守るもの、守られるもの



私たちは、魔物退治をしていた。
理由は単純だ。内海港から街までの街道で荷車が襲われたという報告が、保安官であるレイナードのところに来ていたから。
たまたまそこに居合わせた私とクーリッジ、シャーリィ、そしてノーマがそれを引き受け、ウェルテスの外に出た。
魔物はすぐに見つかった。またしても商人の馬車を襲っていたところに丁度遭遇したのだ。
彼らを逃がしてから対峙した魔物たちは、大して強くもなかった。だが群れを成す習性を持っていたのか、如何せん数が多かった。それでも負ける気はしなかった。
打ち合わせるまでもなく、私とクーリッジは前線へと飛び出し敵を引き付け、シャーリィとノーマの二人は後方に下がってブレス系の爪術で一掃しはじめた。
決して油断をしていた訳ではない。けれど、これだけの数を二人でせき止めるのは、困難を極めて。
不覚にも1匹が隙をついて私たちの間をすり抜け、詠唱中の無防備な2人にめがけて襲いかかろうとしていた。
「させるものか……!」
それを認識した瞬間、気付いたら駆け出していた。
背中から自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。けれど構わず、2人の元へ走った。
目前に迫って来たウルフ系の魔物にシャーリィが気付き、驚きと恐怖に目を見開いている。
ノーマも気付いたのか詠唱を中断し身体を屈めてきつく目を閉じる。
私は間一髪、彼女達と魔物の間に入り込んだ。
―――途端、肩に激痛が走った。
「クロエっ!?」
シャーリィの、悲鳴に近い叫び声が聞こえた。遅れてクーっ!とノーマの焦る声。反射的に閉じてしまった目を開ければ、怯えたような表情でこちらを見る二人の姿。どちらも特に外傷はない。
よかった。間に合ったことに少しだけ自分を褒める。
膝をつきそうなるのを何とか耐えて、振り返りざまに剣を払い、腕を振り上げていた魔物にとどめを刺す。絶叫を上げた魔物は、そのまま煙のように消えて青いスカルプチャが地面に落ちた。
やや離れた所からも魔物の断末魔が聞こえ、直ぐに誰かが駆け寄って来た。
「―――っクロエ!!」
低い声の、必死な呼びかけ。大丈夫だと、そう言えばよかったのに。
その声を聞いた瞬間、一気に安心感が押し寄せてきて、私は意識を手放してしまった。


