肥えた目に映る


まるで奈落の底を歩いているかのようだ。
そう感じながら、とっぷりと日の暮れた帝都をウェッジはひとり歩いていた。
ニフルハイムの首都・グラレアは、帝国一、いや世界最大の人口を誇る。軍事力をもって広げていった領地は広大だが、氷神シヴァの影響でその大半が雪原地帯であるため、かなりの人口が帝都に集中しているのだ。
しかし、今ウェッジが歩いている帝都は、それほどの人口がここにいるのかと思うほど閑散としていた。まるで捨てられた廃村のように人がいない。たまにすれ違うの酔っ払いか、緑色の仮面をつけた不気味な魔導兵のみだ。
だがこれは、別段特異なことではなかった。夜が来たら決して外に出てはならない。それは帝都だけではなく、ニフルハイムに生まれ育ったものなら誰しもが知り、そして守る常識だ。少なくともウェッジは物心ついた頃からそう教えられた。
ふと、何となしに暗闇に立ち並ぶビル群の隙間から空を見上げた。そそり立つビルの向こうで、黒い油絵具で塗りたくったような分厚い雲に覆われた夜空を眺め、僅かに眉を潜めた。
(また、日没が早くなった)
今日の日暮れと数年前の日暮れの時刻を頭の中で比較して、その差異に背筋がうすら寒くなる。
四季の変化によるものではない。明らかに不自然に、夜の時間が長くなっている。ただの傭兵上がりの自分が気付くほどだ。帝都の学者辺りは、原因究明に必死になっていることだろう。
それほどに異常事態で、そしてかなりの死活問題だった。もしかしたら既に世界規模で原因を探ろうと動き始めているのかもしれない。
夜の時間が長くなるということは、シガイの活動時間が伸びるということだ。それは人間にとって命の危機にさらされる可能性が高くなることと同義である。戦う術のない一般人は特に。
だから人々は夜になると、シガイを恐れて家にこもる。これも理由は不明だが、シガイは人間に対して明らかな敵意をもって襲ってくるのだ。
そんな日々の生活を脅かす化け物から市民を守るのが、ニフルハイム軍がいる理由のひとつであると、ウェッジは考えていた。軍に入る前からそれが志した者の使命であり、義務だろうと。最近は薄気味悪い自動歩兵人形に、その役割を奪われつつあるのだが。
噂をすればカシャ、カシャ、と音を立ててその魔導兵が横を通り過ぎていく。発明者の悪趣味が如実に現れているそれを睨み付けるが、すぐにかぶりを振ってウェッジは歩き出した。
そろそろ深夜に差し掛かる時刻だ。にもかかわらず、立ち並ぶ建物からは未だ明かりが窓から漏れ出ていた。まるで人々の恐れを代弁しているかのようだった。
やがて大通りから右に曲がり、ややすえた臭いのする狭い路地裏に入る。ごうごうと音のうるさい排気口の下を息を詰めて通り抜け、とある建物の前で足を止めた。
左右のビルを同じレンガ作りの建物。窓からこぼれ出る灯りは、周囲の電灯のように目を刺すような強さではなく、暖色のような明るさで光っている。
直後、その建物からどっと湧いた歓声の中に、聞き覚えのある悲鳴を聞いた。ウェッジは静かに溜め息をつき、ドアノブに手を掛けた。


◆   ◆   ◆


「っしゃあ!オレの勝ちだぁ!」
ガタン、と音を立てて立ち上がり、目の前の男が盛大なガッツポーズをする。ビッグスはテーブルに肘をつけて、恨めしそうに男を睨み付けた。双方とも、顎ひげをこしらえた顔は真っ赤に染まっていた。
「てめぇ、ルイス……卑怯だぞぉ……」
「戦略だよ。せ・ん・りゃ・く!肉を切らせて骨を断つってなぁ」
「くそぉ……とっときの酒が……」
ビッグスはぶつくさと呟いてから白い帽子を頭に押し付けて沈んだ。向かい合って座る二人のテーブルには、白黒のマス目が綺麗に並んだ薄っぺらいボードと、その上に酒の入ったショットグラスがいくつも並べられている。
いつの間にか集まっていた野次馬共が、口々に労いなのか嘲笑っているのかわからないような声を掛けてくる。そんな彼らをルイスは嬉しそうに手を合わせ、そしてビッグスはうるせぇの一言であしらった。
オーナーの気質か、類は友を呼ぶのか。おそらくどっちもだろう。ここに来る客は、知り合いでも初対面でも気さくに話しかけてくる酔っ払いが多い。
だからこそこの酒場をビッグスは気に入っているのだが、負けたときは別だ。金も酒も称賛も、全て勝者に持っていかれる。
「へへ、勝利の美酒はいただくぜ、ビッグス」
勝ち誇った顔でルイスという名の男は、琥珀色の液体が注がれたショットグラスを掲げた。元々ショットグラスは強い酒をストレートに飲むためのものだが、軍人として鍛えられた身体つきのルイスが持つとまるで子供の玩具のようだ。入っているのはもちろん未成年が飲んでいたら捕まる類のものだ。
