口は災いのもと

[オリキャラ]
メアリー:金髪ポニーテール。ざ・白人。うわさ好き。
アンナ:黒髪ポニーテール。日に焼けている。さっぱりしてる。ツッコミ。
レイラ:黒のセミロング。アジア系の顔。落ち着いた上品な口調。宥め役。
主人公:青髪ショート。記憶喪失のためどこかぼんやり気味。静か。




日々の生活が戦いに明け暮れていても、女性が集まってする話題なんて一般人とほとんど変わらない。
そう、自分か他人の恋愛事情。いわゆる恋バナだ。

今日、最初に話題を口にしたのは、私の隣に座っている子だった。
「ねね、モニカさんとダスティンさんってさ、やっぱ付き合ってたりするのかな?」
好奇心に目を輝かせて少し身を乗り出すメアリーに、彼女の向かいにいるアンナが怪訝そうに首を傾げた。お互いに向き合って座っているから、金と黒の色違いのポニーテールが何だか対照的だ。
「えー、違うんじゃない?」
「だって二人でいること多いじゃん!さっきも二人で話してたし!」
「それは私も見たけど、前からそうよ、あの人達は」
二人の会話を聞いていた斜め向かいの子が苦笑い気味にメアリーを宥める。落ち着いた声音の、真っ直ぐな黒髪を肩まで伸ばしている彼女はレイラ。
メアリーは元帝国軍人、アンナはハンター、レイラは王都警備隊、そして私は王の剣。
所属も国籍も違うのに、何だかんだがあって私たち四人はいつの間にか友達になっていた。
レスタルムの一角。以前あったレストランをそのまま活用した、ハンターや王の剣のための大食堂。ずらりと並んだ長机の一つで、私たちは所謂恋バナを話のタネにしていた。今日の最初の話題は、王都警備隊でありコル将軍の部下である、モニカさんとダスティンさんの二人らしい。
「ねぇねぇ、あんたはどう思う?」
「え?うーん……」
話を振られて、三人の会話を聞きながら黙々と食べていた食事の手を止める。モニカさんの手料理は今日も美味しい。ルシス風に少しアレンジされていると言っていた料理は、いつだって一時の幸せを与えてくれる。ああいや、じゃなくて。今は近くにいないから(いたら大変だ)、私はモニカさんとダスティンさんの二人を頭の中で思い浮かべる。二人が恋人。二人が付き合っている。
「ううん……なんとも……あんまりそういう雰囲気は感じないけど」
「だよねぇ」
「違う!聞きたいのはそういうことじゃないの!」
「そう言われても……」
理不尽だ。長い金髪をまさしく馬の尻尾のようにぶんぶんと振って不満をあらわにする彼女に、何と答えていいのかわからない。いや、何て答えたら正解なのかはわかるけど。
「とりあえずシチューがこぼれそうだから長机叩くのはやめてほしい」
「それはごめんだけど!私は恋バナがしたいのぉぉぉ!」
「だからって何でもかんでも邪推したらダメでしょ」
「そうそう。しばらくモニカさんの料理、食べられなくなるわよ」
「うっ、それはイヤ……」
それは死活問題だ。メアリーもそう思ったらしく、向かいに座る二人に口々に窘められて身を縮めた。私たちは止めていた手をまた動かす。
「まぁ、確かに気にはなるわよね。前からよくバディを組んで仕事してたし。気になって噂してる人はけっこういるわよ」
「でしょでしょ!さっすがレイラぁ〜よくわかってる!」
レイラの一言で途端に息を吹き返したメアリーを見て、アンナが細い眉をしかめてちょっと、とスプーンを掲げる。
「折角静かになったのに」
「いいじゃないのよー!任務中にこんな話したらみんな鬼みたいに怒ってくるし」
「当り前じゃないの」
アンナの相槌に私も同意する。シガイを前に雑談なんてしてたら、冗談でもなんでもなく本気で命取りだ。一応、記憶を失っていても戦場で命を失う覚悟は根付いているようだけど、流石にそんなことが原因で死にたくない。
「ほらぁ。ならこういう時に話すしかないじゃん。こんな戦いに明け暮れた日々には、甘酸っぱくときめく癒しは必要なの!」
