の入った水車が、数年前と変わらずにくるくると休まず動いていた。
閑散とした風景に、そっと瞼を閉じる。すました耳に、風に揺れる草木の音と川のせせらぎがよく聴こえた。
「──まだ夜明け前だぞ」
だから、突然声を掛けられてニーアは驚いた。
慌てて首を戻すと、扉の前で不機嫌そうに佇むカイネの姿があった。マモノ憑きでなくなったのに相変わらず目のやり場に困る下着姿で、けれど普段は結い上げている綺麗な銀髪を下ろして。
「いや……横で作業して、エミールを起こしちゃ悪いと思って。カイネこそどうしたんだ? もしかしてヨナの調子が悪くなったか?」
「いいや、ヨナはぐっすり寝ている。喉が渇いて起きただけだ。……そしたら、お前がいなかったから」
カイネの言葉に安心した瞬間、続いた言葉に目を丸くする。
どうしたことだろう。カイネが素直だ。心配をかけてしまった申し訳なさよりも、意外さの方が勝る。
「で、何をしてる?」
「ああ、うん。手紙を書こうと思ったんだ。みんなに」
「……私はいらんぞ」
「俺が渡したいんだ。受け取ってくれるかな?」
気を取り直してそう言ったのも、物好きだなとか、好きにしろとか、一蹴されるのを予想しての事だった。
「……そうか。なら」
だが、カイネはやはり素直に頷いて、どころか微かな笑みさえ浮かべてそう返してきたのだ。
ニーアは感動とも驚愕ともつかない衝撃を受けて、思わずカイネを凝視してしまう。が、その顔がおかしかったらしい。カイネは愉快そうに目を細めて、「間抜け面」とニーアの額を小突いてきた。
そのままカイネは隣に座る。何だかしてやられたような気分だ。ニーアは誤魔化すように頬を掻いた。
「その、祝ってくれてありがとう。プレゼントの服もさ、着るものがほとんどなかったから、困ってたんだ」
「だろうな」
まさか自分が少年に戻るなんて思いもしなかったから、その頃の服は全て捨ててしまっていた。背が伸びて着れなくなった衣類は、もうほとんど切って雑巾や補修用の布に変わってしまっている。
それをヨナから聞いたらしく、カイネとエミールは新しい服をくれたのだ。
ニーアの村の服装とも、海岸の街の衣装とも違う。黒を基調にした、珍しい衣装一式を。
話を聞くと、カイネの祖母が昔着ていた服を参考にしたのだそうだ。それをエミールがニーア用にデザインし直し、セバスチャンが仕立てたらしい。
流石は執事、何でもできる。しかも青年だった頃の衣服も一式もらってしまった。エミールが照れながら「こっちはついついテンションが上がってしまって……」と渡してくれたが、こちらも黒で上下を揃えた衣装で随分とカッコよかった。
今はともかく、何であの頃の背丈をそんなに詳しく知っているんだろうとは思ったが、深くは気にしなかった。ニーアのために作ってくれたことが、単純に嬉しかった。
「大切に着る。ありがとう」
「速攻でボロ布にしたら承知しないぞ」
「はは、気を付けるよ」
冗談まじりの返しに笑えば、カイネも小さく口の端を上げた。控えめな笑みを浮かべる横顔は、前に見た時よりも柔らかい。
整った横顔を見つめていると、ふわりと風が凪いだ。
カイネの長い髪をさらさらと揺らして通り過ぎていく。彼女の青みがかった銀髪は、夜明け前の微かな日差しを反射して淡い光を放っていた。
「……カイネ」
名を呼んだのは無意識だった。怪訝そうな視線がニーアに向く。
「カイネのこと、抱きしめてもいいか?」
胸に湧いた衝動のままに、ニーアは言った。
言ってから、そうか、と腑に落ちる。自分はずっと、そうしたかったのだと。
猫のような瞳が更に大きく見開かれる。彼女の琥珀色は、薄暗い場所だとくすんだ紫にも見えるから不思議だ。
カイネが固まって、ひとつ、ふたつ、みっつ。呼吸三回分ほどの沈黙のあと、ふいと顔を背けられてしまった。
長い髪に隠れて表情が見えない。ニーアは肩を落として、寂しそうに苦笑いをこぼした。
「……ダメ、かな?」
「……言わなくても察しろ、腐れ※☆△野郎」
けれど、返ってきた反応は真逆のもので。
今度はこっちが目を皿のように丸くする番だった。
胸の奥からふつふつと湧き上がるあたたかさがある。熱は次第にじわり、じわりと全身に広がっていく。
ぽかんと口を開けて呆けていたニーアは、やがて嬉しさのあまり破顔した。
便箋を横に置いて立ち上がる。座っているカイネの正面に移動して、癖のない綺麗な髪にそっと手を伸ばした。
さらり。絹糸のような手触りを味わってから、白い頬に触れる。
促されるようにして顔を上げたカイネは、不機嫌そうに、けれど目元を赤らめてニーアを睨んだ。
どうしよう。カイネがすごく可愛い。緩みきった顔を自覚しながら、ニーアは両手を目一杯広げてカイネを抱きしめた。
今のニーアでは格好がつかないけれど、それでもカイネの身体は細くて華奢だった。
どこもかしこも柔らかい。殴られれば気絶するほどに強い力が、この身体のどこから湧いてくるのだろうと不思議に思うほど。
自分の鼓動が早まったのがはっきりとわかった。聞こえてしまいそうなくらいうるさい。
小さい身体がもどかしい。背中に回した腕にぎゅっと力がこもる。カイネの肩が小さく跳ねたが、抵抗する素振りは見せなかった。
離したくない。この腕の中で抱きしめていたい。
ずっと、こうして確かめたかったのだ。
その力強い瞳をもっと間近で見たかった。眩しいほどに真っ白な腕にぬくもりがあることを感じたかった。
カイネが、愛する人が今ここで、生きているのだと。
それを実感して、ようやく手放しで幸せを噛み締められた気分だった。
ふと、背中に何かが触れた。おずおずと背に巻き付いたそれがカイネの腕だと気付いて、ニーアはますます顔を綻ばせる。
胸に込み上げる安堵と愛しさに、思わず笑声をこぼした。
「プレゼント、もらいすぎだな、俺」
「誕生日はもう終わっただろう」
そうだけど、とニーアはくすくすと笑う。唇を動かすと、さらさらとした感触が頬を撫でてくる。薄い青に滲む銀糸は、間近で見るとなおさら神秘的で綺麗だった。
「カイネ、こんな日じゃないとしてくれなさそうだし」
「……別に、そんなことはない」
「え?」
意外な言葉を聞いて、ニーアはきょとんと聞き返す。しかし答えは返ってこなかった。
「もういいだろう。手紙を書くんじゃなかったのか。さっさとしないと日が暮れるぞ」
おしまいだとばかりに離され、ニーアは少しよろけてしまった。とと、と数歩下がってバランスを取る。
視線を戻せば、カイネはまたニーアからそっぽを向けていた。まだ物足りないんだけどな、と残念に思いながらも、ニーアは素直に腰を下ろしてペンを持つ。
「じゃあまた今度お願いするよ、カイネ」
「好きにしろ」
やっと聞き慣れた、けれどやっぱり前よりずっと素直な言葉が返ってくる。懲りずに驚いてカイネを見るが、今度は目を合わせてくれなかった。
さぁっと風が音を立てる。カイネの髪がゆるく舞い上がり、ちらりと髪の隙間から形のいい耳が見えた。
その耳は真っ赤に染まっているのを発見して、ニーアは朗らかに笑い、そしてカイネにどつかれた。



