戦友日記

※追加設定とかのメモ用にFF戦友の出来事をうちの子視点で日記形式で書いたら面白そうって思って書いてたやつ。この設定だったらこうなんじゃ?的なねつ造部分あり。思い立ったのが途中だったので少しシナリオと違っています。
うちの子王の剣。出身ガラード諸島。初期武器:太刀。ボイス4。


名前と、武器に彫られた故郷の名称。職業は王の剣。
私が私自身について知っているのはそれだけ。正確には、憶えているのがそれだけだった。
あと、それから。
自分が王の剣であるということ。そしてパスコード付きのスマートフォンと、宛名のない手紙。
その数少ない所持品と職業が、今の私にとってのすべてだ。

11月15日
目が覚めたらトラックの荷台に寝転がっていた。瓦礫の傍で倒れているところを助けられたのだと声をかけてきた男性に聞いた。彼はリベルトさんと言うらしい。初めて聞く名前だ。頭が痛い。
簡単な質疑応答。自分の名前、わかる。所属、王の剣。スマートフォン、ポケットに入っていた。けれどパスコードがわからなくて使えない。
それと懐にもうひとつ。彼には言わなかったが、宛名のない手紙をとても大事そうにしまっていた。
どうやら自分は記憶を失くしたらしい。実感の沸かないままぼんやりと流れる景色を眺めていたら、唐突に車体が大きく揺れた。周りの人の声を聞くに野獣が現れたようだ。
「お前も戦えるだろ?」
当然のように言われ、いきなり何もないところから武器を出したリベルトさんを見て驚く。けれど、ああそうか、とも思った。
そうだ、確か、こうすれば。
記憶がなくなっていても身体は憶えている、とはこういうことなんだろう。勝手に動く腕に身を任せれば、手のひらに武器の柄がしっかりと握られていた。
それから、そう、思い出した。

―――故郷の誇りに。

王の剣の合言葉。
それが私たちの戦う理由だった。
不思議と手に馴染んだ太刀には、聞き覚えのないどこかの街か地方の名前が刻まれていた。


野獣を倒しつつリベルトさんの指示で食料になりそうなものを拾いながらレスタルムまで走れば、そこにも野獣がいた。けれど、強力な助っ人も来てくれた。
他とは少し違った質の魔力が込められた刀を持った、背丈のある大柄な男性。疲れ切っていた王の剣の人たちが突然目を輝かせてコル将軍!と叫んだ。不死将軍が来てくれたからもう安心だ、とも。
その人は野獣たちを軽々と屠っていくと、後処理をトラックに乗っていた人たちに任せて私についてこい、と命じた。その一言で背筋が伸びる思いで小走りについていけば、三連ほど縦に連なった車の壁があった。
「開けてくれ」
瓦礫にしか見えないそれは、コル将軍の合図でガタガタと音を立てて上に持ち上がった。狭い通路を通ればなるほど、一見荒らされたままに見える建物や瓦礫は、バリケードとして活用されていた。
「さっきはいい動きだった」
静かにこぼされた賞賛。驚きのあまり言葉を失って、慌てて礼を言う前にコル将軍は足を止めて私に向き直った。
「腕に覚えがあれば、ぜひともその力を人々のために使ってもらいたい」
シガイに怯える人たちのために。少しでも飢えを凌ぐために。
「オレも、いつ前線に立てなくなるかわからないからな」
次いで小さく呟かれたその言葉。
それはその刀の魔力が弱くなっているからですか?と問えば、コル将軍は終始変わらなかった表情に、少しだけ寂しげな色を乗せ、そうだ、と短く答えた。
そのまま階段をのぼると、色々なものがごちゃごちゃと集まっている広場に出た。コル将軍の部下らしい女性と、顔馴染みらしい女の子とおじいさんたちが将軍のもとに集まって、小さな輪ができていた。

