#カワイイ とは


「ありがとうございましたー! すっ……ごく素敵な動画が取れましたっ!」
まくし立てるような勢いで礼を言って、広報部の生徒たちは興奮気味に生徒会室を出て行った。彼女たちを見送りながら、エアグルーヴは小さな達成感と共に息をつく。どうやら役目は充分に果たせたようだ。
ふと、すぐ傍らに気配を感じる。視線を向ければ、穏やかに微笑むシンボリルドルフの姿があった。
「お疲れ様、エアグルーヴ。君の瑶林瓊樹(ようりんけいじゅ)さが伝わってくる、精錬された美しいダンスだったよ」
かけられた賞賛があたたかく胸に満ちる。その感覚にエアグルーヴは目を細め、ゆっくりと頭を下げた。
「お褒めに預かり光栄です、会長。生徒会室での撮影を承諾してくださり、ありがとうございました」
「なに、生徒たちに貢献してこそ生徒会だ。君の行動は、生徒会の理念にもまた基づいている。寧ろ期間中は、広報活動の方に専念してもらってもかまわなかったのだが……休憩の合間とはいえ、業務時間中に動画を撮るくらい、かなりタイトなスケジュールだったのだろう?」
「その点については許可をいただく際にも申し上げましたが、生徒会活動を疎かにするわけにはいきませんから。それこそ生徒会の理念に悖ります」
きっぱりとそう言えば、目の前の端正な顔が苦笑いを浮かべた。
「君らしいな。まあ、そのおかげで君のダンスをこの場で見る幸運に恵まれたわけだが」
杓子果報(しゃくしかほう)とはこのことだ、と笑うルドルフに、エアグルーヴもつられて微笑む。勿論完璧に仕上げてきた自負はあったが、彼女にそう評されるのは素直に誇らしかった。
先ほどエアグルーヴが踊っていた曲は、大手芸能プロダクションのアイドルグループが歌っているものだ。彼女たちのテーマ曲であり、知名度も高く人気も高い。
また、所属するアイドルは数多くいることでも有名である。テレビや配信で目に留まり、気になって検索すると大抵そのプロダクション所属のアイドルだったということが何度もあるほどだ。
その大規模アイドルグループと、トレセン学園でコラボ企画が行われることが先日決定したのだ。先ほど広報部がエアグルーヴのダンス動画を撮りにきたのも、その企画のひとつだった。
エアグルーヴも詳細は聞いていないが、何でもスペシャルウィークとプロダクション所属のアイドルがひょんなことから出会い、意気投合したことが発端らしい。何でも新潟競馬場でレースをしたあと、観光中に迷子になったところを助けられたのだとか。
その際にライブやダンスの話題で大いに盛り上がったようで、スペシャルウィークと意気投合したそのアイドルが、トレセン学園とコラボできないかと自身のプロデューサー掛け合ったらしい。そして実現したのが、このコラボ企画というわけだった。
「それにしても、改めてアイドルのダンスを見ると新鮮だな。我々が踊るウイニングライブと共通する点もあるが、人間が踊ることを想定したダンスゆえに異なる部分も多い」
「歌いながらとなると、我々ウマ娘ほど激しいダンスは難しいのでしょう。ですがその分、腕の振り方や角度までをより一層意識する必要があります。今回のダンスで、私も学ぶべきところが多々ありました」
ルドルフの感想に頷きながら、エアグルーヴも自身が体感したことを話す。
実際、激しい動きがない分、限られた動きでどれほど魅せられるかを深く考える必要があった。それこそ指先の動作ひとつで、別のダンスに見えるほどに変わるのだ。
頭の先から爪の先まで、手足がどのように動いているかを常に意識したうえで踊る。その重要性を、よくよく実感することができた。
初めは何故自分が指名されたのかと疑問に思ったが、案外と良い経験になったものだ。今後は人間のダンスも参考にすることにしよう。
「学園の方では、先程のダンス動画を君のほかに数人ほど撮影し、それをウマチューブのショート動画に掲載するのだったか」
「ええ。企画のメインは向こう側なので、こちらは宣伝が主のようです。あとで編集後の動画も送ってくれるとのことだったので、それを自身のウマスタでもあげようかと」
それで少しは宣伝活動に貢献できればいい。自分のファン層とはかぶらないかもしれないが、きっかけはいくつ作っておいても損はない。
お互い、応援してくれる者たちがいてこそ成り立つ部門だ。エアグルーヴ自身にプロダクション所属の者たちとの交流はないが、賭ける熱意にそう変わりないのだろう。この企画で、少しでも彼女たちの夢の架け橋になればいい。
「時にエアグルーヴ、つかぬことを聞くが……」
「はい、何でしょう」
「カワイイ、とはどのようにすれば表現できるのだろうか?」
「はい……はい?」
そう企画の成功を願っていたとき、ふいに突拍子もないことを問いかけられた。エアグルーヴは思わずルドルフに視線を向けて聞き返す。自分の耳を疑ったが、ルドルフは大真面目な顔をして同じ問いを繰り返した。
聞き間違いではなかったらしい。それはそれで衝撃が大きい。
