ボクとカイチョーとカブトムシとアイスと
ついにこの日がやってきた!
トウカイテイオーは抑えきれない喜びを溢れるような笑顔に変えて、トレセン学園の通りを歩いていた。
いつもなら耳も尻尾もしんなりしてしまうようなカンカン照りの太陽も、今は全然へっちゃらだ。寧ろ晴れてよかった。やっぱりお出かけの日はこうでなくっちゃ。
なんてったって今日は! テイオーは隣を歩くウマ娘を見上げる。
「どうした、テイオー?」
「えへへ、カイチョーと遊びにいくの、久々だなーって思って!」
「ふふ、そうだな。最近は忙しくて、君とゆっくりと話す時間もなかったから」
そう、憧れて止まない大好きなシンボリルドルフが隣にいる。そしてこれから、念願だったアイスを一緒に食べに行くのだ。テンションが上がらない方が無理だ。
このままステップを踏みたいくらいに嬉しい。けど、今日は虫かごを首から下げている。中にはこの間ゴールドシップと捕まえたカブトムシが入っているのだ。だからステップは我慢しなければならない。
待ち合わせてすぐ、ルドルフは虫かごの存在に気付いてくれた。そして「よく捕まえたな」と笑ってくれたのだ。もうニッコニコだ。持ってきてよかった。
「誘ってくれてありがとう、テイオー。生徒会としても、どこかで一息入れようとは思っていたんだ」
「カイチョーたちはいっつも働き過ぎなんだよ。いつ生徒会室に行っても、エアグルーヴが忙しいから邪魔するなって怒ってくるし」
「そう言ってくれるな。生徒のために粉骨砕身することが、我々生徒会の生き甲斐なんだ」
「そりゃあそのおかげでボクたちは助かってるワケだけどさー」
ルドルフがトレセン学園やウマ娘たちのために、毎日頑張っているのはよく知っている。強くて速いだけじゃなくて、頭も良くて皆に優しい。そんなところもカッコよくて憧れているのだ。
でもそれはそれだ。もっと自分をかまってほしい。おしゃべりもしたいし遊びたいし並走もしたい。エアグルーヴには「我が儘もいい加減にしろ」なんて叱られるが、これでもすっごく我慢しているのだ。
つんとそっぽを向いて頬を膨らませていると、ぽんと頭を撫でられた。
「それで、今日はどこに連れて行ってくれるんだ?」
顔を上げれば、撫でる手つきと同じくらい優しい眼差しが降ってくる。
ビー玉みたいに綺麗な赤紫が自分を見ていることが嬉しくて、テイオーはぱぁっと満面の笑みを浮かべた。
「ボクの大好きなはちみーのお店!」
◆ ◆ ◆
「ここね、いま期間限定のアイスが売ってるんだ。はちみつレモンアイス!」
ぶっちぎりのテンションのまま公園に入るや否や、テイオーは早速目当ての店まで辿り着いた。『Funny Honey』と書かれた看板を乗せた黄色いワゴンには、この暑さだというのに行列ができている。
「食べてみたらこれがすっごくおいしくてさー! カイチョーにも絶対食べてほしいなーって、ずっと思ってたんだ!」
二人の登場に周囲の客がざわっと色めき立つ。すかさずテイオーが「今日はプライベートだからそっと見守っててね!」と人差し指を口元に当てると、全員がテイオーのお願いを聞いてくれる様子を見せてくれた。
お店の客に礼を言っていたルドルフにも「良い対応だ」と小声で褒められる。そんなことがあって、テイオーの気分は更に昇り龍だ。
「さて、その限定アイスを買えばいいんだな。少し待っていてくれ」
しかし意気揚々と列に並ぼうとするルドルフを、テイオーは慌てて引き留めた。
「あーダメダメ! ボクがごちそうするって言ったじゃん! カイチョーの分もボクが奢るの!」
「だが……」
「ダメったらダメだよ! 今日はボクがカイチョーをおもてなしするんだから!」
むぅ、と頬を膨らませながらテイオーはルドルフの手を取り、葉がよく茂った木のところまで引っ張っていく。何でか後ろから「尊い……」みたいな声が聞こえた気がした。『トウカイ』の聞き間違えだろうか。
今日のような天気だと、ベンチはぽかぽかを通り越して灼熱地獄の拷問椅子と化している。テイオーはそれを身をもって体験済みであり、そんなところにルドルフを座らせるなんてもっての外だ。
「ほらほら、カイチョーはここで待ってて! すぐ買ってきてあげるからさ!」
言いながら苦笑いするルドルフを木陰まで移動させて、テイオーは販売車の列に並んでアイスを二つ買ってくる。