とりあえず、今日からここが私の活動拠点になるようだ。


11月16日
リベルトさんに拾われた翌日、彼の勧めで王都警護隊のモニカさんから仕事を斡旋してもらうことになった。
彼女の後ろの柱にはメモ帳サイズの紙がびっしり。柱を埋め尽くす勢いで重なり合う依頼の量に、コル将軍が人手が欲しいと言っていた意味がようやくわかった。これは人手と戦力がいる。
「まずは勘を取り戻すために、簡単な討伐依頼からお願いしましょうか」
モニカさんは私が記憶喪失であることを知っているようだった。アドバイスに素直に従い、勧められた変異ガルラの討伐依頼を請け負うことにした。
一晩休んで、ひとつわかったことがある。どうやら私の記憶喪失は、全てではなく一部分を忘れている類のものだということ。
具体的には今まで出会った人物と行った場所に関する記憶がごっそりと抜け落ちている。
日常生活に支障はない。ある程度の教養もある。でも、その知識をどこで、誰に教えてもらったのかは思い出せない。そんな具合だ。
とりあえず別段困ってはいないので、今は新しい生活に慣れることを優先する。王の加護で身体が丈夫になっているとはいえ、着替えのストックは欲しい。


討伐は無事に完了した。とりあえず自分が使える武器と魔法はわかった。どうやらある程度の武器は使いこなせるようだ。一番慣れているのはやっぱりというか太刀だった。
武器の汚れを払い、共に討伐に参加したハンターの人が血抜きをしたガルラを縄で縛ってキャンプ地まで持ち帰った。

野獣の変異体とは、街の人の噂だとシガイに憑りつかれた野獣のことをいうらしい。変異した野獣はシガイと同様凶暴化し、無作為に人々を襲う存在になっているとも。
もしそれが本当だとしたら、変異した野獣の肉は食べられるのだろうか。興味本位で変異ガルラも持ち帰ったら、様子を見に来てくれていたモニカさんが美味しいステーキにしてくれた。モニカさんにこっそり聞くと、どうやら光を当ててから調理すれば食べられるのだという。
一体誰がそれを一番最初にチャレンジしたんだろう。見た目はそんなに変わってないにしても、はっきり言って勇者だと思う。

11月17日
緊急だというカーラボスというエビに似た野獣の討伐を請け負った。噂だとカップヌードルの具材にした人がいたのだとか。一般的に流通してる食用のものじゃなくて、今日倒したの巨大な方を。
何で野獣サイズにこだわったのだろう。料理に詳しいわけでもないがでかければいいってものじゃないと思う。今回は狩って持ち帰るけど。

倒したサハギンはキャンプに持って帰ってみんなで捌いた。こういう野獣たちの肉や骨もお金になるようで、共闘したハンターの人達はとても手慣れていた。見た目も口も怖いけど気のいい人たちだったけど、同じ王の剣の人と一緒に捌き方を教えてくれた。
それから今回はケニークロウという、サーモンで野獣を倒しまくってた人っていうか着ぐるみも任務に参加していた。何故か。誰も何もツッコむ素振りもなかったから何度か共闘した経験があるのだろう。でも何度見ても気になると思うのは私だけなんだろうか。というかあのサーモンは本物なんだろうか。
今だって無言でサハギンの腹をかっさばいている。けっこう怖い。何で着ぐるみで戦ってるんだろう。というか武器召喚使えたってことはこのひとも王の剣の人なんだろうか?…………深く考えないことにした。

モニカさん特性レスタルム風のモツ煮込みはすごく美味しかった。残りの肉とエビはレスタルムの人達の食料になるそうだ。


その日の夜。割り振られたホテルの一室で、ベランダから街を眺めていたら突然目の前が青く光りだした。
そこから現れたのは半透明の鎧の巨人。それがこちらに向かって腕を伸ばしてきた。
あまりの自体に思わず逃げかけたとき、ふいに自分の魔力が異質なものに変化したのを感じた。
青白く光る巨人は、そのまま夜に溶けるように消えていった。呆然としまましばらく外を眺めて、ふと身体の違和感に気付く。
急いで上着を脱いで確認すれば、今日の戦闘で負った傷が全て消えていた。

翌朝、王の剣のメンバー内は回復魔法の質が変わったという話題で持ちきりだった。輪の中のひとりがケアルを使ったら、確かに今までの魔法と明らかに違っていた。
そういえば、と誰かが言った。昨日、王の墓所からここに墓が運ばれてきたらしい。
違う誰かが言った。ならばこれは、歴代王が自分達に授けてくれた『加護』なのではないか。
一度静まり返った場に、あの巨人の声が聞こえたらしい誰かがぽつりと言った。あの巨人はこの力を『癒しの光』だと言っていたと。
異論の声は上がらなかった。


11月18日
モニカさんから、イチネリスのロープウェイの修理作業をしてほしいと直々の依頼があった。なんでもリベルトさんが私を推薦したらしい。
いつもと違い単独での仕事だったが、なんとか止まっていたロープウェイも直せた。おかげで足場の悪い場所の移動やシフトの感覚も掴めたような気がする。
……もしかして、気を遣ってくれたんだろうか?