◆   ◆   ◆


「………、ここ、は……?」
目が覚めると、目に映ったのはクリーム色の天井だった。
状況を把握するために起き上がろうとして、左肩の痛みと目眩が同時に襲ってきて、力無く倒れた。包み込むような柔らかな感触にふわりと背中を受け止められ、どうやらベッドの上らしいと気付く。
情けない。どうやら私は、あのあと気絶してしまったようだ。
「クロエ!」
名を呼ばれ、声がした方向に顔を向ける。頭がくらくらして少しぼやける視界に、白い銀髪とよく日に焼けた顔が映った。クーリッジだ。その手には、見慣れた白い洗面器とタオルがあった。
ふと、おそらくクーリッジが開けたドアの向こうから消毒液の匂いが漂ってきた。どうやら病院の、間借りしている私の部屋のようだ。
「クーリッジ……。シャーリィと、ノーマは……?」
「2人はウィルの所に報告に行った。多分そろそろ戻ってくるよ」
そんなことより自分の心配しろ。熱も出てんだから。そう言いながら、クーリッジはベッドの傍にあった椅子に座る。どおりで頭がぼんやりとするわけだ。身体も怠い。
「そうか……。お前がここまで運んでくれたんだな。ありがとう」
「そんなの、当たり前のことだろ。いいから休んでろって」
洗面器の中に浸したタオルを絞り、広げてから畳まれたそれを額に乗せられる。ひんやりとしていて気持ちいい。目を細めながら、ちらりとクーリッジを見上げる。けれど彼はどこを見ているのか、不愛想な表情でじっと目を伏せていた。
「クーリッジ……何か怒ってないか……?」
何となく棘のある声に引っかかって、思わず尋ねてしまった。だって、まるで出会ったばかりの頃のような、そんな顔をしているから。
「……別に」
私の問いに対して、短く一言。目は口ほどにものを言うとは、こういうことを言うんだろうか。
「やっぱり怒ってるじゃないか」
「………」
半眼になって言えば、今度は無言。つまり肯定だ。
クーリッジが怒っている。おそらく私に対して。
自分の行動を思い返して、すぐに原因が何か思いつく。ああ、そうか。
途端、体中から罪悪感が押し寄せてきた。
「確かに、皆に迷惑をかけてしまった、な……」
私の呟きに、クーリッジがさらに険しい表情になる。やはりそうか。
あの程度の敵に負傷して、倒れて。……失望、させてしまっただろうか。そう思うと胸が軋んだ。
「すまない、もう、このように倒れたりはしないか――」
「違う!」
せめて謝らなければ。そう思って続けた言葉は、荒らげたクーリッジの声に掻き消された。突然のことに、私は目を丸くして口を噤んだ。
「俺が腹立ってるのはそんなことじゃない。ひとりで突っ走って、自分を犠牲にするようなことをしたクロエに怒ってるんだ!」
膝の上で拳を握りしめて、クーリッジは怒る。その怒っている理由に、私は戸惑った。
「皆に、迷惑をかけたから…じゃないのか…?」
「当たり前だろ!お前が怪我したとき、どれだけ心配したと思ってんだ!!本当に……!」
そう言ったクーリッジの声は、まるで彼自身が怪我でもしているかのように痛々しい。その言葉と声音で、とても心配させてしまったんだと知る。さっきとは違った罪悪感と、こんなにも心配してくれたことに、不謹慎ながら嬉しく思ってしまった。
「心配、させてしまったんだな。でも、もう大丈夫だから……」
どこが大丈夫なんだよ、と非難めいた口調で言い返される。確かにそうかもしれない。情けないことに、起き上がることだってままならないのだから。
けど、本心だった。だって本当に楽になったんだ。身体が熱で怠いままだが、のしかかっていた重りが消えた気がした。
「もう、あんな無茶はしないでくれ」
クーリッジが小さく、まるで懇願するような声で訴える。眉を下げ、子供のような不安そうな表情だ。
こんな顔、出会った当初だったら見せてはくれなかっただろう。そのことが嬉しくて、少しだけ胸が痛む。
「……悪いが、それは約束できない」
だって、そんな約束、私には断るしかないから。
クーリッジの表情が苦しそうに歪んだ。何故だと、その海のような青い瞳で問いかけてくる。
そんな顔をしてほしかった訳では決してない。けれど、できるならこんな私の決意を受け入れてほしくて、私は自分の気持ちを吐露した。
「私は、昔よりも強くなった。……と思う。驕っていると思うかもしれないが、その力で、皆を守りたいんだ」
この遺跡船で、いくつもの困難を仲間と共に乗り越えてきた。
「それなのに、目の前の人すら守れないようじゃ……」
騎士として、失格だ。
彼にではなく、自分に言い聞かせるようにそう吐き出した。
「すまない。今のは忘れて――」
「だったら、俺がクロエを守る」
忘れてくれと、言い切る前にクーリッジは突拍子もないことを言ってきた。私は驚きに固まって、それからはっと我に返って慌てて口を開く。
「な、何言って……」
「クロエの気持ちはわかった。でも、そのためにクロエがこんな目に会うのを黙って見てるなんて御免だ。だから、俺が守る」
繰り返されたその言葉に、不覚にも胸が高鳴ってしまった。
何でそういうことを躊躇いもなく言ってくるのだろう。何でそうやって、こっちの心を身勝手に掻き乱してくるのだろう。
―――やめてくれ。折角、諦めかけていたのに。
「っ、お前は、シャーリィを守るんだろう?私は、自分のことは、自分で守れる…!」
怒りにも似た感情がこみ上げてきて、思わずキツイ口調になってしまう。熱が上がってきたのか、喉が狭くなったようで息苦しい。
違う。こんなの、八つ当たりだ。気持ちに整理がついていない、未練たらしい自分が嫌になってくる。
「今のお前がそんなこと言っても、全然説得力ないぞ」
呆れた目で言われ、うっと口を噤んだ。怪我をして、倒れて、あまつさえ熱を出してこの様だ。ぐうの音も出ない。
一気に情けない気持ちになって唇を噛みしめていると、クーリッジはそれに、とまた口を開いた。
「俺は、クロエだって守りたいんだよ」
穏やかな瞳で、そう言われた。
思わず呆然とクーリッジを見つめた。見つめて、泣きそうになって、慌ててシーツを目元まで引き上げた。
だって、そんなの、酷い。そんなことを言われたら、どうしたって期待してしまう。諦めようと必死で消した火が、また性懲りもなく胸の奥で灯ろうとする。
でもそんなこと、言えるわけがなくて。誤解されるから、そういうのは好きな相手に以外に言うべきではないと、そう言い切れるほど諦めがついているわけではなくて。
「っ…私は…そんなに頼りないか…?」
だから私は、仲間としての不甲斐なさをクーリッジに訴えた。
対等だと思ってたのは、私だけなのか。それだって、肩を並べて戦っていると思っていた私にしてみれば充分に悲しい。
そんな不安が頭をもたげたが、クーリッジが慌てて違う!と否定した。
「そういう意味じゃない。クロエは強くなったし、信頼してる。俺が言いたいのはそうじゃなくて……」
口早に言葉を連ねていたその声が不自然に途切れた。彼を見れば、視線を忙しなく彷徨わせて、何かに迷っている様子だった。
その姿をしばらく眺めていると、クーリッジはキッと睨み付けるように私を見て、言った。
「強さとか関係なく、クロエだから守りたいんだよ!」

