open a crack in


この時を待っていた。
石畳の床を踏みしめながら、ジャンヌは月明かりの降り注ぐ広間に毅然と立つ。
「正統後継者ジャンヌよ。一族の長にふさわしい戦士か否か、その力を今こそ示すのだ」
厳格たる声に相応しい口上が修練場に響く。今この場で行われるのは、後継者の儀。アンブラの魔女を統べる長、その座を受け継ぐために次代に課せられる試練だ。
この瞬間が来るのを、ジャンヌはずっと待ちわびていた。



時の観測者たる魔女の長の、次代を担う正統後継者。その肩書きを背負う前は、ジャンヌも他の者と変わらないごく普通の子どもだった。無論、前提として魔女の道を志す子ども、と注釈がつくが。少なくともお気に入りの人形を抱えて遊び回るような行動は、魔女でも俗世の子だろうとそう変わりはないだろう。
「……あなた、だれ?」
「……チ、チェシャ……」
そのくらいの頃だった。ジャンヌがセレッサと出会ったのは。
気弱そうなやつ。彼女に対する第一印象はそれだった。
おどおどした仕草、着古されてくたくたの服、腕に抱えているのはつぎはぎだらけの猫のぬいぐるみ。赤いリボンを巻いた黒い髪は魔女らしくて、夜空を溶かし込んだその色は少しだけ羨ましかった。
いかにも弱虫そう。けれど驚くほど強い魔力を感じる。ちぐはぐで、初めて会ったその瞬間から、ジャンヌは目が離せなくなっていた。
何でこんな人のいない場所でうろうろしているだろう。迷子かと問うと、チェシャと名乗った同い年くらいの子はふるふると首を横に振った。
「マミーに会いに行くの……」
「お母さまに?」
繰り返すとこくりと頷いて、それから逃げるようにさっさと奥へと走っていってしまった。はじめての会話はそれきりで終わる。
「チェシャ……ネコみたいな名前」
ねぇ、とジャンヌは赤いネコのぬいぐるみに話しかける。こんな場所に母親がいるのだろうか。ここは街からかなり離れた場所なのに。
その不思議な子のことがやたらと気になってしまい、ジャンヌは家に戻って尋ねた。すると母は今までに見たことがないほど真っ青な顔をして、何もされていないかと迫ってきたのだ。
まさかそんな反応をされるとは思わなかったジャンヌは、話しかけたら行ってしまった、とようやっとそれだけを伝えて首を振った。それを聞いた母は大きなため息をつき、その子は不浄の子だから話しかけてはいけない、と厳しい顔で叱られた。
硬直が解けたジャンヌは、その言葉に無性に腹が立った。訳が分からない。そんなこと、自分には関係ない。だから何だと言うのだと、幼心に思った。
実際そのようなことを言ったと思う。しかしその反論がもちろん通るはずはなく、反省の色なしと判断され数日間部屋から出ることを禁じられた。よくわからないまま閉じ込められ、怖いやら悔しいやらでドアの前で大泣きしたものだ。
ようやく部屋から出してもらえたあと、しかしジャンヌは懲りずにあの子に会いに行った。探すのは簡単だった。あの子の魔力は、他の誰とも違っていたから。既に魔女の才が開花していたジャンヌにとって、魔力の残滓を辿ることは難しいことではなかった。
チェシャ、と声をかければ、とても驚いた顔で見つめられた。その頃は、何故そこまで驚かれるのかわからなかった。
「……セレッサ」
「せれっさ?」
「セレッサって言うの。チェシャはこの子。……あなたは?」
「わたし?わたしはジャンヌ。こっちは──」
二度目の邂逅で、初めて互いの名を知った。内容はもうおぼろ気にしか覚えていないが、その日は時間を忘れて二人で遊んだのを憶えている。
当然ながらセレッサと会ったことはすぐに知れるところとなり、今度は母だけではなく見知った大人たちにまで叱られた。あまりの剣幕にやはり泣いてしまったが、幼い頃から負けん気の強かったジャンヌは泣きながら怒鳴り返したものだ。
「わたしはこわくない!セレッサのことこわくないもん!」
そんなことでは納得できない。大人たちの恐れを押し付けられているように感じて嫌だった。
だから何度叱られてもまたセレッサに会いに行き、説教を受けるたびに大人たちに歯向かった。