見せつけるようにゆらゆらとグラスを揺らすルイスに、ビッグスは悔しそうに顔を歪めた。ぐっと歯を食いしばり、酔いで力の入りにくい手で拳を作るが、やがて諦めて再びテーブルに突っ伏した。
「さっさと飲んじまえ……」
苦し紛れに小さく呟く。聞こえたのか、ルイスは厭味ったらしい声音でじゃあ遠慮なく、と言って椅子に座った。
「ここにいたか」
ふと、背後から溜め息混じりの低い声音が聞こえた。胡乱げに顔を上げると、灰黒のコートと帽子で身を包んだ青年が無表情に立っていた。
「あ……?何だ、ウェッジか」
「よぉ、そこのキングの酒飲むか?美味いぞ」
「……あーちくしょう、あのとき凡ミスなんてしなけりゃ……」
「そりゃ何も考えずあんだけガバガバ飲みまくればそうなるだろうよ。まっ、頭の出来が如実にあらわれたってことだな」
「言うじゃねぇか……次んとき覚えとけよ」
「おう。いい酒仕入れてきたら思い出してやるよ」
そんな応酬を交わすなか、今来たばかりのウェッジが眉根を寄せて首を傾げた。
「一体、何をやっていたんだ?」
「ショットグラスチェス」
疑問に声を揃えて答えた。軽く説明すると、ウェッジは無言で額に手を当てた。どうせ馬鹿なことをとでも思っているのだろう。まったくもってその通りなので反論する気はなかった。
ショットグラスチェスとは、その名の通りショットグラスを駒の代わりにしてチェスを差すゲームのことだ。ルールはほぼ同じ。違うのは相手の取った駒の酒は飲まなければいけないこと。つまり相手の駒を取れば取るほど酒も飲むことになり、結果酔いの回った頭でチェスを指していく羽目になる。まさに馬鹿ここに極まれり、というようなゲームだ。流石にビッグスもこんなぶっとんだ遊びは思いつかない。馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ。
ちなみに駒の価値ごとに酒の価値も上げていくとなお良い。気分が上がるし、性格も出る。そしてビッグスは酒を欲張り、量より質を選んだルイスに惨敗したわけである。
こりゃ明日は二日酔い確定だわ、とうすらぼけた頭で思っていると、横からす、と影が伸びてきた。
影かと思ったのは黒いコートの腕だった。男の手がつい先程チェックメイトしてきた黒のキングを盤から持ち上げる。
「……これは、」
視界から消えたグラスを二拍遅れで追うと、空のグラスを持った相棒が目を見開いている姿が目に入った。そしてすぐにまなじりをきつく吊り上げた。
「お前、これは姐さんがキープしているとっておきのラム酒じゃないか」
「ぶっ!!」
ウェッジの言葉を聞くや否やルイスが酒を吹いた。間一髪ルイスが顔を背けたおかげで難は逃れたビッグスは、あーあー、と呟いて顔をしかめた。
「何してんだよ、もったいねぇ」
「そりゃこっちの台詞だバカ野郎!てっきりこの酒はお前のもんだと……!」
「んなこと一言も言ってねぇなぁ」
へっと鼻で笑い大仰に肩を竦めてみせれば、今度はルイスが机に突っ伏した。ざまぁない。
「くっそぉ……今日はやけに羽振りがいいと思ったらこういうことかよ……」
「ちなみにこれは、キープボトルの中でも姐さんが特に気に入っている品だ」
「あぁぁ余計なコト言うな!なおさら絶望的じゃねぇかっ!」
頭を抱えるルイスをよそに、ビッグスは黒のクイーンを手元に引き寄せる。軍内でもお嬢の顔が広くなったもんだ、と優越感のようなものを感じながら片頬を吊り上げた。何せルイスはビッグスたちとは部署も所属も違う。
「そういやお嬢はどうした?今日は女子会だーとか何とか言ってたよな?」
「ああ。ここに来る前に迎えに行った。今頃は夢の中だろう」
「だとよ、ルイス。良かったな」
「んなもん全然安心できねぇわアホ……」
「そうかぁ?お前見かけによらず心配性だよなぁ」
「お前が楽観的過ぎるんだ」
呆れの色が強い口調でウェッジにそう指摘され、ビッグスはやれやれと首を振って赤ワインをぐいとあおった。ワインが喉を通り、まろやかな渋みと芳醇な香りが味覚と嗅覚にしみ込んでいく。酔っていても良い酒だとわかる。こいつは上等だ。
ちなみにこのワインも、実はビッグスとウェッジの上司であるアラネアのものだったりする。彼女の階級は准将。このテーブルを囲んでいる男三人とはかなりの階級差があり、故にルイスは酒で真っ赤にした顔を器用に青くしているのだ。反応で言えば彼の方が正しい。
だからウェッジの言う通り自分が少々楽観的なのだろう。しかしウェッジとて、ルイスが想像しているような事態までは危惧していないはずだ。うちの上司は酒ひとつで首を飛ばしたりなどしない。物理的に身体が吹っ飛ぶことにはなるだろうが、まぁ適度に衝撃をいなせば骨は無事だ。
