報われなくてもよかったんだ
「顔だね」
──おばあちゃんは、おじいちゃんのどこを好きになって一緒になったの?
単純な好奇心からそう尋ねたカイネは、思っていたものとははるかに違う答えを聞いてぱちくりと目をしばたかせた。
「……………………かお……」
「何だい、そんな夢をぶち壊されたような顔をして。訊いてきたのはそっちじゃないか」
「だって……」
まさか第一声でまず「顔」が出てくるとは思わなかったのだ。種を抜いたケルマの実を鍋に放り込みながら、カイネはため息をつく。
「驚いた。おばあちゃんてメンクイだったんだな」
「あぁ? まったく、どこでそういう言葉を覚えてくるんだい。このマセガキ!」
迫ってきたしわだらけの拳にごつ、と額を小突かれる。
そこそこ痛いが、このくらいでは動じない。顔をしかめながら、カイネは「本当のことだろ」と舌を出してみせた。
「それに私の知ってる言葉は、ほとんどおばあちゃんからの受け売りだよ。後悔するなら自分の口の悪さを恨むんだな」
「いちいち口の減らないガキだねぇ……ああ、ジャムにするのはそれくらいでいいよ。あとはそのまま食べようじゃないか」
会話をしながらまたケルマの実を切ろうとして、祖母に止められる。カイネは素直に手を止め、残った実を深めの皿に入れて木箱に載せた。
二人であばらやに暮らし始めて三年。一緒に家事や作業をするのも、もう慣れたものだった。
ジャム作りもそのうちのひとつだった。実りはじめたケルマの実をカイネが山ほど採ってきて、それを祖母のカーリーが煮詰めて甘いジャムにする。この時期になると定番の光景だった。
木の実を炭か虫の丸焼きに変えるほど料理が下手な祖母が唯一、まともに作れる料理だ。
そもそもの話の発端はそこだ。何故ジャムだけは得意なのかと訊けば、祖父が好きだったからよく作ったのだとカーリーは言った。
これだけは本当に美味しそうに食べてくれたのだと、遠い目をして微笑む横顔がとても穏やかで、だからおばあちゃんはおじいちゃんのことが好きだったんだなと。
そう思ったから訊いたのに。半ば無意識に肩を落とし、思った以上にがっかりしている自分に気付く。
「よくわからないな。見た目ってそんなに大事?」
「わかってないねぇ」
「だからわからないって言ってるじゃないか」
くつくつと笑うカーリーに腹が立って、カイネはむすっとしながら言い返す。けれどカーリーもその程度では動じない。
鍋に水を入れると、火にかけてくれとカイネを手招いた。ケルマの実と水が目一杯入った鍋を持ち上げるのは、もうカーリーには重労働であった。
よっ、と掛け声ひとつでかまどに鍋を乗せる。これで沸騰するまでしばらく待つのだ。
ここまでくるとカイネはほぼ鍋を見つめるだけになるが、退屈だとは思わない。祖母と一緒に果物が煮詰まるのまで待つ時間を、カイネはこっそり気に入っていた。
「人間てのはね、半分くらいは第一印象で決まるもんなんだよ。一目惚れなんて言葉があるんだ。まず見た目に惚れること自体、そう珍しいことじゃない」
「それで顔?」
「ああ、そうさ。例えば、そうだね……」
椅子に座り、鍋をゆっくりとかき混ぜながら祖母は呟く。
「あんたは、ディモの顔を見てどう思う?」
「底意地の悪い最低なクソ◎×☆※野郎」
「だろう? そういうことさ」
一瞬で冷え切った感情のまま息継ぎもなしに答えれば、祖母はにやりと片頬を吊り上げた。
「人柄ってものは、案外と顔に滲み出るものだ。おどおどとしてる奴は気の弱い者が多いし、目をぎらつかせている奴は実際に凶暴だ。◎×☆※そうな奴は顔からして◎×☆※だね」
そう言ってカーリーははっと鼻で笑う。身近な人物(と言うのも嫌な存在であるが)を例えに出され、そうかもしれない、と妙に納得してしまった。