今思うと随分と拙い反抗だった。ジャンヌは昔を思い返し、内心で苦笑いをこぼす。後悔など微塵もないが、もう少し上手くやれなかったのかとそこに関しては反省している。
すい、と視線だけ滑らせて修練場を見回す。ここは月光の谷の一角に当たる。修練場から更に先に進めば、魔女と賢者が背中合わせに並び立つ巨大な像へと続く道がある。ただし道といっても、月の力と魔女の魔力によって開かれる足場のない道だ。
月光の谷と光明の谷の境目にそびえ建つあの魔女像は、賢者の像と背に生える羽同士で繋がっている。年に一度の皆既日食の日、その頂上で魔女と賢者の両者による会議が執り行われる。また魔女像の内部はヨルムンガンドの杖と呼ばれ、祭事や儀式を行う場所としてアンブラの魔女の聖地となっている。
魔女像と繋がる修練場も聖地と呼ばれる場所のひとつであり、現に今、ジャンヌは一族の長を継ぐべくこの場に立っている。
背後に意識を向ければ、静かに魔力を高めている魔女たちの気配を感じる。ジャンヌの後ろに控える魔女たちは、長がこの儀式のために選抜した組み手の兵団だ。アンブラの魔女としての力を示し、長としての力量を認めてもらうための。
そして、とジャンヌは部屋の隅に目を向ける。細い鉄格子の奥で女がひとり、身を潜めるようにして壁に寄り掛かっていた。
視線に気付いたのか、伏せられていた瞳がふと前を向いた。目が合い、猫のような瞳がぱちりとまばたきをひとつ。
黒い布で口元が隠れていて、表情ははっきりとは読めない。だが笑っているのだろう。そんな確信があった。
セレッサ。ジャンヌは口の中だけでその名を呼ぶ。ナイフを握る手に自然と力がこもった。


大人たちは最終的に、ジャンヌがセレッサに会いに行くのを渋々ながら了承した。
幼子が理解するには難しい事情だ。特に災いが起こる兆候もなし、ならばこのまま様子を見ることにしよう、と目を瞑ることにしたのだろう。つまり許したというより諦めたのだ。
そうしてジャンヌはセレッサと会う自由を勝ち取った。ジャンヌの意固地さに根負けした大人たちは、魔女の教練を怠らないこと、門限までには帰ることを約束に、以降はセレッサと会うことを咎めなくなった。

「セレッサ、薬草を摘みに森に行くんだ。いっしょに行こう」
「うん、行く!」
「今日は魔導術に使うものだけだって。摘む薬草はわかる?ベラドンナとニワトコ、それから……」
「ケシの実!ちゃんと覚えてるよ。でも、ローズマリーや白いセージは摘んじゃダメ」
「うん、悪魔が嫌がるからな」
「いい匂いなのにね」

「ジャンヌ、彫るのヘタクソ。私そんな変な髪じゃないよ!」
「う、うるさい!こういうのは苦手なんだ……!」
「しょうがないなぁ。私がやってあげようか?」
「断る。一緒に作るって言ったじゃないか。セレッサは私が作る。お前は持ってきた菓子でも食べていろ」
「……ふふ、ジャンヌのいじっぱり」
「お前に言われたくない」

「セレッサ、いるか──うわっ?」
「ジャンヌぅー!む、虫!黒くて気持ち悪い虫が!いっぱい!」
「虫?……ああ、あれか。やたらすばしっこいな。でも一匹しかいないぞ」
「叫んだら逃げてったの!もう無理ここじゃ寝れない!今日はジャンヌの部屋に泊まるぅー!」
「は?おい待てこのままビーストウィズインを使おうとするな離──!」

セレッサと遊ぶのは楽しかった。互いの人形を持ち寄っておままごとをした。覚えたばかりの魔導術を披露しあって、とある日は壺や燭台を壊してしまって慌てて隠蔽しようと二人で知恵を振り絞った(もちろん見つかって怒られるまでがセットだった)。一緒に森や街にも出掛けた。時にはセレッサがジャンヌの部屋に忍び込んで、同じベッドに潜り込んで眠くなるまでお喋りをしたこともあった。
些細なことで喧嘩もした。けれどすぐに仲直りをしてまた遊んだ。それぞれの誕生日にプレゼントを贈るのは、いつしか二人の当たり前になった。
そんな風に、ジャンヌの子ども時代は過ぎていった。魔女になるために様々な勉強をして、術を使いこなすために体術の訓練をして、気の合う友達とたくさん遊んで……毎日が楽しくて充実していた。
だが、そうしていても目の前の問題は何も解決しないのだと、ジャンヌは否が応でも気付くことになる。