「だったらあんたの恋バナでも持ってきなさいっての」
「ならアンナんとこのハンター紹介しなさいよ。私みたいなニフル人でも仲良くしてくれるハイスペックなイケメン」
そうメアリーは愚痴混じりのふざけ混じりに言う。私たち三人は苦笑するしかない。
私たち王の剣もだけど、それ以上にニフルハイム人に対する周囲の当たりは強い。王都を陥落されて、レスタルムも属国にされてしまったルシス人には特に。中には子供に石を投げられた人もいる。
きっとメアリーも、これまでそういう苦労を沢山してきたのだろう。それでも彼女は出会ったときから、今みたいに明るかった。
「そんな人いたらあたしがとっくに捕まえてるわよ。この子みたいに」
アンナの指し示すスプーンの先にいるのは、涼しい顔でシチューを食べているレイラだ。視線に気付くと、彼女はにっこりと綺麗な微笑みを返してきた。
「くっ、余裕な笑顔が眩しい……これが勝者の笑みか……」
「勝者って……」
「勝手にあたしらも負け組認定すんじゃないわよ」
思わずアンナと一緒に半眼になる。でも、確かにこうして皆とおしゃべりをするのは楽しい。そういう意味では、メアリーの言うことももっともだ。
「あの二人もそうだけど、私はコル将軍の方が最近気になっているわね」
レイラもそう思っているからなのか、今度は彼女から別の話題が出てきた。メアリーがすかさず何それ、と食いついてくる。アンナも意外そうに目を丸めてレイラに注目した。
「ほら、簡易シャワーのあるテントの横で、古着屋をやってる子がいるじゃない」
「ああ、イリスね。あの可愛い子」
呟いて、アンナは広場がある方角を見る。今は夜だからもう帰っているだろう(寧ろ帰ってなかったら心配だ)、色んな衣服やアクセサリーが並んだバザーのような店の前に立つ、小さな少女の姿を思い浮かべる。いつも明るい笑顔で分け隔てなく接してくれて、度々服をぼろぼろにして帰ってくる私たちはとてもお世話になっている。
モニカさんの料理同様、イリスちゃんの元気な笑顔は明日も頑張ろうって思わせてくれる力がある。可愛い上にとてもいい子だ。
「将来とんでもない美人になりそうよねぇ。てか、ルシス人って真っ黒な髪が多くない?あなたたち二人もそうだし」
少し羨ましそうに二人を見つめるメアリーに、アンナがそうね、と相槌を打つ。
「逆にあんたみたいな色素の薄い人は少ないけどね」
「だから髪を染める人も多かったのよ。真っ黒だと暗く見えるからって」
「え、ウソ?!もったいなぁ。髪が傷んじゃうじゃないの」
「それでも一回は憧れるのものなのよ。あたしも一時期染めてたなぁ」
「へぇ……アンナは何色に染めてたの?」
「ん、あんたの髪と正反対の色」
自分と正反対の色と聞き、悪戯っぽく唇を吊り上げるアンナの黒いポニーテールを赤く染めてみる。真っ赤ではくて、ちょっとくすんだ色だろうか。
今の方が見慣れているからしっくりくるが、その色も似合っていたんだろうなと思う。それを伝えれば、アンナはよく日に焼けた頬を少し赤くしてでしょ?笑った。茶々を入れてきたメアリーを小突く姿に、私もちょっと笑う。
「ねぇねぇ、それよりイリスちゃんの話!イリスちゃんが何なの?もしかしてコル将軍と!?」
「そうだったら面白そうよねって話」
小首を傾げてにっこりと微笑むレイラに、身を乗り出して迫っていたメアリーががくりと頭を落とした。
「なぁんだ……それってただのレイラの妄想じゃない」
「そう?だって、コル将軍とイリス様のお父様は旧知の仲なのよ?それこそイリス様が小さな頃から、けっこう交流があったそうだし」
「私はレイラのその情報網の広さが気になるんだけど……」
引き気味に言うと、何を考えているのかよくわからない笑顔を向けられてしまった。ちょっと怖い。
王都警備隊の彼女は、戦うよりも現場の指揮を任されることの方が多い。きっと私以上にたくさんの人達と交流があるのだろう。