─抜粋したみんなへの手紙─

『ヨナ、カイネ、エミールへ
みんなありがとう。あんなに豪勢な誕生日は、生まれてはじめてだった。
みんなの手紙も嬉しかった。だから、俺もみんなに手紙を書きたい。

ヨナは難しい文字も読み書きできるようになったんだな。兄ちゃんは驚いたよ。こんな風に誕生日を祝ってくれるなんて、すごくびっくりした。本当にありがとう。
兄ちゃんは幸せ者だな。ヨナの誕生日のときは、兄ちゃんが目一杯祝ってやるからな。今日みたいに、カイネとエミールを招待して。


エミール、ヨナの頼みごとを聞いてくれてありがとう。エミールとの手紙、ヨナはいつも楽しそうに読んでるんだ。これからもヨナに手紙を書いてくれたら俺も嬉しい。
……あと、セバスチャンにお礼を言っておいてくれ。本当に。エミールもありがとう。

カイネも材料集めを手伝ってくれてたんだな。最近狩りに誘っても断られてた理由がやっとわかったよ。避けられてるのかと思ってたから、安心した。
カイネさえよければ、また家に寄ってくれ。ヨナが喜ぶし、俺も嬉しい。……というか、やっぱり一緒に暮らせないかなって思うんだけど。どうかな?

……それから、シロ。
シロにも祝ってほしかったな。一緒に。……今さらだけどさ。
俺の誕生日を知ってから、シロは毎年おめでとうって言ってくれたっけ。あの時は余裕がなくて、また一年が過ぎたってただ焦ってたけど。
それでもシロが祝ってくれて、心のどこかではずっと嬉しかったんだと思う。
ありがとう、シロ。俺もシロといると、本当に楽しかった。
カイネと、エミールと、それからシロのおかげで、俺は今も生きてるよ。

ニーア』





あとがき
ニーアの誕生日にハートフルボッコな話をあげた直後に誕生日ネタが降ってきたので必死で間に合わせました。間に合ってよかった…。ニーアさんお誕生日おめでとうございます!!
Eエンド後のみんなでニーアの誕生日を祝う話。ヨナが頑張ります。ニアカイもあります
ニーアは青年期の記憶がある状態で書いています。実際どっちなんでしょうね。個人的には青年期の記憶があったら嬉しい。そしてEエンドを経たカイネは少しだけ自分の気持ちに素直になってるといいなと思います。
カイネとエミールがプレゼントした服はリィンカネのあの衣装です。少年期のはないですが、それっぽいのみたいな。DLCで販売されてくれないかなあの服…。

補足:Eエンド後なこともあってヨナの手紙は原作とはあえて違う形で書いています。3年間で8歳の頃よりも読み書きができるようになったんじゃないかなぁと。E√でカイネとヨナが文通してると思うと二人とも可愛いですね…。



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