「すまない。何か拭く物を借りたいのだが」
ウェッジがトレーを片手に歩く店員に声を掛ける。日常茶飯事なのだろう。訳を説明するまでもなく彼女は二つ返事で了承し、ちょっと待ってて、と言ってから店の奥へと消えていった。すぐにモップを手に戻ってきて、手慣れた動作で床を拭いた。
礼を言うウェッジにいーえ、と切れ長の目を潜めて去っていく彼女の後ろ姿に、ウェッジはんん?と顔をしかめた。
おい、と未だ頭を抱えたまま絶望の淵にいるルイスに声を掛ける。
「あんな子、この店にいたか?」
「あ?……ああ、一か月くらい前に入った子だよ。シンディって言うんだ」
顔を上げ、美人だろ?とルイスは目尻をだらしなく下げて彼女を眺める。ビッグスはへぇ、と相槌を打ちながら、同じように目で追った。
帝国では珍しい黒髪だ。長い髪を緩く巻いて背中に流している姿は、シャツから覗く白い肌と相まって何とも色気が漂っている。背中から腰に掛けての曲線にはつい目がいってしまう。
なるほど確かに美人だ。ルイスのように彼女を見て鼻の下を伸ばしている客も多かった。
シンディとその周囲を眺めて納得しながら、だが、とビッグスはにやりと口端をつり上げる。
「お嬢の方がいい女だな。なぁウェッジ」
「違いない」
長年の相棒に話を振れば、同じような顔をして酒を傾けた。そんな二人を見て、ルイスはまたかよ、とでもいうように呆れた顔で椅子からずり落ちた。
「出たよアラネア教。お前らと女の話をしてもこうだからつまらん。確かにあの人はえらい美人だが」
「あ?お前は駄目だ。ギャンブル好きはお断りだ。却下だ却下」
「誰が狙ってるっつった!ちゃんと話聞けよ酔っ払い」
「酔っ払いはお前もだろうよ」
「そういう意味じゃねぇよバカ。ウェッジも何か言ってやれ」
「姐さんを望むならオレを通してからにしてもらう」
「お前もかよ!さてはさっきのラムで酔ったな?」
「こいつがあの程度で酔うかよ。素面だ」
「マジかよ、なおタチ悪ぃわ」
はぁぁ、と大きな溜め息を吐いてルイスは天井を仰いだ。その隙にウェッジは黒のルークを、ビッグスは白のルークを盤から取り、指でつまんだライムを含んでから一気にそれをあおった。酸味が流れてきたテキーラと混ざり合い、焼けつくような熱を伴って喉を通って胃に沈んでいく。
ラム酒やワインも美味かったが、やはりこういう酒の方が性に合っている。ビッグスは塩を舐め、ついでに言っとくが、とルイスを見据えて口を開いた。
「お嬢はな、オレらにとっちゃヒーローなんだよ。でもって大切な居場所だ。自分の居場所は守って当然だろ?」
「お前……仮にも皇帝に忠誠誓ってる軍人が、帝都の真っただ中で堂々と言うか?」
「馬鹿言え。軍には入ったが忠誠を誓った覚えはねぇよ」
頬杖をついて半ば諦めたように指摘してきたルイスに、ビッグスは即座に反論する。ここで不敬だとこちらの考えを改めさせようとしてこないのがルイスのいいところだ。だからビッグスたちのような、軍部にいると何かと肩身の狭い傭兵上がりでも気楽に付き合える。別段肩身が狭いと思ったことはないが。ちなみにルークのグラスはバレる前にウェッジのそばに置いた。
ルイスは帝国を、もしくは皇帝を信じて軍に入ったのかもしれないが、自分達はそうではない。アラネアが軍に入ったから。ただそれだけのことだ。自分達の忠誠心は常に一所にある。
「ヒーローねぇ。それこそ根っからの軍人のオレからすれば、いきなり軍に入ってきてうなぎ上りの出世は遂げるわ、化け物相手に槍一本で立ち向かうわ、軍用の飛空艇ぶんどって勝手に真っ赤に塗装しちまうわで、ヒーローっつうか魔王に見えるけどな」
「言い得て妙だな」
「否定はしない」
ルイスの率直かつあけすけな意見に二人してうんうんと頷く。自分の上司は手段を選ばないところがあるのはよく知っていた。
「まぁ魔王でもいいけどよ」
「いいのかよ」
「いいんだよ。要はそういう圧倒的な力があるってことだ。お前から見てもよ」
「まぁ、そうだが」
「でもってその力であの人は、オレらを正義の味方にしてくれることには変わりねぇんだ」
「正義の味方ぁ?」
オウム返しに繰り返した途端、ルイスが声を上げて笑い出した。よく響く野太い笑声は、しかしこの酒場ではそこら中で聞こえるものであり、誰もルイスに注目したりはしない。
「おまっ……どのツラさげて正義の味方だよ……!」
「おい、顔は自前だから仕方ねぇだろ。整形しろってか?」
あまりな物言いに、ビッグスは下唇を突き出してルイスを睨んだ。顔が胡散臭い自覚はあるが、他人に笑いものにされる筋合いはない。余談だがアラネア隊はもれなく全員見た目で言うなら山賊だとかゴロツキだとか思われる口だ。