「セレッサ……?」
「うぅぅ……ジャンヌぅ……ち、チェシャが……」
「どうした、誰にやられた!」
相変わらずセレッサは一族から避けられていた。心ない言葉を投げつけられることもあった。
ジャンヌが見つけられたのはほんの一部だ。ジャンヌの知らないところで、セレッサはたくさん傷付いていたのだろう。
いつの間にか、セレッサはあまり泣かなくなった。代わりにいつも強気な笑みを貼り付けるようになった。
セレッサに好意的に接する者は、ジャンヌを除いてほとんど現れなかった。ジャンヌに近しい者はセレッサを虐げることこそしなかったものの、セレッサが差別を受けることに対しては仕方がないと目を瞑った。
ジャンヌは、セレッサを忌み嫌う者たちのことが不満でならなかった。
話しかけてはいけないのなら、何故ジャンヌと話すセレッサは楽しそうに笑っている。遠ざけなければいけないなら、何故避ける者たちを見てセレッサは泣きそうな顔をする。
どうして。こんな状態は間違っている。
だが、ジャンヌ一人がそう思っていても何も変わらないのだ。それに気付いたとき、己がどれほど無力なのかをジャンヌは思い知った。
悔しかった。何もできない自分が。早く強くなりたいと思った。早く大人になりたいと思った。誰よりも魔導術に長け、自分の言葉に皆が耳を傾けるほどに、強く、賢く。
──だから、これは好機だと思った。


「昨日、長に呼び出された。私を後継者候補に選びたいと……」
成人の儀があと数年に迫る頃だっただろうか。いつだかの修行の後、ジャンヌはひとり長に呼び出されて打診をされた。
私はその申し出を受けようと思う。そう伝えると、セレッサは見開いていた目をす、と細め、窓から降り注ぐ月明かりのような微笑みを浮かべた。
「……そう。おめでとう、ジャンヌ。応援するわ」
「ありがとう。……それと、今のように頻繁には会えなくなる」
単純に忙しくなる、というのもある。魔女の鍛錬のほかに、長としての教養を身に付けなければならなくなるから。
そしてもうひとつ。長から直々に忠告されたことがある。
長の道を選ぶならば、一族全体のことを考えて行動しろ。先導者として模範に。常に一族を正しい道に。線を引くこともそのうちのひとつだと。
「そりゃあそうでしょ。あんたはこれから、あのいっつも怖い顔した人の後を継ぐんだから」
「流石にあそこまで威厳の塊みたいにはなれないさ。なるつもりもないが」
「あら、そうかしら?充分素質あるわよ」
セレッサはおどけるように肩を竦めて笑う。目の前の友は、きっとジャンヌの言葉を寸分も違わず理解している。けれど敢えてそのことには触れてこない。
ジャンヌの胸にちりりとひりついた痛みが走る。セレッサはもう、わきまえている。それが歯がゆくて仕方がない。
喉から文句の一つや二つが飛び出そうになって、ジャンヌは首を振った。今日セレッサの部屋を訪ねたのは、長のことを報告するためでも、お門違いの悪態を吐くために来たわけでもない。
己の髪に触れ、異空間に手を伸ばす。髪を触媒にした魔導術のひとつだ。強く意識すれば目当てのものが手元にやってきた。
「だから、代わりにこれを」
取り出したのは小さな箱だった。念のためにと施していた魔力の封を解き、怪訝そうな顔をしたセレッサの前に差し出す。
開けば、収めた時と変わらない色で輝く宝石が、ジャンヌの目に映った。
魔女の心臓を深く深く煮詰めたような、目の覚めるような鮮やかな赤、けれど吸い込まれそうなほどに澄んだ、透き通った赤い赤い宝石。
黒と並ぶ闇の色。魔界の色。魔力の色。──ジャンヌが最も好む色。
宝石をそっと指先で取り上げ、ジャンヌは魔力を込める。宝石は淡く光ったかと思うと、悪魔文字でジャンヌとセレッサの名を浮かび上がらせた。
「これは……」
「友の証を、お前に。会えなくなっても、離れていても、私たちは友達だ。ずっと」
忘れない。離さない。この絆を。その証明として、ジャンヌはこの宝石を持ってきた。
窓から降り注ぐ月明かりが、呆然と宝石を見つめるセレッサを青く照らす。月光を纏った濡れ羽色の髪はいつ見ても綺麗で、やはりいつまで経っても羨ましいと思う。
きっと同じだ。その気持ちと同じように、ジャンヌの中にあるセレッサへの想いも変わらないのだろう。
「……本当に、ずっと?」
ジャンヌの手から宝石を受け取ったセレッサは、小さな声でぽつりと言った。それを聞き逃すはずもなく、ジャンヌは強く頷く。
「ああ、ずっとだ。何があろうと、私はセレッサの味方でいる。絶対に」
ジャンヌは赤い宝石に、色んなものを込めてきた。宝石のように濁りのない、固く揺るがぬ誓いを。ジャンヌの代わりにセレッサを守ってくれるように、込められる限りの魔力を。疎外され傷付くことがあっても、浮かぶ文字を思い出して少しでも心の支えになれたらという願いを。
そして、少し、ほんの少しだけ、この色を見てジャンヌのことを思い出してくれたらいいと、そんな自分本位な望みも込めて。
「……じゃあ、ジャンヌはこれを持ってて」
ふいにセレッサは後ろを向き、ベッドサイドにある置き物を持ってきてジャンヌに差し出した。それは以前、二人で作った自分達の姿を彫った像だった。
「私も誓うわ。どんなことがあっても、私だけはジャンヌの味方でいるから」
その証、と。その言葉も、久しぶりに見た泣き笑いのセレッサも、ジャンヌは忘れまいと強く胸に刻み込んだ。