一体どこにそんな話題になる要因があっただろうか。流れについていけずに混乱していると、ルドルフは眉を下げて困ったように微笑んだ。
「どうにも私には、愛嬌というものが足りないようでね。その点については大いに自覚もあるから、何とかせねばとは思っているのだが……如何せん十年一日といったところなんだ」
そんなことは、と言いかけて、エアグルーヴは口を噤む。言い分が正しいから言葉を詰まらせたわけではない。
彼女にだって愛嬌はある。例えば好奇心をくすぐられるものを見つけた時の輝く眼差しだとか、叱り飛ばしたときにしゅんと耳を垂らす姿だとか。わかりにくいうえに反応にも困るが、ダジャレを閃いたり披露する際の笑顔は愛らしいとすら思う。寝起きの悪さも愛嬌と言えば愛嬌ではないだろうか。
それに、彼女を慕うトウカイテイオーやツルマルツヨシと共にいる彼女は、驚くほどに優しく穏やかな表情を見せるのだ。思わず惹き込まれてしまうほどに。それを微笑ましいと思うと同時に、少し羨ましいと感じているなどとは、口が裂けても言えやしないが。
だがこれは、エアグルーヴの主観が大いに混じっているものだ。万人が共感するかといわれると、正直答えあぐねる。
何より、”皇帝”たらんとする彼女にしてみれば、そういった姿を大衆に晒すことは不本意でもあるだろう。ダジャレはともかくとして(寧ろダジャレの方こそ大衆の面前で披露するのは控えていただきたいところであるのだが)。
そしてエアグルーヴの心情としても、あまり推奨したくはなかった。──それらは心を開いた者に対してだけ垣間見せる、シンボリルドルフ本来の表情なのだから。勿論、これも到底本人に言えるようなものではない。
何も言わないことを肯定と捉えたのか、ルドルフは苦笑いを深める。しかしすぐに表情を引き締め、顎先に指を添えて言葉を続けた。
「その点、先ほどの君のダンスは、気品に溢れていながら可愛らしくもあった。何か踊り方に秘訣があるのかと注目していたのだが、どうにもわからなくてね」
「そ、れは、その、光栄ですが……」
唐突にそう褒められて目を泳がせる。じわりと頬が熱くなる感覚に、エアグルーヴは慌てて顔を伏せた。待て落ち付け。そう見えるように踊ったのだ。今さら照れるな。
頭の中でそう繰り返し、何とか平静を取り戻す。気を取り直して顔を上げ、真剣に考え込んでいる様子のルドルフを見つめた。
「そもそも、ダンス自体が可愛らしいものだからということではありませんか?」
「ウイニングライブにも可愛らしいダンスはあるだろう? それを私が踊っても、世間一般の評価は概ねダンスの技巧に対する感想ばかりだ」
そうだろうか。例えば『ぴょいっと♪はれるや!』なら……と思わず想像し、ときめきを覚えたところで我に返った。いかん、とまともな思考を取り戻すために首を振る。その間、ルドルフは不思議そうにエアグルーヴを伺っていた。
「しかし、そういったことであればもっと適任がいるかと……テイオーやスマートファルコンなどの方が、私よりもずっと詳しいでしょう」
「だが、彼女たちの場合は元来の資質を伸ばしたものだろう? 君のように"女帝"としての品格を崩さずに、となると、テイオーたちの魅せ方とはまた異なる表現になってくるのではないかな」
確かに、それも一理ある。しかしエアグルーヴ自身、そこまで可愛らしさに重点を置いて踊ったわけではないのだ。果たして教えらしい教えをルドルフに教授できるものだろうか。
ちらりとルドルフの顔を見る。その表情は真剣そのもので、本気で会得したいのだと伝わってくる。
逡巡のあと、エアグルーヴは腹を決めた。
「……わかりました。そこまで評価していただいているのであれば、微力ではありますが協力させていただきます」
「おお、そうか! ありがとう、エアグルーヴ。早速日程を合わせよう。君の都合がつく日取りでかまわないよ」
ぱっと顔を明るくしてスマホを取り出したルドルフに、エアグルーヴは苦笑まじりに目元を緩めた。そういったところも可愛らしいと思うのだが、やはりその姿を見るのは限定的でいいと思ってしまう。我ながら狭量だと思うが、こればかりはどうしようもない。
その代わりといってはなんだが、短所を補おうと努力する彼女の力になれるのであれば、喜んで尽力しよう。己の欠点に真摯に向き合う姿勢は彼女の美点であり、エアグルーヴが尊敬する面のひとつだ。カワイイを追求するという、何とも奇妙な話になってしまったが。
それに、とエアグルーヴは瞳をきらめかせる。ルドルフのダンスを間近で見ることができるのは、こちらとしても願ってもないことだった。
尻尾の振り方までも精錬された彼女のダンスは、学ぶべき点が非常に多い。存分に勉強させてもらうとしよう。
「ありがとうございます。候補日はいくつかあるのですが……」
同様にスマホを取り出したエアグルーヴは、己の予定が記載された画面をルドルフに見せる。互いの予定表を覗き込みながら、エアグルーヴは共に鍛錬に励める日を思い、そっと頬を緩ませたのだった。