そんな彼らの先頭に立つアラネアを想像すれば、確かに悪の親玉に見えなくもない。いや半分くらいはアラネア本人が原因だろう。戦闘装備を身に付けた彼女の迫力は完全にヒーローものの悪役だ。
「くく……まぁよ、お前らが准将のことをそれだけ慕ってるかってのはわかったよ。よぉーくわかった」
思考が横道に逸れはじめたとき、やっと笑いをおさめたルイスが顎ひげを撫でながらそう言った。彼にその台詞に、ビッグスは瞬時に機嫌を取り戻して自慢げな顔をした。
「羨ましいだろ?」
「へーへー、うちは宗教はお断りですよっと」
しかしルイスは手を振って適当に流されてしまった。わりと本気で言ったことなんだがなぁ、と内心で肩を竦めるが、ビッグスにしても予想の範疇であったため、特に不満に思うでもなく盤から酒をひとつ取った。が、寸でのところでウェッジに止められてしまった。
「飲み過ぎだ。明日に差し支える」
「大丈夫だよ。あと一杯くれぇ」
そう言って手を伸ばすが、酒を取り上げられる。おい、と文句を口にしつつウェッジを見れば、暖色の明かりの下で無表情かつ冷たい眼差しを浴びせられた。
「使い物にならなかった場合、姐さんの酒を無断で飲んだことを報告する」
「は!?やめろウェッジ!しかもお前なに勝手に飲んでんだよ!つぅかクイーンのワインがねぇ!!」
血相を変えたのはルイスだった。真っ赤な顔をして怒鳴り、ボードに乗っていたすべての酒を自分のところに引き寄せる。バレたことにビッグスは小さく舌打ちした。
「何だよ。お前がお嬢に怯えてたから飲んでやってたんじゃねぇか」
「嘘つけ!お前はこれでも食ってろ」
そう言って乱暴にテーブルに置かれたのは、半分以上はしぼってしなびているくし切りのライムと塩の皿だった。飯ですらねぇのかよと愚痴ると、敗者にはそれで充分だと切って捨てられた。
ビッグスは仕方なくライムを指でつまみ、先程と同じように黄緑色の果肉を加えて噛んだ。舌に熱くも冷たくもない果汁が染み込み、口をすぼめたくなるような酸味と苦みが広がった。そのままライムの汁に濡れた指で塩を舐める。わかってはいたが物足りない。寧ろ酒が恋しくなるばかりだ。
せめて締めの一杯くらい飲めないものかと酔いの回った頭を巡らせていると、にしても、とグラスを片手にルイスがおもむろに口を開いた。
「お前ら、年々女の基準が厳しくなってないか?会ったばっかの頃はそんなんじゃなかっただろ?」
ぬりぃなこれ、と空になったグラスを見て顔をしかめる。ルイスは丁度通りかかった店員を呼び止めて、氷とコップを頼んだ。ビッグスもついでに自分の酒を、と注文しようとして、しかしウェッジに却下されてしまった。
「あぁ?そうだったか?」
「少なくともシンディレベルの女を見たらもっといい反応が返ってきてたな」
「あー……?」
代わりに水を注文されてしまいふてていたビッグスは、ルイスの言葉に間の抜けた声を出した。
緩慢な動作でウェッジの方を向く。目を丸くして口を開けた、互いに見事な間抜けな面だった。
その面に似ても似つかない顔を思い浮かべて、ああ、と理解して、そしてほぼ同時に吹き出した。
「確かになぁ。そりゃそうだ。なんたってうちのお嬢が、どんどんいい女になっていくんだからなぁ。目が肥えるのも仕方ないってことだ」
なるほど。どうりで。驚きはなくただただ納得した。
けらけらと腹を抱えて笑いながら、なぁ、と相棒にも声を掛ける。
「違いない」
大笑いはしないが、僅かに笑みを乗せて酒を飲んでいる様子を見るに満更でもないようだ。
そりゃそうだ。そうに決まってる。でなけりゃ縁が腐って糸を引くまで繋がってない。ビッグスは背もたれに寄りかかって大笑いした。その声も周囲の喧騒と混ざり消えていく。笑っている自分も、呆気に取られているルイスも滑稽だった。
出会った当初からそうだった。一緒にいて飽きない、ではない。痛快なのだ。この上なく。
飛べる。どこまでも。錯覚ではなく実際に。壁にぶち当たっても飛び越えて、飛び越えきれなかったらぶち壊してでも先へ行く。
傭兵風情が?荒くれ者の集まりが?金のことしか考えない?そんな噂もただのそよ風だと笑い飛ばせ。
周りにどう思われようが何と言われようが関係ない。どうでもいい。閉じこもって耐える人生よりも、自分が信じたものを信じ続ける生き方のほうがずっといい。
威勢のいい小娘だと、面白がりながら馬鹿にしていた頃が懐かしい。今やその頃の自分を馬鹿な野郎だと指をさして笑う側だ。
意外にも青臭い彼女のその信条と性根が、本当に自分達を正義の味方へと変えていったのだ。
一度でもそれを味わってしまったら、もう知らなかった頃には戻れない。そんな劇薬であり、起爆剤のような存在なのだ。