そのあと工場の正門で待ち構えていたリベルトさんに連れられて、少しの酒といくつかの缶詰と、それから彼特製の肉料理を振舞ってもらった。
何か困ったことはないか?と問われ、缶詰の肉だと主張してくるような味の濃い肉をもそもそとつまみながら少し考える。
そういえば、来た当初から時々突き刺さるような視線を感じていることを思い出した。特に時々すれ違う一般人に。
困ってはいないが気になっていると言ったら、リベルトさんは複雑そうな顔をして訳を話してくれた。
ルシスとニフルハイム間で和平条約がなされたこと。しかしその当日に帝国は王都に大量のシガイを放ち、一気に戦場に変わったこと。
その帝国の謀略に、王の剣の半数以上が加担していたこと。
結果、レギス王は死に、王都が陥落した。
一瞬、視界が真っ白に染まる。段々と頭が痛くなってきた。少し目眩もする。
私もルシスを裏切ったひとりだったのだろうか。けど、その時のことを、まったく思い出せない。
「最初は王の剣ってだけで誰も彼もが反逆者扱いだったが、こないだ会ったコル将軍やその知り合いが説得してくれてな」
まったく、ヒーローってのは器が違うねぇ。
前にコル将軍がほんの一瞬だけ見せたような顔をしながら、独り言のように呟いたリベルトさんに私は何も言えず、ただ将軍が持っていた武器のことを思い出していた。
あの時は、ただ他とは違う力が気になってつい聞いてしまった。
けど、あの刀に込められていた魔力は、きっと。それなのにあんな言葉をかけてくれたんだ。
とても寛大な人なんですね。ようやくその一言だけ言えた。
「だから国籍問わず、戦える奴ら全員将軍の元に集まってんだ」
重くなった空気を吹き飛ばすように笑って自分の膝を叩いたリベルトさんは、まぁもう一人のまとめ役のおかげでもあるんだけどよ、と続けた。
「特に国外の避難民や兵士たちは、その人の影響がでかい。そっちにもそのうち会えるかもな」
言いながら自分が持ってきた酒を全部飲み干してしまった。私は最初に注がれた酒を何気なく手元に引き寄せる。
リベルトさんが作ってくれた料理は、鼻につんとくるようなにおいとかなり独特な味がした。何だか懐かしいような、そうでもないような。頭はまだ少し痛かった。


11月19日
シドニーという整備士の女の子が運送する車の護衛任務の終えたあと、レスタルムに戻ったら護衛をしてくれたお礼にと彼女が食事を作ってくれた。
大きなビンいっぱいに詰まった野菜のサラダ。新鮮な野菜をこんなにたくさん食べたのは、ここに来てはじめてだった。角切りチーズと酸味の強いドレッシングと一緒にありがたく食べきって、同じものをフォークでつついている彼女にお礼を言う。
「気に入ってくれてよかったよ!今度ジイジにも作ってあげようかな」
笑顔が眩しい。古着を売って街の人達に貢献しているイリスちゃんもだけど、彼女たちの笑顔を見てると何だか元気が湧いてくる。
どうやらシドニーにはおじいさんがいるらしい。絶対喜んでくれるよと言えば、どうかなぁ、と苦笑いが返ってきた。

翌日、任務の前に武器を改造をしようと整備技師のシドさんのところに立ち寄ったらシドニーがいた。彼女も整備士と言っていたから知り合いなのだろう、と思っていたら意外な言葉が聞こえてきた。
「ジイジ、朝ご飯まだでしょ?今日はあたしが作ってきたんだ!」
「余計なことを……お前も仕事があんだろうが」
「今日はそんなに立て込んでないから平気だよ。たまにはいいじゃん。適当なものばっか食べてると、そのうち身体壊しちゃうよ」
ジイジ。
ジイジ?
武器に使う素材から目を離して、ついでに手からも落として、シドニーとシドさんを見比べる。三度見くらいした。