並んでいる間もちらりとルドルフを見れば、笑いながら小さく手を振ってくれて、待つ時間も全然苦じゃなかった。そうしたら今度は「ありがとうございます……」と何人かが呟いていた。何に対してのお礼なんだろう。
「はい、お待たせカイチョー!」
「ああ、ありがとう」
棒アイスの一本を渡して、木の下に二人並んでアイスをかじる。
口に入れれば、ひんやりとした冷たさが気持ちいい。アイスが溶けるとはちみつの甘さがじんわりと広がっていく。もう一口かじれば、しゃく、と中の氷っぽい部分が出てきた。この食感とレモンのすっぱさが爽快なのだ。
「……ほぉ、中がシャーベット状になっているのか。はちみつの甘さとレモンの酸味が丁度いい。口の中がさっぱりとして良いな」
「でっしょー! ボクもこれにハマっちゃって、最近は毎日食べてるくらいだよ」
「それは食べすぎではないか?」
「だって美味しいんだもん。限定ならなおさら今のうちに食べておかないと!」
ふんすと片手でガッツポーズをしてみせると、「程々にな」という困ったように微笑まれた。
「ところで、この子はこういったものは食べるのかな?」
言いながら、ルドルフは膝を曲げて虫かごを覗いた。目の前で左右に揺れるアイスに反応したのか、土の上でじっとしていたカブトムシはいつの間にか頭を持ち上げて威嚇のポーズを取っていた。
アイスのことを言っているのだと理解したテイオーは、カブトムシを見下ろしながらううん、と首を振った。
「食べるかもだけど、水分が多すぎるものとかはあんまりよくないんだって。はちみつは口の周りが固まっちゃうから危ないらしいよ」
「へぇ、随分と詳しいのだな」
「へっへーん、ゴルシに色々と教えてもらったんだ。おすすめのエサとか、飼い方のコツとか」
「なるほど……ゴールドシップの知識は本当に幅広いな。好奇心旺盛で博識多才、毎度のことながら感心するよ」
「マックイーンあたりは話が成立しないって、いっつも叫んでるけどねー」
しゃべりながらアイスをもう一口。ルドルフは興味津々にカブトムシをじっと見つめている。カイチョーアイス溶けちゃうよ、と指さすと、少し慌ててアイスを食べはじめたのが面白かった。
「会長? それにテイオーも」
そんな風にカブトムシトークで盛り上がりながらアイスを食べ終えた頃、よく通る声音が耳に届いた。
ルドルフの横から顔を覗かせると、そこには意外そうに目をしばたかせたエアグルーヴの姿があった。
「あ、エアグルーヴだ!」
「エアグルーヴ? ……ああ、サイレンススズカとタイキシャトルも。三人とも奇遇だな」
「こんにちは。会長さん、テイオー」
「コンニチハ! 今日はとてもホットな日デスネー」
ルドルフも振り返って目を細め、エアグルーヴたちと挨拶を交わす。
「なになに、今日は三人でお出掛け?」
「ええ、そうなの」
「久しぶりにオフが重なったので、みんなで放課後デートです! 会長とテイオーもデートですカ?」
「うん、そう!」
むふん、と誇らしげに胸を張れば、「仲良しデスネー!」とタイキが楽しそうに笑った。
その言葉にテイオーの尻尾はますます揺れる。もう重賞で一着を取った時みたいにフリフリだ。タイキの隣でエアグルーヴの呆れた顔をしているが気にしない。
なんたって気分は絶好調なのだ。無敵のテイオー様は寛大な心で見逃してあげるのである。
「そうだ! 三人はここのアイス食べてみた? 今年の夏にこれを食べなかったら損だよ!」
「だ、そうだ。私もテイオーに誘われて食べてみたんだが、とても美味しかったよ。今日はこんな天気だ。暑気払いも兼ねて、君たちも食べてみては如何かな?」
テイオーの話を引き継ぐようにルドルフが続けると、エアグルーヴたちは顔を見合せながら笑みを浮かべた。
「実は、私たちもそのつもりでこちらに訪れまして」
「はちみつレモンアイス! ソーグッド! と学園でも話題になってマシタ!」
「スぺちゃん……後輩の子が、とてもおススメしてくれたので、それならと」
「なるほど……学園では既に一世風靡(いっせいふうび)だったか」
興味深そうに頷くルドルフの横で、テイオーはにまりと笑う。ルドルフは本当に何でもできる最強のウマ娘だが、流行りのものにはあまり詳しくない。
そんなルドルフに新作スイーツや話題のお店を教えてあげられることが、テイオーには少しだけ誇らしい。