それがいい女でないのなら何だという話だ。だったらビッグスは一生かかってもいい女とやらには出会えないのだろう。それでもいいとすら思う。
確かにこりゃ宗教に片足突っ込んでるな、と胸中で呟く。まるで自分のことのように自慢げに言い放ったビッグス達を呆然と見ていたルイスは、ふいにがくりと項垂れてテーブルに肘をつけた。
「前言撤回だ。やっぱわかんねぇ。お前らのことがさっぱりわかんねぇー!」
吐き捨てるように叫んだルイスに、ビッグスはにやりと不敵に笑った。
「お前もこっちにくればわかるよ、ルイス」
お嬢に落ちないヤツはいない。
それは賭けにもならない、絶対的な確信だった。


◆   ◆   ◆


「──おい、時間だ」
「……んあ?」
肩を揺すられ、ビッグスはやたら重い瞼を上げた。ついでに頭も重い。片手で額を押さえながら起き上がろうとして、ずきんと鈍い痛みに襲われた。うぇ、と思わず呻いてシーツに沈む。年季の入った簡易ベッドは、それだけで今にも壊れそうな音を立てた。
「いってぇー……」
「完全に二日酔いだな」
「あー……時間……?」
「見張りの交代だ。さっさと起きろ」
言い捨てるような声音に目を向ければウェッジが立っていた。目が動く範囲で周囲を確認する。
狭い部屋。鉄の天井。絶え間なく聞こえるエンジン音。ああ、と思い出す。飛空艇で帝国領を回っている最中だった。
「へいへい……いってて……」
今度こそ痛みを耐えて起き上がる。流石安酒だ。あとに響く。
しかしもう時間だ。軍にいた頃ならともかく、今のご時世でサボりを決めるわけにはいかない。
両手で顔を拭うようにさすっていると、手の甲に冷たい感触があった。顔を上げた先にあったペットボトルを見て、悪いな、と礼を言ってからそれを受け取り一気に飲んだ。脱水気味だった身体に冷水が沁みる。心持ち頭痛が少し和らいだ気がした。
半分ほど飲み干して、ビッグスはふらふらと洗面所に向かう。薄く曇った鏡に映った自分の顔を見て、思わず苦笑いする。顔が気味悪いくらいに土気色だ。ウェッジは何も言ってこなかったが、相当酒臭いのだろう。
「こりゃあとでお嬢に文句言われんだろなぁ……」
あーぁと溜め息をついてばしゃばしゃと顔を洗う。ぶら下がっていたタオルを取って顔を拭い、もう一度鏡を見る。ひげはまだ剃らなくて大丈夫だろう。
日々の大半が夜ばかりになってから、あんなに飲んだのは久しぶりだった。だからあんな夢を見たのだろう。いや、もしかしたらそれこそ久しぶりに帝都に帰ったからかもしれない。
闇に覆われかけていながら、まだ帝国が曲がりなりにも国として機能していた頃の記憶。自分と同じギャンブル好きのバカと、馬鹿なゲームで騒いでいた、あの頃の。
結局あいつは、最後まで王にチップを賭けていた。
「……何がチップはもう返せねぇだよ。かえってこなかったら、賭けの意味がねぇじゃねぇか」
おかげでこっちは大損だ。代わりに返してもらう相手もいない。
鏡の向こうにいる相手をじっと睨みつけて、ふいに顔をタオルでもう一度がしがしと乱暴に拭った。

「姐さんは、大丈夫だろうか」
いつもの白いコートを羽織ったところで、ウェッジがぽつりと呟いた。それを聞いて、ビッグスは巡ってきた帝国の状況を思い出し、目を伏せた。わかってはいたが酷い有様だった。目の当たりにした瞬間、誰もが何も言えずに立ち尽くしたほどだ。おかげで飛空艇内の空気が重いことこの上ない。
ボタンを留めながら、鈍痛がじくじくと苛む頭を傾げてさぁな、と返す。
「少なくとも鬱憤は晴れただろうよ。しこたま飲んで、オレから金を巻き上げたしな。おかげでオケラだ」
「姐さんはここぞという時の強さが尋常ではないからな」
「はっ、違いねぇ。ま、だからんな心配することはないと思うぜ?」
「……そうだな」
無表情にほっと安堵を宿してウェッジを見て、ビッグスは頬を緩めながら黒い帽子ごとその頭を撫でくり回した。が、すぐに無言で払われた。
「まだ酔っているのか?」
「酔ってねぇよ。いつになっても弟分はかわいいもんだ」
「酔っているな」
「酔ってねぇってのに」
相棒は耳を貸さず、ただ呆れたように溜め息を吐いた。
「お前も、気は晴れたか?」
大欠伸をしながら使い古した帽子を被っている時に、ふいにそう言われた。
ビッグスは目をしばたかせ、大口を開けたままウェッジを見た。
魔導エンジンの駆動音をすり抜けて、外から何かの鳴き声が細く聞こえる。野獣か、シガイか、シガイにとり憑かれた野獣か。アラームや無線が鳴らないのなら危険ではないのだろう。
うんざりするほどに聞き慣れたそれが遠のいたころ、ビッグスはふ、と肩の力を抜いて微苦笑した。