それからジャンヌの日々は目まぐるしく過ぎた。長としての役目、必要な知識や技能、段階を踏んで行われる祭儀。アンブラの魔女について深く知り、魔導術の腕を磨き、己を高めていくために多くのことを叩き込まれた。
あの日を境に、毎日のようにセレッサに会うのはやめた。形に残るものを贈ることもやめた。セレッサも、自分からジャンヌに会いに来ることをしなくなった。
それでも時折、ジャンヌはセレッサに会いに行った。もう誰の目にも止まらずにセレッサの部屋まで辿り着き、様々な理由を口にして様子を見に行った。
幼い頃と違い、顔を合わせれば人形遊びの代わりに憎まれ口を叩きあった。一緒に出掛ける代わりに手合わせをした。プレゼントを贈り合う代わりに魔力を込めた弾丸を撃ち合った。
そして、そんな日々すらも過ぎ去って、ジャンヌは今日、ひとつの節目を迎える。



「組み手の兵団を選ぶがいい」
長の声に過去から今へと意識が戻る。アンブラの魔女とは、時の監視者とは何か、長とはどうあるべきか、それをジャンヌに教え説いた長が、厳かに見つめてくる。
ゆっくりとまばたきをひとつ。ナイフの柄を握り直したジャンヌは、一切迷うことなくそれを真っ直ぐに投げつけた。
「──では、あの日陰者をここへ」
修練場の壁にナイフが深く突き刺さる。その先にいるのはただ一人。決闘を申し込まれた人物は、鉄格子の奥で胡乱げに目を細めた。
修練場に沈黙が落ちる。二拍ほどの間を置いて、ジャンヌの周囲にどよめきが波のように広がった。
「そ、それだけはならぬ」
長が珍しく狼狽えた様子で前に出た。予想通りの返答だ。続く理由の説明も。
「あれは不浄の血を引く者。あのような者との交わりは、アンブラの崇高なる教義への冒涜にほかならぬ!」
ジャンヌは長を見て不敵に笑う。知っている。そんな言葉など腐るほど聞いてきた。今さら言われなくともわかっている。
「なに…もう何度も手を交えている」
ただ、知ってなおジャンヌの答えはこれだったのだ。
修練場に更にざわめく。さしもの長もこれは予想外だったらしい。ジャンヌの返答に絶句し、険しい眼差しを向けられる。
だが、他の同胞らと違い、長の瞳には怒りはあれど侮蔑する類のものはなかった。思慮深い色を宿し、それすらも含めて長としての資質を推し量ろうとしているように感じた。
全てを守る覚悟があるのかと、まるで問いかけるように。
ジャンヌは挑むようにその眼差しを見返した。──無論だ。そうでなければ最初から後継者になると決意しなかった。したとしても到底なれはしなかっただろう。
同時にジャンヌは一筋の光を見た。おそらく、長も頭を悩ませていたのだ。セレッサの境遇に。
ジャンヌは時期族長として多くを学んだ。セレッサについても、大人たちと同等に、あるいはそれ以上の事情を知った。
セレッサが不浄の子と呼ばれる理由、一族に疎まれながらもこの月光の谷に留められている理由。長から直々に、全て。
今ならば不可解でならなかった大人たちの理屈も、多少は理解できる。長が無駄な争いを避けるために、そうせざるを得なかったのだろうということも。
そうして事情を仔細に知り、知ったうえでジャンヌが導き出した答えは、だから何だと言うのだ、という幼い頃と同じ結論だった。
強く、賢く、しかし力を誇示せずただひたすらに影に生きる。一族の一員として、アンブラの魔女であることをジャンヌは誇りに思っている。物心ついた頃から、そのしたたかとも言える強さに憧れた。その叡智に触れたいと望み、故に今のジャンヌがある。
だからこそ、だ。だからこそ許せない。
災いの種だとあの子を避けることを、不浄の子として忌み嫌うことを。まるで正反対ではないか。強く賢きアンブラの魔女ともあろう者が、臆病風に吹かれ思考を停止し拒絶するなど。
いや、とジャンヌは周囲の様々な感情を乗せた視線を感じながら自らの言葉を否定する。わかっている。我らアンブラの一族は、魔女であるがゆえに閉鎖的で、個よりも一族として戒律を遵守する。掟は時に命よりも重い。アンブラの魔女になる者は、幼い時分からそれを常識として叩き込まれる。
力の均衡を保つため、古来より魔女の戒律は連綿と受け継がれ、魔女たちはそれを守り続けてきた。
それを破った愚かな魔女と賢者。禁忌を犯したことで生まれた不浄の子。だから皆はセレッサを忌み嫌う。
事実だけを眺めれば、彼女たちの嫌悪や恐れも確かに理解はできる。だが、それだけだ。
不浄の子だろうが何だろうが、そんなことは関係ない。そんなことは問題ではない。
セレッサが何をした。あの泣き虫のセレッサが。自分の後ろをついて回って、不格好な人形を大切にしていた小さな子供が。
禁忌から生まれた子だから何だというのだ。忌み嫌われて当然だと。ぞんざいに扱って当然だと。
──私は、それが許せない。
セレッサ個人を見ない同胞も、それが掟だと静観する族長も、──その境遇を甘んじて受け入れている、セレッサ自身も。