この村の村人たちなど特にわかりやすい。陰気そうな顔で本当に陰気だ。ディモの子分たちは如何にも狡賢い顔をして、いつもディモの後ろでにやにやと気味悪く笑うのだ。
そこまで考えて、カイネはきゅっと唇を引き結んだ。
そういう意味では、自分も同じか。なら村人たちが普通とは違う身体をしたカイネを忌み嫌うのも、当たり前の反応なのだろう。
「なに辛気臭い顔してるんだい。あたしがしてるのは顔の話だよ、か・お!」
カイネのそんな考えを見透かしたように、祖母は少しだけ怒ったような顔をしてカイネの頭に手を置いた。そのままぐりぐりと撫で回される。
何の躊躇いもなくカイネに触れてくる、少し乱暴な優しい手。そうやって普通の子どものように扱ってくれるのが、本当はくすぐったいくらいに嬉しい。
けれど素直に言うのは気恥ずかしくて、結局されるがまま撫でられ続ける。
「まぁ、顔というか、表情の話だね。見た目で誤解される者もいる。逆に善人に見える顔を利用して、他人につけ込む畜生もいるね。だがどんな人間でも、表情や仕草には必ず人の本性が現れるものだ」
ぼさぼさになったカイネを見て、カーリーは目を細める。
「だから相手のことをしっかり見て、ちゃんと知る。それがとても大事なんだよ」
長年の知恵さね。手を離して、祖母は悪戯っぽく片頬を吊り上げた。
「……っと、カイネ、砂糖を持ってきとくれ」
くつくつと煮立ってきた鍋にカーリーは視線を戻す。カイネは木箱から陶器のポットを取り出して持っていった。
「入れるのはどれくらい?」
「一本丸々ぶち込みな」
「わかった」
言われたとおりに蓋を開けた瓶をひっくり返す。かまどの周りに砂糖がぱらぱらと飛び散るが、二人とも気にしなかった。
手櫛で乱れた髪を戻したところで、やっと動揺がおさまってきた。カイネは白い砂糖がみるみるうちに溶けていく様子を見つめながら、小さく息を吐く。
「おばあちゃんの話を聞いたら、余計わからなくなった。結局どういうことなんだ?」
「カイネはほんと、頭を使うのはてんでダメだねぇ」
「うるさい。バカで悪かったな」
「拗ねるんじゃないよ。本当のことだろう?」
口をへの字に曲げるカイネにカーリーは容赦なくそう言った。だが、台詞に反して口調は優しい。
ぽんとカイネの頭を軽く叩いてから、そうだねぇ、とカーリーは鍋に向かって呟く。
「要は見る目を養えってことさ。その点でいえば、じいさんは顔も性格もいい男だった」
あばらやにふわりと風が通り抜け、視界の端で月の涙が気持ちよさそうに揺れる。祖母が編んだ花飾りは、数年たった今でも綺麗な白を保っていた。
祖父も、祖母のために花飾りを贈ったこともあるのだろうか。今まで浮かびもしなかった考えが頭によぎる。
懐かしむようにしわの刻まれた目元を和らげたカーリーは、やがて普段通りの偏屈そうな笑みをカイネに向けた。
「もちろんあたしもいい女だったがね。じいさんも女を見る目があったもんだ」
そして堂々と言ってのけた祖母に、カイネは呆れた眼差しを送る。
「自分で言うか?」
「ああ、言うね。なんたってカイネはあたしの若い頃にそっくりなんだ。あんたを見てると、自分がいい女だったってわかるんだよ」
そう言われ、カイネはぼっと顔から火が出るような感覚を味わった。
油断してるとこれだ。カーリーは日常的に暴言混じりの言葉を使うし、手だって早い。
だが時折、なんのてらいもなくカイネのことを褒めちぎってくるときがある。
これが本当に厄介だ。不意打ちだと余計、どんな反応をしていいかわからない。カイネは熱い頬を隠すように俯かせる。
鍋の中のジャムがぐつぐつと音を立てる。立ち上る湯気が、甘い香りを家中に漂わせていた。