「何だ、バレてたのかよ。人がわりぃな」
「姐さんも気付いていただろうな。だからあんな無茶な飲み方をさせたんだろう」
腕を組み、ウェッジはほんの微かに口の端を上げる。ビッグスは溜め息をつき、大仰に首を振った。
「あーあ、これだから腐れ縁はやだねぇ。何でもかんでもバレやがる」
「同感だ」
「いやお前もだからな?」
思いっきりしかめ面をして指をさせば、お互い様だと首を振られた。確かにその通りだ。
くくく、と喉を鳴らして、帽子を目深に被る。
「まぁ、お嬢やお前のお節介のおかげで少しは晴れたな。まだ足りねぇが」
「昨日の今日で酒は飲むなよ」
「わかってるって。だからよ、ウェッジ」
扉の前まで歩いていたビッグスは振り向いて、軽く帽子を上げる。
「あっちに戻ってから、憂さ晴らしに付き合えや」
二日酔い真っただ中のひどい顔には、何かを企む笑みが浮かんでいた。


◆   ◆   ◆


「と、いうわけで。どうすか、旦那」
「……何がというわけで、なんだ?」
からりと愛想のいい笑顔を振りまいて言うと、目の前の青年は困惑したように色つき眼鏡をかけ直した。
話を振っておきながらまぁそらそうだわな、とビッグスは己のいい加減振りを自覚しながら内心で同意する。うちの上司もしばしば主語も理由もすっ飛ばして指示を出すことがあるが、長い付き合いとはいえよく理解できているものだ。何故通じるのかなど、他ならぬ自分が聞きたい。
今、自分達がいるのは目の前の青年、ノクティス王子の側付きであるイグニスの住居だった。
大きさの違う直方体を重ね合わせたような、艶のある黒いテーブル。それを挟むようにして自分達が座る黒地のソファ。よく見かけるタイプの棚と、壁に張り付いたクローゼット。大人数に対応したテーブルと椅子。やたらと調味料やら調理器具やらが揃っているキッチン。
必要最低限のものしか置かれていない、しかしそこかしこに趣味やこだわりが感じられる部屋だ。ちなみにここで振舞われる飯は下手な店よりも断然美味い。
「すまないな。ベッドを借りてしまって」
そうこうしているうちにウェッジが扉の向こうからひょっこりと出てきた。その奥は寝室で、今現在我らが上司がぐっすりと眠っている。
目覚めたとき、狼狽えまくる姿が容易に想像できて忍び笑いを噛み殺す。その瞬間に立ち会えないのが実に惜しい。
「いや、それはかまわないんだが。珍しいな、アラネアがあそこまで酔うのは」
「いやぁ、ちょっと酒で遊んでたら思った以上に呑んじまったみたいで。ショットグラスチェスって知ってますか?」
「あぁ……そういえばグラディオが持っていたな、確か」
「あー、確かにあの人はそういう遊びを色々知ってそうだ。そのうえあの図体、酒も強いんじゃないすか?」
「強いな。だが、そうか。それで酔い潰れたのか」
言って、見えていない目で寝室を見やる。ウェッジ以上に無表情が常の若者だが、これはおそらく心配しているのだろう。
ビッグスは満足げに、先ほどの賭けで手に入れたラム酒をちびりと飲んだ。度数の高い酒特有のツンとしたアルコール臭と薫り高いラムの匂いが鼻腔を通り抜け、舌に深い風味を残していく。流石はお嬢が釣れる酒だ、とビッグスは機嫌よく喉を鳴らした。
「話は逸れたが、さっきの話はどういう意味だ?」
ウェッジが自分の隣に座ったのを見計らって、向かいの青年が長い足を組んで再度問いかけてきた。訝しげにこちらを見てくる相棒をよそに、ビッグスはグラスを口につけたままにやりと片頬を上げた。
今日はツキが回ってきているようだ。なかなかどうしてよく釣れる。
もう一口飲み、まだ琥珀色の液体が残るそれをテーブルに置いた。
「そうすね。すいません、いきなりすぎました。んじゃもしよければなんですが、オレらの昔話にちょいと付き合ってください」
「貴方がたの?」
「そうです。オレとウェッジと、それからお嬢の」
「…………」
──バレたら姐さんにこっぴどく叱られるぞ。
無言で凝視してきたウェッジがそう思っていることさえ、ビッグスは無性におかしかった。


「──とまぁ、お陰様で女を見る目を養いすぎてしがない独り身なんですが、なんと男を見る目も養われたんですよこれが!まぁこれもほぼほぼお嬢のせいですが」
相変わらずよく喋る。ウェッジはげんなりとしながら、べらべらとひたすら話続けるビッグスの昔話を横で聞いていた。元の性格が口から生まれたようなヤツだが、酒が入ると更に饒舌になる。ちょうど今のように、そこそこ酒が入って酔いが回っているときが最高潮だ。相槌を打つ隙すらない。