そうして後日、ダンスホールにてアイドルソングを練習する二人を目撃した生徒により、生徒会と大手プロダクションのサプライズ企画があるのではないか、という噂があっという間に広まったのだとか。さらには根も葉もない噂がプロダクション側にも届き、果ては企画の打診にまで辿り着いて「とんだとばっちりだ」と心底嫌そうな顔をして愚痴をこぼすブライアンの姿が、あったとかなかったとか。



あとがき
お互いがお互いのこと可愛いと思ってたらカワイイなって思います。
女帝のおねシンあんまりにも女帝で最高でしたね…最高だった…。あんまりにも完璧なパフォーマンスにこの動画撮るまでに何回もダンスモーション見て研究して動きや仕草や表情から全部完璧に仕上げてきたんだろうなって思うと女帝が女帝でエモさがすごい…。というかキャラによってモーションに差分があるの細かすぎませんか???すごすぎません????本当にありがとうございます。

会長、イクノみたいにカレンチャンの影響でカワイイを理解しようとしてたりしてたら可愛い。公式で会長がカレンチャンやシチーと交流があるのがほんと良い。あまりにも良い。オシャレとかカワイイとか映えとかそういうの門外漢だった会長がカレンチャンやシチーに色々教えてもらったりそういうアイテムとかもらってたりする可能性がある世界…でもマルゼンお姉さんからのナウい知識も積まれてるから多分時々トンデモないことになる。
22.8.18


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