「あんただってあたしの孫だからねぇ。いい男を見たらコロッといっちまうさ」
「そんなわけない」
反射的に返した否定は、そんなカイネの心に冷や水を浴びせた。
そうだ。そんなこと、あるわけがない。
そもそも誰かを好きになるなんてことがあるのだろうか。カイネが誰かを好きになって、その誰かもこんな自分を受け入れてくれることなんて。
「カイネ」
ふとカーリーの手が伸びてきて、カイネの頬を両手で包みこんだ。
痩せ衰えた、けれど暖かい手。大好きなぬくもりが、凍えた心を和らげていく。
祖母が穏やかな眼差しで、くしゃりと微笑んだ。
「大丈夫。お前が本当に良い子だってことを、ちゃんとわかってくれる人は絶対にいるよ」
「……おばあちゃんくらいだよ。そんなこと、言ってくれるの」
「今はそうかもしれないね。何、あんたの人生はまだまだこれからだ。気長にいきな」
言って、鎖骨の辺りまで伸びてきたカイネの髪をそっと耳にかける。さらりと前髪を撫でてから、カーリーは「空き瓶を取ってきておくれ」と言いつけて目を細めた。
こくりと頷いて、カイネはまた木箱を漁る。いくつか蓋を開けていくと、透明なガラス瓶がいくつも入った箱を見つけた。去年もこの瓶にジャムを入れたのだ。
木箱ごと台所に運び、大雑把にジャムを注いでいくカーリーの傍らで蓋を閉めながら、カイネはカーリーの言ったことをぼんやりと考える。
あり得ないと思う。いるかもしれないと、それを信じる方が却って辛い。だったら最初から期待しない方がマシだ。
でも、と思う。それでも、カーリーは絶対にいると言ってくれた。
大切な祖母の言葉を、信じたくないわけじゃない。
(……もし本当にいるんだったら、会ってみたいな)
誰かを好きになりたいとか、そういうわけではないけれど。
祖母のように、カイネのことを知ってなお、受け入れてくれるなら。
会ってみたい。その人はきっと、紛れもなくいい人なのだろうから。
──結局、おばあちゃんの言う通りになったな。
遠い日々を思い出して、カイネはひっそりと苦笑いを滲ませる。
これが走馬燈というものか。そう思いながら、カイネはパラパラとめくられていく在りし日の思い出を眺めていた。
懐かしい。そういえばこんなこともあったのだ。ぼろぼろのあばらやの中。優しさにくるまれていた日々が。
祖母との思い出は必ずあの惨劇を思い起こすから、最後はいつも苦しくて仕方がなかった。けれど今は、こんなにも穏やかな気持ちで見ることができる。
「カイネ……」
めくられていく記憶が唐突に終わりを告げ、目の前の精悍な顔に焦点が合った。
今にも泣きそうな、辛そうな表情を堪えている青年を見て、ニーア、と小さく唇を動かした。
もしかしたら、本当はもっと前からだったのかもしれない。
ただ、ここだとはっきり自覚できるのは、石化から目覚めたあの時だ。
見慣れた位置に顔がなくて怪訝に思った。随分でかくなったんだなと更に視線を上げた、その瞬間。
戸惑うカイネ自身をよそに、友情と記していた瓶詰めの感情は、その一瞬で違う何かに変わっていった。
心臓が大きく跳ねてはっきりと変化を告げた。呑んだ息が燻ぶっていた火種を一気に燃え上がらせた。
そうして、カイネは瞬きする間もなく恋におちた。
ニーアの一挙一動に、瓶の中身は甘くも苦くもなった。
カイネの予想をはるかに超えて立派に成長したと思った。昔はなかった影の差す瞳に、五年間の苦労を見た気がした。その精悍な顔つきに、少年の頃にはなかった力強さを感じた。
差し伸べられた手を取り戦えることを誇らしく思った。
実力に裏打ちされた自信を頼もしく思った。
知己を失いながらも進み続ける背を守りたいと思った。
見え隠れする危うさごと支えたいと思った。