「まぁでも、そう言われると気になってくるわね。あの二人、何だかんだよく話し込んでるし……年頃の娘とそのお父さんみたいで、つい微笑ましく眺めてはいたけど」
「そうね、わりとそういう印象を抱いてる人は多いわよ」
「え、あの?めちゃくちゃこっわい不死将軍が?微笑ましく?」
「ちょっと顔。それに言い方」
訳が分からない、といった様子でメアリーが眉間にしわを寄せて微妙な顔をする。まぁ、わからなくもない。窘めるような指摘をしたアンナだって苦笑いだ。
何と言ったってあの不死将軍だ。凶暴で凶悪なベヒーモスを一人で切り伏せてしまうような人だ。微笑ましい、という単語は、確かにあまり連想できない。これもイリスちゃんの力だろうか。
私たちに周囲にいた人たちが、ぞろぞろとまとまって外へ出て行く。入れ替わりに同じくらいの人数が食堂内に入ってきた。私はスマホを取り出し、ロック画面で時計を見る。そろそろ席を空けないといけない時間だ。
空になったお互いの食器を重ねながら、それでもまだ話し足りなくて会話を続けた。
「意外だわ〜。私にしてみればアラネア准将の方がまだあり得そうって思ってたのに」
メアリーの一言に、私はつい、備え付けの台拭きでテーブルを拭いていた手を止めた。
「その二人もくっついたら面白そうよね」
「あんたはどっち応援してんのよ。気持ちはわかるけど。ねぇ?」
「いや、アラネアさんは──」
あ、しまった。慌てて滑った口を噤むが、もう遅い。
錆びた機械のような動作でゆっくりと顔を上げる。獲物を捕らえるような視線が三つ、一気に私に降り注いでいた。
「え、なに、あんた何か知ってるの?」
「え、あ、いや、えっと……」
誤魔化せばよかったのに、私はアンナの問いかけにバカ正直に言葉を詰まらせる。本当に馬鹿だ。レイラの無言の視線が超怖い。
シガイと対峙したときと同じような背筋の寒さと冷や汗が流れる。蛇に睨まれたカエルの如く硬直していた私は、ふいに片腕を掴まれて思い切り肩を跳ねさせた。
ぎこちなく首を巡らせれば、メアリーの満面の笑み。
「その話、私の部屋でじ〜っくり聞かせてちょうだい?」
腕を引き抜こうとするが、どこにそんな力がと思うくらいがっちりと押さえられていた。流石元軍人。拘束の仕方をばっちり心得ていらっしゃる。どうしよう逃げられない。
「いや、あの、ほんと、ただの勘というか、レイラみたいな憶測に近いというか……」
「あら、確かに私のも憶測だけど、勘ぐってしまうのはそう思わせるきっかけがあったからよ。あなたはアラネアさんとその誰かを見かけたとき、何かを感じてそう思ったのでしょう?それが何だったのか、とても興味があるわ」
「ほーら、諦めなって。こうなったらメアリーもレイラもテコでも動かないんだから」
「アンナだってそうじゃないのよー。目がハンターのそれだし」
苦し紛れに言い訳をするが、三人とも聞く耳持たずだ。見事に連携してさっさと私を連行する。
「メアリー、アンナ、レイラ、私まだ死にたくないんだけど……」
「だいじょーぶだいじょーぶ。私たち四人の秘密にしとくから」
「そうそう、今は戦力が必要なんだから。例え噂が出回ったとしても、せいぜい半殺し程度におさめてくれるわよ」
「全然大丈夫じゃないぃぃ……!」
「コラ、レイラは無駄に不安煽らない!この子瞬間移動使えるんだから。あんまり追い詰めると逃げ出すわよ」
「ぇ待ってそっち?」
ツッコミつつもそうかその手があったかと実行しようとした。けれど、その瞬間メアリーとは反対側の腕までもレイラに拘束された。み、身動きが取れない。
食堂を出ると、何故か捕獲されている私に不思議そうな視線を送る人たちがいたが、私以外の三人の楽しそうな雰囲気にただのふざけ合いだと判断したのかただ微笑ましそうな顔をされた。違います誰か助けて。宿への道が処刑場へのそれに見えてきた。
「おや、あんたどうしたの?」
それでも状況を打破しようと必死に頭を巡らせていると、少し低めの艶のある声が聞こえてきた。
