定時退社のサービス残業

「くっそ!」
何故このオレがこんなことをしなけりゃならないんだ!
腹の底から湧き上がる嫌悪と怒りのままにその辺の箱を蹴り飛ばす。音を立てて倒れたそれから、属国風情が持ってきたガラクタが散らばった。
なにが何かに使えないか、だ。これだからルシス人は粗野で困る。ただのゴミだ、こんな物。
ここの作業場だってそうだ。設備はオンボロ。工具は原始的。街から街への移動手段がほぼ車のみというのも驚きだ。
この街の発電所設備はそこそこのようだが、よくこの程度の技術力で我がニフルハイム帝国に刃向っていたものだ。それもこれも、憎きルシスの王家が持つ魔法とかいう不確かなものに頼りきった結果だろう。見たことがなくとも容易に想像ができる。
明らかにニフルハイムの方が何もかもが上だった。だというのに、オレは属国であるルシスの街で、こうしてこき使われている。何という屈辱的な日々だ。
「あ、いたいた。はぁい、ロキ坊や」
「いった!」
ばしんっ、と音が作業場に響くほどの力で背中を叩かれ、よろめいた。聞き覚えのある声に、手加減を知らない馬鹿力に、腸が煮えくり返るほどの怒りが湧きあがった。
振り返れば、予想と寸分たがわぬ姿をした女傭兵がオレを引っぱたいたその手を馴れ馴れしく振っていた。
「貴様!よくもオレをこんな場所に放り込みやがったな!」
そう。帝国人としての英才教育を受けたこのオレが、技術水準の低いレスタルムのこんな場所で古ぼけた機械の修理に明け暮れている元凶はこいつだ。帝国軍の准将という輝かしい地位を手にしながら、早々にルシスに寝返った裏切り者、アラネア・ハイウィンド。名前を口にするのもおぞましい。
「だってあんた、こういうの好きじゃない。残業代もつかないのにしょっちゅう魔導アーマーのとこで機械いじりしてたし」
「機械いじりとは何だ!れっきとした研究だ!」
こいつがオレの動向を知っていたのは意外だったが、ただの遊びと言われるのは心外にもほどがある。
このオレが如何にして魔導アーマーの改良を施し、帝国に貢献していたかを説明しようとしたが、肝心の相手があっそ、の一言で話の腰を折ってきた。く、くそ、これだから傭兵上がりは粗暴で嫌なんだ…!
「さっきから何なんだ一体!オレを嘲りにきたのか?!」
思わず叫ぶと、傭兵は何かを思い出したようであ、そうそう、と手のひらを叩いた。
「暴走してた魔導アーマー拾ってきたんだけど、あんた修理できる?」
「……何だと?」
曰く、シガイ討伐に向かった先に基地に保管してあった魔導アーマーが何らかの要因で暴走しており、とりあえず爆発しない程度に再起不能にしてここまで持ってきたという。
魔導技術の粋を集めた魔導アーマーに対してなんという雑な扱いを、と憤慨しかけたとき、またしても邪魔が入ってきた。
「お嬢ー、ちょっといいですか?」
白いコートと帽子を身に付けたひげ面の男。確かこの傭兵の部下だったはずだ。
こちらを気にする風もなく、傭兵はさっさとひげ面を振り向いて用件を言えと促す。話を横から聞いていると、どうやらどこぞでシガイに襲われたハンターから救助要請が入ったらしい。
オレはちらと腕時計を見る。時刻はそろそろ日付が変わる時刻だ。日勤であれば、とっくに勤務時間を過ぎていた。
「お嬢、どうします?」
白いヤツが傭兵に尋ねる。何と答えるかわかっているような声だ。オレはフン、と鼻を鳴らした。
それもそうだろう。こいつは勤務時間外の労働などしない。命令だろうが何だろうが、必ず定時になったら帰ってやがったんだ。今は軍を辞め、勤務時間そのものがあってないようなものだが、今回だってそうに決まっている。
「行くよ」
だが、予想していた言葉とは違う、寧ろ正反対の台詞に思わずは?と声を上げてしまった。そんなオレに構わず、傭兵どもはさっさと段取りを組み始める。そう言うと思ってエンジンは切らないでおきました。場所は?ガーディナあたりっすね。特徴は?男二人に白の軽トラです。
そのまま踵を返した傭兵に我に返り、オレは慌てて待て!と呼び止めた。何、と首だけ振り返った女の顔には、さっきの馴れ馴れしい態度とは打って変わって早く用件を言えという感情がありありと浮かんでいた。
「お前、残業なんて嫌がっていたじゃないか」
「残業?今その話、何か関係ある?」
「そ、それはそうだが……だが、金にもならないことを、お前がするなんて……」
そういうところも含めて、こいつらのことが嫌いだったんだ。帝国軍としての誇りもない、愛国心も忠誠心もない。金にしか執着しない、がめつさしかないこの傭兵どものことが。
「人の命がかかってんのに、そんなの関係ないね」
だが、そんなオレの言葉に、こいつははっと人を小馬鹿にしたような笑みを返した。
何だ、それは。まるで、まるでずっとその信念を貫いてきたかのような言い方じゃないか。
「とりあえず魔導アーマーはこっち置いてくから。バラすなり直すなり、あんたの好きにしな」
オレが今会話している女は、本当にあの傭兵なのだろうか。
じゃ、とヒールを鳴らして去っていく女の後ろ姿を、オレは呆然と眺めることしかできなかった。


あとがき
ロキとアラネアの話。FF15小説が出る前に書いた話です。これもツイッターにあげたやつ。
ニフルにいたころのアラネアとルシスにいるアラネア、ロキが見たら別人のように見えるんじゃないかなぁと思って書いた話。
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