「ところでテイオー、お前は何を……」
「ん? なに、エアグルーヴ?」
ふとエアグルーヴがテイオーに何か尋ねようとして、途中で言葉を止めた。そしてそのままぴしりと固まってしまう。
「……いや、何でも、ない」
さらにいつものはっきりと聞きやすいものとは正反対の、すごくしどろもどろなしゃべり方をしてぱっと目を逸らされてしまった。
エアグルーヴの珍しい姿に、テイオーは思わず首を傾げる。急にどうしたんだろう。
「……ああ、そうだ。君たち、すまないがエアグルーヴを少々貸してくれないだろうか?」
その時、ルドルフが今思い出したといったような声を上げた。三人と一緒になってテイオーも視線を向けると、少し申し訳なさそうにルドルフは笑う。
「明後日の会議で少し気になっていた議題があってね。ほんの少しの間でかまわないのだが……」
そんな顔もカッコいいなぁ、なんてうっとりしていると、ルドルフがちらりとスズカとタイキに視線を送ったことに気付いた。二人も何か察したような顔をして小さく頷く。
「ええ、大丈夫です。エアグルーヴ、行ってきて」
「エアグルーヴの分はワタシとスズカで買ってきマース! ドロフネに乗ったつもりで待っててクダサイ!」
「それを言うなら大船だろうが……。いや、だが恩に着る。今代金を……」
「お金はあとででいいわ。それより会長さんとお話してきて」
何だろうと思っている間に話がぽんぽん進んでいく。それをぽかんと見つめているうちに、「行きまショウ!」と背中を押されて何故か自分まで列に並んでいた。
タイキに肩を掴まれたまま、テイオーは視線を滑らせる。木の下でルドルフと何やら難しい話をしているらしいエアグルーヴを見つめるが、いつも通りだ。さっきのような違和感はない。
んんん? とテイオーは首を傾げる。どうしても気になる。
「……ねぇ二人とも、カイチョーと何か目で合図してたよね? 何で?」
きっと理由を知っているだろう二人に、教えてオーラを醸し出してちらりと見上げてみる。問いかけにえっと、と何と言おうか迷ったのはスズカで、ちょっと苦笑いしたのはタイキだった。
タイキは少し身を屈めて、テイオーの耳に顔を近づける。
「エアグルーヴは、虫が大キライなのデース」
「え、そうなの?」
意外な理由にびっくりしていると、タイキ、とスズカが眉を下げてたしなめた。
「あまり言いふらすのはよくないわ」
「オウ! そうデシタ、これはトップシークレットなのデシタ……!」
「もう……いつもそうやって叱られるのに……。テイオーさん、ここだけの話でお願いね。本人は隠したがっているみたいだから……」
「それは全然いいけど……そっか、ダメだったんだ」
テイオーは思わず首に下げた虫かごを見下ろす。だからさっき自分を見て固まったのか。
嫌いなら嫌いって言ってくれればいいのに。からかわれるのがイヤなのかな。確かにもし普通に知ってたら一回は絶対からかってたかもしれない。ゴルシあたりなんてすごく面白がってイタズラしてきそうだし。
虫かごの蓋をぱかりと開ける。中にいるカブトムシは、ちょうどのぼり木にしがみついてよじよじと登っているところだった。
「ちょっと残念だなぁ……」
エアグルーヴにも自慢しようと思ってたのに。でも嫌いなんじゃ見せられない。
しょうがないかー、とため息をついた。その分ルドルフに目一杯褒めてもらったからよしとしよう。
そう切り替えて、折角並んだしはちみーも飲んじゃおう、とテイオーは前を向いた。
「はちみつ硬め濃いめ多めで!」
「はい、硬め濃いめ多めですね!」
テイオーが買い終えた頃には、周りには自分たち以外ほとんどいなくなっていた。みんなドリンクやアイスを買って、どこか屋根のある場所に移動したのだろう。並んでいるだけでもだらだらと汗が出るくらいだ。
これ食べたらどこ行こうかな、なんて考えて、テイオーははちみーを手にるんるん気分でルドルフたちの元へと戻っていく。
ゲーセンで一緒にゲームしたら楽しんでくれるかな。カラオケもいいな。カイチョーの歌また聞きたいな。頭の中はもうルドルフのことでいっぱいだった。
「はちみーはちみーはっちっみー!」
そして、事件は起こった。
ぴょんとスキップをした瞬間、がこんと嫌な音がした。ガシャン! ズシャー! みたいな音もした。
「へ……?」