反射的に顔を向ける。助かった、と思ったからじゃない。
何でこんなタイミングで。あぁ今日は運が悪い。
「あっ、アラネア准将!」
「元よ元。メアリーも元気にやってるようね」
言いながら、アラネアさんは人工的なライトに照らされた銀の髪をさらりと揺らして微笑む。そんな何気ない仕草が色っぽい。
この人もメアリーと同じく元帝国軍人だ。けれど、アラネアさんはルシスでも人気な、多分帝国人で数少ない人だ。
少なくとも私が初めてアラネアさんと出会ったときには、既に一定数の人望を獲得しているようだった。私たち戦士が立ち入り禁止区域になっている一般市民の避難区域に、平然と出入りできているのはそういうことなんだと思う。
コル将軍のように、この人がいれば安心だと思わせてくれる何かを、そして掛け値のない誰もが感じるのだろう。
かくいう私たちもその中の一人ではあるのだけど、正直今は切実に会いたくなかった。
「で、あんたは何かやらかしたの?」
「えっと……」
やらかしたといえばやらかしました。
無意識に身体に力がこもる。それに応じて同じくらいの力で押さえられる。
逃げたい。とても逃げたい。しかし逃げられない。助けもない。
「ふっふっふ……准将、聞きましたよ〜」
何と答えたらいいのか、考えているうちに、横のメアリーが含み笑いをしながらアラネアさんに話しかけてしまった。怪訝そうに眉をひそめるアラネアさんに、冷や汗がどっと吹き出す。
「メアリー、だから私の勝手な妄想で……!」
「だったら直接聞いた方が手っ取り早いじゃないの。で、どうなんですか!」
「どうって、何が?」
「メア──」
「准将に恋人ができたって話ですよ!」
「はぁ?」
終わった。あからさまに何言ってんだこいつみたいな顔をされ、私はがっくりと頭を垂れた。四人だけの秘密だって言ったのはどこの誰だ。
メアリーの発言に一緒に聞く気満々だったはずのアンナとレイラでさえ、同情の視線を私に送ってきた。
「ついさっきこの子がそう言ってたんで、今から詳しく聞こうと思ってたとこなんです」
言ってない。全然言ってない。メアリーの手によって刻々と死の宣告のカウントがゼロに迫ってくる。
「へぇ……で、あたしが誰と付き合ってるって?」
「うっ……」
蛇どころじゃない。カイザーベヒーモスに睨み付けられているかのような気迫が肌を叩く。これはシガイでも裸足で逃げ出しそうだ。元から裸足だけど。
蒸し暑いレスタルムにいるはずなのに寒気が止まらない。でも、適当に誤魔化しても意味がないと、自分の射抜く目がそう物語っている。
あ、とかう、とか、言葉にもならない声をこぼしてから、私はとうとう観念して白状することにした。メアリーは今度絶対にモルボル討伐に連行しよう。
「その、アラネアさんと、イグニスです……」
「メガネ君?」
一転して、アラネアさんはきょとんとした表情で傾げた。私たちもその呼び名に目をしばたかせる。
メガネ君。確かに眼鏡をかけているけれど、よりによってあの人のことをメガネ君。
「アラネア准将相っ変わらずネーミングセンス安直……」
「うっさい。ってかもう軍人じゃないっつってんでしょうが」
「いったぁ!」
メアリーの額にでこぴんが飛んだ。痛かったのだろう。彼女は悲鳴を上げて私の肩に額を埋めてきた。自業自得。
「イグニス……もしかして、あのノクティス王子の側近の方?」
気を取り直したらしいレイラが、思い出すようにそう呟いた。半信半疑で問い掛けてくる眼差しに、私は何もかもを諦めた状態のままそう、と肯定する。もうなるようになれだ。
「お二人が一緒に行動しているのを、度々見かけていたので。イグニスが持ってくる食材や料理は、その前後にビッグスさんやウェッジさんのところに行くと同じものがあるし、よくお会いしているのかなと」