カイネに向けられる笑みが、少しも変わらない優しい眼差しが、どうしようもないほど嬉しくてたまらなかった。
今なら、祖母の言っていたことが理解できる。
ニーアの顔に滲み出る、あるいは溢れる様々な為人(ひととなり)に、カイネは惹かれたのだ。
気付いた時には、カイネの全てがニーアの傍にいたいと叫んでいた。
大切な人。カイネが誰よりも大切だと思う人。
──その、大切に他ならないニーアに、カイネは心臓を刺し貫かれていた。
痛みを感じたのは一瞬で、もう何も感じない。それよりもニーアの方が痛そうに顔を歪めていた。
(そんな顔、しなくていいのにな……)
ニーアはただマモノを殺しただけだ。化け物だ、怪物だと言われ続けてきたマモノ憑きがついに暴走して、そいつが人々に危害を及ぼす前に食い止めた。ただそれだけのこと。
そう、思ってくれたらいいのに。心優しい青年は、マモノ化してもなお、カイネをカイネとして見てくれているらしい。
歯を食いしばって堪える眼差しに、声をかけてやりたかった。
お前のせいじゃない。お前が悲しむことなんてない。苦しむことだってない。
最後の頼みだって言っただろう? 私が望んだんだ。私が殺してほしかったんだ。
だから、お前が悔いる必要なんか、どこにもないんだ。
そう言いたいのに、言えない。喉は掠れた咳のような音しか出てこない。もはや言葉を紡ぐことすら叶わなかった。
(お前が殺してくれて、よかったんだ。だから、ニーア)
そんな辛そうな顔、しなくていい。
大切な人を殺さずに、大切な人の大事な人も殺さずに済んで、そのうえその人の手で殺される。
おかげで、こんなに心穏やかな死を迎えられる。
これ以上の贅沢を、カイネは思いつかない。
『テュラン』
カイネは同化した片割れの名を呼ぶ。けれど応えはない。
確かに気配はあるはずなのに。内心で首を傾げるが、まぁいいかとかまわず語りかけた。
『ありがとう。私を止めてくれて』
ざわ、とテュランの感情が揺らぐ感覚がした。やはりいつもの罵詈雑言すら返ってこなかったが、届いたことがわかって満足した。
ニーアにも、伝えられたらよかったのに。
同時に湧き上がったもどかしさに、いや、と考え直した。下手に何かを口走って、今の自分をよりカイネだと思わせるのはきっと酷だ。
もうすぐ死ぬのだ。縛るような真似はしたくない。
笑っていてほしい。幸せに暮らしてほしい。
妹と平和に。その言葉に嘘はなく、穏やかな笑顔が取り戻せるなら、カイネは何だってしたかった。
(だから、これでいい)
いいんだ。段々と遠のいていく意識の中で、カイネは独りごちる。
最期くらい正面から顔を見ようと、もう一度ニーアに焦点を合わせる。
そしてカイネは、呼吸を忘れるほど驚いた。
お前、と思わず呟き、凝視する。
青を薄く滲ませた銀の双眸から、こぼれるものがあった。
(泣いて……)
透明な雫が、眩しいほどの陽光に照らされぽろぽろと頬を滑り落ちていた。そのうちの一つがぽつり、とカイネの頬で弾ける。
言葉を失う。ひたすらに綺麗だと思った。
そして、遅れて気付く。その涙がカイネに向けられたものだと。胸にせり上がってきた感情が喉を塞いで苦しい。
その時点で心は飽和寸前だった。
なのに、刹那。
灰青の瞳が間近に迫る。綺麗な色をしたそれが閉じられ、少し残念に思ったその瞬間。
薄い、柔らかな熱が唇に触れ──口付けられたのだと、気付いた。
「────っ!」
声にならない悲鳴がカイネの内側で暴れまわる。堰を切って溢れ出した激情に溺れてしまいそうだった。
──ニーア。重なった唇が震える。貫かれたはずの心臓が強く痺れた。
もう感覚もなくなってきた腕が勝手に伸びようとして、堪えるために手のひらを強く強く握りしめる。
(ニーア、ニーア……っ!)