思わず足を止め、おそるおそる頭を下げる。
首に掛けていた虫かごが、蓋だけになっていた。そして足元には横倒しになったケースと、土やらのぼり木やらが散乱した惨状。
そしてアスファルトの上をのそのそと歩く、立派な角を太陽に掲げたカブトムシの姿が。
予想外のアクシデントにテイオーが固まっていると、カブトムシがその黒い甲殻をぱかっと開いた。
まさか。
ぞっと背筋が凍った直後、案の定カブトムシは羽根を広げて飛び立ったのである。
「あああああ──っ?」
そこでやっと声を出せたテイオーは、慌てて捕まえようと手を伸ばす。けれど届かない。
「テイオー……?」
テイオーの絶望に満ち満ちた絶叫にルドルフが驚いて振り向く。カブトは二人のいる木を目指して真っ直ぐ飛行していた。
だから、思わず叫んでしまった。
「カイチョー捕まえてぇー!」
きっとほぼ反射だったのだろう。ルドルフはテイオーの言葉にぴくりと耳を揺らし、目を鋭く細めて腕を伸ばす。
そして勢いよく飛んできたカブトの軌道を見極め、見事その手で捕まえたのだ。
「さっ……さっすがカイチョォー? スゴい! めちゃくちゃカッコいい!」
その並外れた動体視力を目の当たりにし、飛び跳ねる勢いで大喜びしながら駆け寄ったテイオーだったが、途中ではっとして立ち止まる。
ルドルフがしまった、というような表情で、おそるおそる隣を見た。つられてテイオーも目を向ける。
そこには、顔を真っ青にしたエアグルーヴが立ち尽くしていた。
あ、ヤバ。テイオーはこの後の未来を瞬時に悟る。
「……エアグルーヴ、ひとまず落ち着くんだ。すぐに離れるから……」
刺激しないように、ルドルフは静かな声で話しかけた。けれどその努力も虚しく、手の中で未だじたばたと暴れ回るカブトムシを見てエアグルーヴは大きく後退った。
「そ……それ以上近付かないでくださいっ?」
そして大声を上げた途端に逃げるように走り去ってしまった。
「エアグルーヴ……?」
「ヘイ? エアグルーヴどこに行くのデスカー?」
公園の奥へと行ってしまったエアグルーヴを、スズカとタイキが慌てて追いかけていく。予想通りの展開に、テイオーはあちゃー、と頭を抱えて空を見上げた。
「えっと、カイチョ……」
引き攣り気味の笑顔でルドルフに声をかけて、途切れる。
ルドルフの、いつもはぴんと凛々しく立ってるフサフサの耳が垂れている。いつもカッコよくたなびいている立派な尻尾も思いっきり丸まってる。
──カイチョーすっごく落ち込んでるー?
テイオーは慌ててルドルフの前に回り込んだ。
「か、カイチョー元気出しなよ! エアグルーヴがあんなこと言ったのはカブトムシのせいだし……!」
「ああ……虫だけに無視されてしまったな……ふふ……」
「そんなテンション低くダジャレ言わないでよ! 全然元気出てないよ!」
どうしよう助けてマックイーン。こんな時どうすればいいの。ボクどうしたらいいの?
咄嗟にライバルの顔が頭に浮かぶが、答えなんて返してくれない。この際ゴルシでもいい。今すぐここまでワープしてきてお願い。
「いや、わかっているよテイオー。私を避けたのではないことくらい。わかってはいるのだが……」
そう言ってルドルフはふらりと顔を上げる。耳はぺったんこのままだ。
遠い目をして見つめる先は、ついさっきエアグルーヴが逃げていった方向だった。
「案外と堪えるものだな……」
「あんなションボリしたカイチョー、ボク初めて見た……」
翌日、絶対に秘密だと釘を刺されてから事のあらましを聞いたトレーナーはその場で天を仰ぎ、練習後に至急やる気スイーツを工面すべくたづなに懇願しに行ったのだった。
あとがき
アプリの夏ボイスでカイチョーとテイオーがあんまりにも可愛くて更にどこかで書きたいなと思っていた虫嫌いなエアグルーヴも混ぜたらこうなりました。
カブトムシにはしゃぐテイオーとテイオーと一緒にアイス食べるためにはりきるルドルフが本当に尊くて可愛くてですね…夏休みにはしゃぐ子どもと子どもの為にお仕事頑張るパパ感が微笑ましいの塊だった…。
テイオーには少年みたいなノリの遊びをしてほしい気持ちが個人的にあります。夏ならカブトを捕まえる仕掛け作ったり川で釣りしたりモリ持って魚取ってその場で焼いたりセミの抜け殻いっぱい集めたりとかしてほしい。それで全部カイチョーに自慢するテイオーがいたらかわいい。