ビッグスがかれこれ一時間ほどこの調子で語っているのは、自分達の、というよりも主に自分達が慕うアラネアに関してのことだ。傭兵時代はこんなことをしていた、軍に入ってからはこんな感じだった、帝国領のどこそこでこんなことがあった等々、イグニスも心なし興味深そうにその話を聞いている。流石にないことを盛って話してはいないが、逆に全てあったことだからこそ穴に入りたいと思う出来事もある。
「何故かっつーとですね、ほら、お嬢は美人でしょう?だから男が寄ってくること寄ってくること。まさに花に寄る虫の如しってな具合で……」
(姐さんに知れたときが怖いな……)
今ビッグスの口を封じれば済む話だが、生憎と腐れ縁ゆえにそんなことは不可能だとウェッジは身に染みて知っていた。憂さ晴らしに付き合え、という言葉に了承した手前もある。
これが言葉通りの意味であったなら何が何でも止めたが、ビッグスはただ焼かれた世話を返したいだけだ。そして焼こうとしている世話は、ウェッジの心配事の解消にも繋がっている。
故に懸念すべき問題は、この話がいつ熟睡中の上司に知られることになるのか、だ。こちらの被害を最小限に留められるよう、この青年にも口止め及び協力を仰ぐ必要がありそうだ。あの性悪なカリゴを出し抜いたのだ。そのくらい容易いだろう。
胸中でそう算段を立てつつ、皿に置かれたチーズとハムの盛り合わせをつまむ。あり合わせですまないが、と言っていたが、これがまた美味い。料理の腕もだが、目利きも相当なのだろう。
手土産のラム酒の銘柄を告げたときも、イグニスはすぐにその価値に気付いた。菓子作りに最適の酒なのだと、初めて聞くような少し弾んだ声音で礼を言われ、なるほど姐さんはイグニスからその豆知識を聞いたのかと納得したものだ。
そしてその姿を見た後で何故堂々と飲めるのかと、手土産と言った口でラム酒を飲んでいた相棒から酒を取り上げたのも一時間ほど前だった。
「いやね、お嬢は本当美人だし気は配れるしいい女なんすよ。男前すぎてそんじょこらの野郎どころかシガイすら敵じゃなくなってきてますけど。今んとこ不死将軍くらいじゃないすかね。お嬢とタイマン張れんのは」
「そうだな」
「あ、やっぱ旦那もそう思います?オレらの自慢の上司です」
イグニスの短い肯定に、ビッグスはにやけた面を更に緩めて調子よく言った。ウェッジも内心でその通りだと心から賛同する。
しかし、ビッグスはすぐに嬉しそうな表情から一転してため息をついた。
「ただですね、そうそう完璧な人間はいないってもんで。お嬢、色恋沙汰に関しては少々難ありというか、何というか。要はお嬢が選んだ相手が尽く目が節穴なヤツばっかっていうだけなんすけどね。ほら、お嬢って意外と押しに弱いところありますし」
言いながらチーズを指先でつまみ、口に放り込んでからビッグスは大袈裟に肩を竦めた。ふと、ウェッジは水を飲みながらイグニスを見つめた。イグニスの気配が変わった気がしたのだ。
「お嬢のことを見た目だけで判断して、やっぱ合わなかっただの思ってたのと違っただの好き勝手言う馬鹿野郎の多いこと多いこと……そりゃえらい美人すけどねぇ」
整った顔立ちをしている青年は、組んだ足の上に両手を組んだまま微動だにしない。何かを考えているようにも見え、ただ淡々と話を聞いているようにも見える。つまり何を思っているのかウェッジにはさっぱりということだ。
人のことを言えた義理ではないが、本当に表情が変わらない。顔色で感情が読めない相手は目をよく見ればいいと教えられたことはあるが、基本的に彼は火傷を負ったその双眸を常時閉じているのだ。ビッグスやアラネアのようにその手のことに長けているわけでも、王子一行のようにイグニスと付き合いが長いわけでもないウェッジにはお手上げだった。
よく姐さんはわかるものだ、と感心と尊敬の入り混じった思いを抱き、再び右から左へと流していた一方的な会話を耳に入れる。酒の入ったビッグスにつき合わされるうちに、自然と身についた術だ。
「ま、そういうヤツらを選んじまうもんだから、そっちの目も肥えたというか。肝心の本人が注意しても暖簾に腕押しなんで、正直役には立ってませんがね。なのに別れたら慰めるのはこっちですから嫌になっちまいますよ。なぁ?」
「ああ」
ようやく許された相槌に、ウェッジは短く答えて頷いた。弁明しておくが決して慰めるのが嫌なわけではない。それだけアラネアの懐深くに自分達がいる証明でもあり、ついでにいえば今更だ。
ただ、自分の価値を正しく鑑みるべきだと思うのだ。自己評価が低いわけではない。だが足りない。自分やビッグスの評価に比べれば。
姐さんは、お前たち程度が望めるような存在ではない。そう、寄ってくる男を見るたびに思っていた。実際に口にしたこともある。
「……貴方たちは、どうなんだ?」
「え?オレとウェッジっすか?」