故に、ジャンヌは銃を握り声を張り上げる。
「さあ、この正式な場で決闘を!」
目を背けるというのなら、無理やりにでも見せるまでだ。あいつの実力を、あいつ自身を。
長は力を示せと言った。ならば示そう。己の実力に相応しい相手と今ここで、本気で打ち合い証明してみせよう。
「興味ないわ。…ただし、景品でももらえるなら話は別よ。そうね…ぬいぐるみがいいわ?」
からかうような口調で、鉄格子の向こうでセレッサは銃を構えた。仮面の奥の瞳が好戦的に光る。その眼差しと立ち上る魔力に、ジャンヌの背筋に痺れにも似た興奮が走り、自然と唇は弧を描いた。
セレッサが跳躍する。ジャンヌも応じるように床を蹴った。
思い知ればいい。セレッサという人間がどんな存在か。
地位というものに興味などないことを。涼しい顔をして存外負けず嫌いで寂しがりなことを。意外に手先が器用なことを。母に憧れて強い魔女になりたいと望んでいることを。
どんなことで、泣いて、怒り、そして笑うのか。
長い月日で築かれた諦観の檻が邪魔をして羽ばたけないのなら、檻ごと切り刻んでやろう。固定観念という壁を己の力で砕けないというのなら、大きな風穴を空けて見通しをよくしてやる。
黒い影が間近に迫る。目の前に突き付けられた銃口にジャンヌはトリガーを引いた。発砲は同時。軌道は示し合わせたかのように同一線上を走りぶつかり合い、潰れて弾け飛んだ。


そうして、私たちと何ら変わらない存在なのだと、理解すればいい。



あとがき
チャプター2での回想ベヨジャン決闘シーンで、ジャンヌが決闘でベヨネッタを指名するまでに至ったのかを考えてみた話。ジャンヌはあの時何を思っていたのかなと考えていたら止まらなくなりました。ジャンヌはベヨネッタのこと大好きなんだな…って結論に至ったらいても経ってもいられなくなり…書いてて楽しかったです。ベヨネッタとジャンヌの幼少期も色々ねつ造しています。
あまりベヨジャンしていませんが自分がベヨジャンを前提に書いているのでタグ付けさせていただきます。ベヨネッタプレイしてベヨネッタ2プレイしてまた今ベヨネッタをやってるんですが、ベヨネッタとジャンヌが喋ったり戦ってるだけでイチャイチャしてるように見えてきてしまい……プレイするたびにどんどん楽しさが増えていく…。

ベヨネッタと闇の左目について、ジャンヌは回想の決闘シーンの時点で既に真実を知っていると仮定して書いています。実際どうだったんだろう。天魔大戦が起きた時にはジャンヌは既に知っていたわけで……ただ知ってても知らなくてもジャンヌは同じようにベヨネッタを指名したんだろうなと思います。ベヨジャンは離れてた期間を埋め尽くす勢いで二人で仲良く現代エンジョイしてたらいいな…。
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