ビッグスさんとウェッジさんというのは、アラネアさんが傭兵時代の頃から一緒にいる人達だ。アラネアさんは色んなところを巡っているけれど、二人は元ニフル軍を率いてレスタルムから離れたメルダシオ協会本部を拠点として、防衛の最前線を担ってくれている。ちなみに三人とも、口を揃えて自分達のことを腐れ縁だと言っていた。
もちろんアラネアさんが他の王子の側近の人達と二人でいることも見かけたことがあるにはあるが、イグニスといるときの方が圧倒的に多い。
それに、もうひとつ。
「それでつい目で追っていたら、何と言うか……距離が近いなと思いまして。だからそうなのかな、と」
どちらかと言えばこっちの方がそう思ったきっかけだ。緊迫した面持ちで何かを話し合っている時もあるけど、大体は穏やかだったり、楽しそうだったりと、つまりはいい雰囲気だったのだ。
恐る恐るアラネアさんの顔を見ると、猫のような目をぱちぱちと瞬いていた。その様子を息を呑んで見守って、次いで浮かべた表情は困ったような苦笑い。
「あんたのスニークスキルは大したものだけど、メガネ君はそんなんじゃないよ」
軽く首を振って肩を竦めるアラネアさんに、復活したメアリーがつまらなそうな顔をして唇を尖らせる。
「えー、本当ですかぁ?」
「嘘つく必要がどこにある?」
そうきっぱりと言い切った言葉に、嘘はないように感じた。私たちは拍子抜けする。メアリーなんてあけすけになぁんだ、と肩を落とす始末だ。正直が過ぎる。
でも私も何となく腑に落ちない。何かが引っかかって、ついアラネアさんをじっと見つめる。
しかし探る間もなく視線に気付かれて、凄みのある笑みを向けられてしまった。
「だっ!!」
ヤバイと思ったときには額に激痛が走っていた。なるほどこれは痛い。余波を受けまいとしてか、やっと拘束が解けた両手で額を押さえる。
「あんたは見かけたんなら声掛ける!自分が覗き見されてたら気分悪いでしょ?」
鈍い痛みが響く頭に、そんな声が聞こえてきた。反論の余地もない。ごもっともです、と呟いてから、真っ暗な空を仰いでいた頭を下げる。
「でも、本当に声を掛けてもいいんですか…?その……何となく入り込めない空気を感じるというか……」
こうなったらあと一、二発くらい殴られてもいいやと変な方向に腹を括ってそう尋ねる。だって、私だって本当は憶測じゃない真実が知りたい。
「疑り深いねぇ」
アラネアさんは薄緑の瞳を隠して、やれやれと首を振る。数束にまとめられた銀の髪が一緒に揺れて、ライトの光をきらきらと反射していて綺麗だ。
「メガネ君とは、王子と一緒に何度か会ったことがあってね。それ以来、あの子たちのことは何かほっとけないっていうか……まぁ手のかかる弟とか、そんなとこよ」
やがてため息とともにそんな台詞を呟いた、その時。
「誰が手のかかる弟だ」
アラネアさんの後ろに見えた人物に、私は再び固まった。
「不満?ならさっさとあたしとサシでいい勝負できるくらいにまで強くなるんだね」
「無論そのつもりだが、あなたの弟になった覚えはないぞ」
背後に突然現れた噂の張本人に、アラネアさんはまるで最初からわかっていたかのように意に介した風もなく目線だけを相手に送って挑発した。
紙袋を抱えたメガネ君ことイグニスは、色つきの眼鏡をかけ直してアラネアさんの不敵な笑みを受け止める。といっても、イグニスは目が見えていないのだけど。
「へぇ、手のかかるところは否定しないんだ?」
「オレ共々世話になっている自覚はあるからな。この間も、プロンプトがあなたに助けられたと言っていた」
「……ああ、あの時。白いクアールに囲まれてた」
「エルダークアールだな。救世主アラネアが現れた、と随分とはしゃいでいたぞ」
「ふっ、何それ。大袈裟ねぇ」
だから、うん。それ、それです。入りにくい空気。あと妙に近い。
私はちらりと辺りを見回す。メアリーとアンナも歯の奥に物が挟まったような変な顔をしていた。レイラだけは読めない表情で、軽いやり取りを交わす二人を見つめている。
「ねぇ、やっぱ怪しくない?」
メアリーが顔を寄せて、こそっと私に耳打ちをした。