唐突なイグニスの一言に、ウェッジはまばたきを忘れた。軽く顔を伏せているイグニスの突拍子もない一言に、ビッグスも細い目を丸くする。
「話を聞いている限り、相当長いことアラネアと共に過ごしていたんだろう。実際に見ていても、貴方がたは信頼し合っているのがよくわかる。だから、……すまない、余計な詮索だった」
俯いたまま眼鏡をかけ直す青年に、思わずといったようにビッグスがこちらを見た。ウェッジもつられて顔を見合わせる。
直後、ほぼ同時に男二人は吹き出した。
「あっはっは!メガネの旦那、んな冗談も言える人だったんすね!」
こりゃ驚いた、とビッグスは腹を抱えて大笑いする。ウェッジも口元を手の甲で抑えて肩を震わせる。
イグニスを見れば、目を潜めて首を傾げていた。困惑しているとウェッジでさえわかった。その姿が余計に笑いを誘い、耐え切れずくく、と喉が鳴った。
どうやら、思わぬ形で尻尾を掴めたようだ。
「冗談を言ったつもりはなかったんだが……」
「ぶ、くくっ……!いやすいません、あんまりにも予想外だったもんで……いや、予想通りっちゃあ予想通りなんすけどね……」
ひとしきり笑って、ビッグスはソファに寄りかかったはー、と息を吐いた。それからぐっと身体を前に戻し、両肘を足に乗せた。まだ笑い足りないのか、くつくつと忍び笑いが漏れていた。
「今言ったでしょう。目が肥えちまったって。そういうことですよ」
「……それは」
「ああいや、別に諦めたとかじゃないすよ。寧ろもらえと言われても心からご遠慮します。あ、これお嬢には内緒にしてくださいね。マジでぶっ飛ばされるんで」
ビッグスの頬に躊躇いのない右ストレートが綺麗に入る様が瞬時に思い浮かんだ。確かにぶっ飛ばれされるな、と口の中だけで呟く。こっちだって願い下げだ、とよく通る声が寝室から聞こえてきそうだった。
「オレらはまぁ、今の状態が一番性に合ってんですよ。あんたがたみたいな、同じ釜の飯を食った仲間ってやつがね」
未だ納得のいかない表情をしていたイグニスに、ビッグスはそう付け加えた。
その通りだ。ウェッジは大きく頷く。
妥協して落ち着いたのではない。突き詰めた結果がこれだった。まるでぴたりと枠にはまり込んだように、決められた枠になど当てはまらない関係こそが。
自分もビッグスも、そしてアラネアもそれをわかっている。一体どんな関係なんだ?と他人に問われたら、皆バカのひとつ覚えのように言うことは一つしかないのだから。
強いて言うなら『腐れ縁』。さらに言うなら『アラネア隊』だ、と。
示し合わせたわけでもなく誇らしげに、口も顔も揃えて断言するのだ。
わかるでしょう、とビッグスはイグニスを見た。彼は一度、息を詰めるように間を置いて、そうだな、と吐息のような声をもらした。
ふと、ついぞ四人が揃っているところは見れなかったな、とウェッジの胸中にそんな思いがよぎる。別段そのことを気にしていたわけでなかった。けれど今そんなことを思って、惜しむ思いがふつりと湧いた。
(いつか、見れるのだろうか)
誰一人として欠けていない、王と彼らに付き従う三人の姿を。
叶うことなら見てみたい。きっとしっくりくるはずだ。自分たちがそうであるように。
「と、いうわけで、どうすか?メガネの旦那」
と、ここでようやく本題に入ったようだ。ビッグスがへらりと笑う。ウェッジも微かに口の端を上げながらイグニスを見た。
「お嬢、今ならあんた限定で絶賛売り出し中ですぜ」
両手を軽く広げ、さぁどうだと言わんばかりに言葉を待つ。奇妙な沈黙が下りた。
「……そうか」
待つこと数秒、眼鏡を掛け直す青年の白い瞳がきらりと光るのを、ウェッジたちは見逃さなかった。



あとがき
以前ツイッターで上げていたSSをさらに膨らませてみました。ビッグスとウェッジはどんな風にアラネアのことを慕っているのかなと考えだしたら止まらなくなって結果的に文字数がわかめ並みに十倍くらい増えました。王子一行もアラネア隊もただひたすらにその人のことを心から大好きで尊敬し認めているところがあるなと思います。相手自慢が自分自慢。王子一行もアラネア隊すっき…。
前半に13章グラディオラスルートで聞いたラジオの人が出てます。ビッグスとあのラジオの人は、こんな風に賭け事&酒飲み友達だったんじゃないかなぁと勝手に見た目と性格と名前をねつ造しました。エピソードアラネアで出てきてほしいです。でも出てきたらしんどさに転がりそうな気がしてならない。
本人でも第三者でも周りが外堀を埋めていこうとするのが好きです。埋めてく側も埋められていく側もかわいい。



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