どうしようもなくなって、カイネは壊れかけた音で彼の名前をひたすらに繰り返した。
どうしよう。
想いをためこんでいた瓶詰めの蓋が、その一瞬で弾け飛んだ。みるみるうちに溢れ出した感情はそのまま涙となって、カイネの瞳からとめどなくこぼれては光の粒子となっていく。
ずっと、考えていたのだ。ニーアと共に行動するようになってから、ずっと。
自分の人間としての時間は、あとどれほど残されているのだろう。
カイネに理不尽と痛苦と悲劇を与え続ける世界は、いつまでカイネを生かし続けるのだろう。
その命を、時間を、どうしたらニーアのために使えるのだろうと、ずっと、ずっと。
そうして、刃になろうと決めた。それで死んでもいいと思った。奇しくもあの時シロが矢継ぎ早に語った剣士の本望が、カイネの望みになった。
カイネの全てをかけることに、躊躇いなど一切なかった。
同じ感情を返してくれなくていい。友情でかまわない。ただの仲間で、いっそのこと都合のいい存在と思われていても別によかった。
だってこれは、カイネが勝手に決めたことだから。カイネが勝手に、ニーアが大切で大切で仕方がないだけだから。
ただ、ニーアのために死ねれば。それでカイネの想いは、虚勢でも何でもなくちゃんと報われるから。
だから、この恋が報われなくてもいい。
そう、思っていたのに。
感情の瓶に注がれたものは、カイネを丸ごと呑んでしまうほどの幸福だった。
それは名として彼の喉から絞り出された。
それは涙の形をして彼の頬に流れ落ちた。
それはかさついた薄い唇となって、カイネの唇に優しく触れた。
呼んでくれた。泣いてくれた。同じ想いをくれた。
これ以上ないくらいの幸せを、こんなにもらってしまった。これまでの生き地獄のような苦しみは、全てこの至福を手にするためにあったのだと信じてしまうほどに。
どうしよう。どうしたらいい。もう、返せないのに。何も、返せるものはないのに。
切なく悔やんだその時、はたと思い至った。
そうだ。そんなこと、ニーアも知っている。自分はもう消えてしまうと。
知ったうえで、くれたのだ。
もったいないほどの幸せを、カイネのために。
(……そうか……)
それなら。
薄い唇が、ゆっくりと離れる。涙を拭うこともせずに、ニーアはカイネを見つめ続けていた。
カイネの姿を焼き付けるように。絶対に忘れないと、決意するように。
カイネは甘く疼いた己の感情ごと、それを受け止める。
それなら、いいか。もらえるものはもらう主義だ。それもニーアは知っている。
──そういうことなら、全部もらっていこう。
その眼差しも、涙も、ぬくもりも、想いも、全て。
カイネは至極安らかな笑みを浮かべた。もう感覚はなかったけれど、それでも確かに微笑んだ。
返せるものがない代わりに、届かないと知りながら目一杯の心で語り掛ける。
──ニーア。
ありがとう。私のために泣いてくれて。
ありがとう。何度も私を救ってくれて。
ありがとう。かけがえのない穏やかな時間をくれて。
ありがとう。たくさんの優しさを与えてくれて。
ありがとう。ありがとう。
(ありがとう……ニーア……)
──愛していると、そのすべてで伝えてくれて。
抱えきれないほどの幸福に包まれて、全身が穏やかな白い光の波に満たされていく。
ニーアの幸せと平穏を切に願いながら、カイネは意識がなくなるまで、万感の愛しさをただただ告げ続けた。