―――一瞬、頭の中が真っ白になった。
半ば叫ぶように言われた言葉が何なのかわからなくなって、ようやく追いついてきた頭がやっとその意味を理解した。瞬間、高かった体温がいっそのぼせそうなくらい上昇する。
「は……はぁぁっ!?」
何を言っているんだこいつは!そう叫び返そうとした台詞は、ただの悲鳴になり果てた。
ま、待て落ち着け私!クーリッジは仲間だからそう言っただけできっとノーマやジェイ達にも同じことを言うわけで決して深い意味は…っだから高鳴るな落ち着けっ!!
熱が出ているのも忘れて、思わず雑念を振り払おうと思い切り頭を振る。案の定、目眩と痛みに呻く羽目になった。くらくらというより、最早ぐらぐらする。
「な、何やってんだ、大丈夫か?!」
クーリッジがうろたえながら聞いてくる。うるさいお前のせいだ!
そんな文句すら言えないまま頭を押さえる。鈍痛がようやく治まってから深く息を吐き、額に手の甲を押し付けて睨むようにクーリッジを見上げた。
「……つまり、お前の足を引っ張っているわけじゃ、ないんだな…?」
問い掛けると、セネルは少し怒ったように眉を寄せて頷いた。
「当たり前だろ?クロエだって、二人が足手まといだから守ったわけじゃないだろ?」
「それは、そうだが…」
「これは俺が勝手に決めたことだからさ。クロエはクロエで守りたいものを守ればいい。俺は、そんなクロエを守るから」
「…………」
ズルい、と思った。そんな風に言われたら、頷くしかないじゃないか。
言い負かされたようで少し悔しいけど、それ以上に嬉しくて、どうしたって顔が緩んでしまう。
それを隠すようにわざとしかつめらしい顔をして、悔し紛れにこう言った。
「わかった。けど、ならば私だってやりたいようにやらせてもらうからな。一方的に守られるのは好きじゃないんだ」
私は騎士だ。騎士の本分は戦うことじゃない。守ることだ。
私が剣を手に取った理由は、誰かを傷つけてしまうようなものだったけれど。
それとは別に、国を守る、家族を守る父様の背中に、私はずっと憧れていたんだ。
「だから私も、勝手にお前を守らせてもらうぞ。クーリッジが守りたい者を、守れるように……」
クーリッジが私を守るなら、私だってクーリッジを守ってみせる。そうすれば私もクーリッジも、また大切な誰かのことを守れるだろう。
どうだと言わんばかりに不敵に微笑めば、クーリッジはどこか子供っぽいむすっとした表情で私を見た。どうやら不満にさせることに成功したらしい。
そのことにふっと笑みを零しながら、私は眠りについたのだった。


〜おまけ〜
「……俺が"守りたいもの"に守られたら、意味ないだろ」
たった今夢の世界に旅立った人物に顔をしかめる。クロエらしいといえばクロエらしい。そう納得しながらも、胸のもやは晴れない。
俺が言ったこと、全然わかってないな、こいつ。
俺が本当に伝えたかったのは、シャーリィやノーマ達とは違う意味で。
「ずっと、守っていきたいんだよ。お前を」
クロエの前でじゃなく、隣で。
呟いて、そうかと気付く。守るじゃなくて、共に歩んでいきたいと言えばよかったのかもしれない。いやこれでも通じるか微妙なラインだ。
俺のことを鈍感だって言うくせに、クロエだって充分に鈍感だ。
安心しきったような顔で眠る彼女に非難の眼差しを送るが、そう長くは続かない。だってその気を許した姿が、俺にはどうしたってかわいく映るんだから。
俺は自然と目を細めながら、クロエの前髪をそっと撫でた。タオルも少しぬるいから、また絞り直そう。

ずっと部屋の前で盗み聞きしていたノーマに声を掛けられるまで、オレは飽きもしないでクロエの寝顔を見つめていた。





あとがき
久しぶり過ぎてどこらへんの時系列かわからな過ぎた…。しかも自分のサイト見ても書いてないという…これは時系列考えずに書きたいネタ書いただけのやつ…うわぁい懐かしくもいたたまれない…!
でも当時は今よりずっと勢いがあったなって読み返しながら思いました。こう、とにかくこういうのが好き!っていうのを書いた感じ。
何となくですが多分キャラクエ入ってて、さらに多分クロエ編以降の時間軸だと思います。多分。
2009.10.10 リメイク→2018.6.17


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