「どうしたの?」
声を掛けられてやっと我に返った。それから恐る恐る、シドさん見ながら尋ねる。……おじいさん?シドニーの?
「そうだよ。ファミリーネームは違うけど、ちゃんと血のつながった私の祖父」
嘘だ。思わず呟いたらシドニーがおかしそうに嘘じゃないよ、と笑った。
「あたしの整備技術はジイジ仕込みなんだ」
……よくこんな明るくていい子に育ちましたね。
声に出てたらしい。シドさんがもう武器改造させてやらねぇぞ、とぶっきらぼうな声が飛んできた。ごめんなさい。


11月20日
新人だというハンターに頼まれ、上司に報告している間だけ見張り番を変わっていたら、バリケードの外の空気が一瞬にして変わった。
小さな木のような、赤黒く腫れた人の手のような、紫のグロテクスな物体。それがコンクリートを突き破って生えてきたかと思うと、シガイが大量に湧いて出てきたのだ。
あまりに予想外の事態に、見張りのことも忘れて呆然としていると、上からよく通る声が聞こえてきた。
「ちっ、こんなとこにまでシガイが……!」
見張り台に立つ自分よりも更に上空。思わず見上げれば、一体いつの間に登ってきたのか、竜を思わせるような兜や装備を身に着けた女性が倒れかかった電柱の先に佇んでいた。
「あんた達、戦えるんだろ?ほら―――来るよ!」
それを合図に、女性は勢いよく滑空して大きな槍でシガイをまとめて吹き飛ばした。

大量のシガイを短時間で一掃できたのは、ほとんどこの人のおかげだった。アラネアさん、というらしい。
コル将軍が一対一の戦闘により秀でているのなら、アラネアさんは一対多数で本領を発揮するタイプだろう。シガイと一緒に吹き飛ばされかけながら思った。もちろんどちらも戦闘能力が全般的にずば抜けている前提で。
ハンターの人かと聞いたら、何てことないように帝国の傭兵をやっていたと言ってきた。しかもニフルハイム帝国軍の元・准将だとも。 ふと、ニフルハイム人と知られて子供に石を投げられたと、一般の避難所の外で座り込んでいた人たちを思い出した。服も心もくたびれた様子の彼らは、仕方ないよな、とその境遇を諦めて受け入れていた。
だからつい尋ねてしまった。そんなことをルシス人に教えていいのかと。
そうしたら、アラネアはただ肩を竦めて「別に?事実だし」と言った。
「あたしはあたしなりの理由があったから帝国軍に入ってた。ただそれだけよ。それに大事なのは生まれや過去じゃなくて、今何をやってるかだろ?」
笑いながら颯爽と避難区域に入っていく姿は、とても堂々としていた。私もなんとなく胸が軽くなった気分だった。
あとから聞いた話で、アラネアがこの前リベルトさんの言っていたコル将軍と同じ私たちの統括者だと知った。納得だ。


11月21日
あれからあのグロテスクな木のようなシガイを度々見かけるようになった。
あれは何なのだろう。ビブさんに何か情報はないかと聞いたら、そういうのは情報屋のが詳しいと、小さな男の子を紹介された。
この子のお兄さんかお父さんがそうなのかと思ったら、その子本人がまさかの情報屋だった。
「そのシガイなら多分、レゼルボアだと思います。とある有名な生物学者の方の手記に、似たようなシガイのことが書かれていました」
レゼルボア。病巣という名のシガイ。タルコットという男の子に渡された紙には走り書いたような文字が印刷されていて、確かにさっきのシガイに該当することが記されていた。
その生物学者の手記によると、レゼルボアが周囲の生物を急速にシガイ化させて、周辺の生態系を崩しているらしい。そしてシガイ化の原因は、シガイが生き物にとり憑くのではなく、プラスモディウム変異体という寄生虫であるということまで示唆されていた。
つまりレゼルボアは、プラスモデウム変異体を大量に生産できるシガイなのだろうか。
手記のコピーを眺めながら考え込んでいると、下からあの、と遠慮がちな声が聞こえてきた。
「この情報は王の剣やハンターさん、それから何人かの関係者だけに公開しています。ですから、一般の人にはまだ秘密にしておいてください。きっと相当混乱すると、コル将軍がおっしゃっていましたから」
確かにその方がいいのかもしれない。このことが知れたら、戦う術のない人達は過剰な防衛に走るかもしれない。今でも差別やデマがあると聞く。
とにかく今は人が生きるための基盤を作ることが先決。そう誰もが思っているはずだ。
自分の中で結論付けて、そういえば、とタルコットに視線を向ける。
君は怖くないの?そう聞けば、子供らしい笑顔を浮かべて怖くありません、と答えた。
「だって、僕はノクティスさまのことを信じてますから!」
そこで初めてルシスの王子……いや、レギス王を継いだ王の名前を知った。