「うん……でも、アラネアさんが嘘ついてるようにも見えなかったし……」
「でもさぁ……ほら、ニフル人とルシス人だから、周りには打ち明けられないとか…」
「どっちもそういうの気にしないと思うけど……」
「あんたたち、ちっとも懲りてないようね?」
笑い混じりなのにぞっとするような声に、二人してはっと視線を戻した。そして笑顔なのに目が笑ってないアラネアさんと目があい、次にはでこぴんとは比べ物にならない衝撃を受けて視界が思い切りぶれた。
「いったぁぁぁぁい!!」
「っ……!!」
メアリーの絶叫がレスタルムの街に響く。かろうじて悲鳴を飲み込んだ私は、背中を丸めて震えながら頭を抱えた。もう激痛ってレベルじゃない。
「馬鹿……」
アンナの溜め息混じりの呟きが頭上から聞こえた。気付いてたんなら言ってほしかった。そんな文句も痛みに飲み込まれる。
「メガネ君、予定変更。この子らちょっとしごいてくるわ」
「え"っ」
異口同音で私とメアリーは反射的に顔を上げた。そして、見惚れるほどそれはそれは綺麗な笑顔をしたアラネアさんを目の当たりにすることになってしまった。
何かを思い出したのか、メアリーがひっと短く悲鳴を上げる。ちょっと待ってこの後何が起こるの。
「ち、ちょっと勘弁してくださいよぉ〜!私たち任務終わってもうヘトヘトで……」
「問答無用」
「准将ぉー!」
半泣きでアラネアさんに縋るメアリーを尻目に、私は助けを求めて視線を滑らせる。まず目があったアンナは気の毒そうな顔をして、小さく両手を合わせてきた。ご愁傷さまってことですか。
続いてレイラを見る。いつの間にかイグニスの傍にいて、状況が掴めていない彼にかいつまんで説明しているところだった。
そうだ、イグニスなら。もしかしたらこの状況を打破してくれるかもしれない。流石レイラ。
藁を掴むような思いで二人を見つめていると、事情を聞き終えたイグニスが考え込むように顎を引き、そう間を置かずに口を開いた。
「オレも参加しよう」
「はいっ!?」
「何でよっ!?」
いや本当に何で。アラネアさんもこれは予想外だったようだ。見開いた目がしきりにまばたきを繰り返している。
「……何?一人じゃ勝てないからって三人で、ってことじゃないでしょ?」
腕を組んで問うように首を傾けるアラネアさんに、イグニスは当然だと言うように頷いた。
「それで勝っても意味がないからな。ただ、オレもついでにリベンジしようと思っただけだ」
そう言って、イグニスは私の方を向く。まさか。
「この前の……」
「実は、この間グラディオと話してな。どちらが先に白星を取れるか、競うことになったんだ」
なんてことを本人抜きで決めてるんだ。そんな競争に勝手に巻き込まないでほしい。切実に。
今日はとことんついてない。あまりの運のなさに、私は再び頭を抱えた。
「え、ちょっとあの人目が見えてないんでしょ?手合せとか何やってんのよ」
「いやあの人充分強いから……」
何せ目が見えてなくても難なく攻撃は避けるし、ガ系魔法は容赦なく使ってくるし、隙を見せようものなら持っているその仕込み杖でカウンターを仕掛けてくるのだ。ちなみにカウンターはまともにくらったら一撃で沈む。
訓練場は空いているか、とイグニスが尋ねる。それに答えたのはレイラだ。寧ろ二人なら顔パスで貸切りにもできるらしい。流石コル将軍と並ぶ実力者と王の側近。
これは、覚悟するしかない。私は瞑目して、それから自分とメアリーにケアルをかけた。
「メアリー、お互い生きて帰ろうね」
「フラグ立てるのやめてよぉぉ!アラネア准将と一対一とかホント死んじゃう…!ってか何でアンナとレイラは除外なのよ!ずるくない!?」
「学習しなかったあんたが悪いんでしょうが」
「二人とも頑張ってね」
「この裏切り者ー!」
「ほら、しゃべってないでさっさと来る!」
半泣きで喚いていたメアリーは、アラネアさんの一喝で丸くなっていた背をぴしっと勢いよく伸ばして返事をする。そして慌てながらもきびきびとした動きで駈けていった。身に染みていると思ったのは、きっと私だけじゃない。
私も行かないと、と溜め息をついてから駈け出そうとした時、すぐ傍でレイラがくすりと笑った。
「ふふ、あなたの憶測も、案外的を射ていたみたいね」
「え…?」
何のことだろう。眉を潜めていると、レイラが気付かなかった?と面白そうに目を細めた。
それでも何なのかわからないでいる私の顔を覗き込み、彼女はこう言ったのだ。
「だって、弟のようなものだって言ったときのアラネアさんの表情、恋する乙女の顔だったもの」
「え……えっ?」
囁くような声で打ち明けられたことに、私は思わず足を止めた。
帰ったら手当はしてあげるわ、お茶でも用意して待ってるから、レイラとアンナが口々に言って去っていく。その間も、私は返事もできずに呆然としていた。
「オレたちも行こう」
その声にようやく我に返った。気付けば、アラネアさんとメアリーの背が随分小さくなってしまった。
焦って噛みまくった返事をしながら走り出して、馬鹿みたいにつまづいた。そして音でバランスを崩したとわかったらしいイグニスに、大丈夫かと心配される羽目になった。
何やってるんだろう。情けなくなりながら大丈夫だと返して立ち上がり、気を取り直して訓練場に向かう。
……とんでもない爆弾を投げられた。
恋する乙女。あの時、アラネアさんはそんな顔をしていたのか。何でちゃんと見てなかったんだろう。ああそうだイグニスが突然現れたからだ。
ちらりとイグニスを見やる。相変わらず本当に目が見えていないのかと疑ってしまうくらい、歩く姿に迷いがない。レスタルムなんて階段が多い上に配管や配線がそこら中に張り巡らされているというのに。私が目隠しをして街を一周しろと言われたら絶対に無理だ。
いや違う、そんなことを考えたかったわけじゃない。
ただ私は、レイラの言ったことがちょっと、いやかなり予想外で。
「オレに何か用か?」
「あ、いや、何でも……」
視線に気付かれた。思っていたよりもあからさまだっただろうか。いや、きっとイグニスの気配を察知する能力が尋常ではないからだ。
イグニスと戦ったことがあるから、わかる。
イグニスは相手との距離を測ることに細心の注意を払っている。敵との間合いを見誤ることが、私たち以上にずっと死に繋がるからだ。
相手との距離を測り、動きを読み、僅かな隙も逃さず渾身の一撃で敵を屠る。それがイグニスの戦闘スタイルだ。
だから気になった。イグニスとアラネアさんの距離の近さに。私と接する時との違いに。
アンナやレイラ、それにメアリーだって怪しんだくらいの近さに、だから私は二人は付き合っているのかなと思った。
けどアラネアさんの返答はそんな関係じゃないと言っていたから、イグニスの片想いなのかなと、そう思った矢先にレイラがあんなことを告げてきた。これが混乱せずにいられるだろうか。
ちょっと整理しよう。ええと、アラネアさんとイグニスは付き合っている訳ではなくて、けどレイラ曰くアラネアさんは恋する乙女の顔をしていて、そしてイグニスは……。
まとまらない思考でぐるぐると考えていたら、ふいに後ろから声が聞こえてきた。
「噂を流すのも手だな……」
……それは、外堀を埋めようってことですか。
イグニスの独り言に問い掛ける勇気は、私にはなかった。


あとがき
口なんてうっかり滑らせるものじゃない。
第三者視点で見るイグアラを書いてみたいなぁと思って戦友の自分のアバターでやってみました。オリキャラ四人くらい出てます。コイバナで盛り上がる戦友女子四人なお話。CPのつもりでは書いてませんがコイバナなので他のキャラとキャラとで噂してたりします。でも個人的にもちょっと気になっている人たち。多分後々あ、この二人面倒くさいやつだって気付くやつ。



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