×月〇日
送電範囲の拡大により、オールド・レスタまで電力が届くようになった。私は引き続きシガイや野獣の討伐や護衛を行っている。
今日は戦闘服の代わりにYシャツで任務に赴いたら、案の定ズタボロに汚れた。一応洗ってみたが、ほつれた個所は流石に自分では直せそうになかった。ダメ元でイリスちゃんに見てもらおうと、ホテルでこの間ビブさんからもらったTシャツに着替えて古着屋に向かう。
店に行くと、イリスちゃんは誰かと話し込んでいた。見るからに戦士らしい、大柄な黒服の男性。ジャケットの隙間から見える刺青がすごい。羽根の模様だろうか。
随分と打ち解けて話している二人に、邪魔するのも悪いかと少し距離を置いて眺める。さてどうしようかと考えていたら、こっちに気付いたイリスちゃんに声を掛けられた。
同時に大柄な男性もこちらを向く。正面から見れば、額と右目に十字の長い傷があった。
「もしかして繕いものですか?」
自分から要件を言うよりも早く、抱えている服に気付いたイリスちゃんがそう言った。よく気の付く子だ。感心しながら頷いて、ほつれたというか裂かれたYシャツを渡した。
その間も彼女と話していた戦士の人から視線を感じていた。コル将軍ほどじゃないが、威圧感がすごい。
「うわぁ、すごいですね……今日は何と戦ってきたんですか?」
爪痕多数に焦げ跡複数。確かに気にならないわけがない。
目を丸くする彼女に、戦士の人の視線が気になりつつも頬を掻いて今日の任務のことを話した。
討伐対象はガルキマセラとデスクロー。ルシスの帝国軍基地のひとつであるヴォラレ基地にて、施設内に保管されていたシガイが脱走。その負の遺産を処理するため、基地に派遣された。今回は正直死ぬかと思った。
「デスクローってのは、あれか?四足歩行に手が六本のデカい化け物で、周りに浮いてる変な物質使って攻撃しかけてくる」
戦士の人がようやく口を開いた。思ったよりも口調が若いことに驚きつつ、彼の言葉に頷く。すると、へぇ、と楽しそうに口角を上げた。
「相当厄介だったろ?ビームとか使ってきてよ」
「あ、もしかして前に兄さんが手強かったって言ってたシガイ?」
「ああ。シヴァの亡骸近くで出くわしたヤツだ」
二人の会話に、別の意味でなるほどと思った。イリスちゃんの兄。この人が。
どことなく雰囲気が似ている気がしていたから納得だった。目元辺りがよく似ている。揃って笑った顔を見たらなおのこと。
「オレはグラディオラスってんだ。あんたは?」
仲のいい二人を眺めていたら突然話を振られた。素直に名を告げると、グラディオラスはひとつ頷き、そしてニヤリと笑った。
「一戦、やらねぇか?あんたは口説くより剣を交えた方が楽しそうだ」
そこでもうひとつ気付いた。イチネリスの女の人たちが時々話題にする『いい男』とは、きっと彼のことだ。


模擬戦は街と工場を繋ぐ大きな橋で行った。互いに本気でやり合い、結果はギリギリこちらの勝利で終わった。
おかげで今度はTシャツもダメにしてしまった。こっちも繕ってもらうようだ。デスクローの時よりはマシだが、つくづく戦闘服は相当上部に作られているんだなと実感した。少し高くつくが、やっぱり予備の戦闘服を買っておくべきだ。

休憩しながら少しだけ話もした。
グラディオラスはレスタルムで暮らしているわけではなく、今日は物資の調達で訪れたのだそうだ。何でも武者修行をしているのだとか。どおりで今まで面識がなかったはずだ。
何故街を離れて修行をしているのか聞いた。彼は少し間を置いてから、王の盾になるためだ、と言った。
「守るための盾が脆くちゃ意味ねぇだろ?」
力強い言葉と笑みだった。
行方不明のノクティス様のものだろう魔力を纏った彼は、また縁があれば会おうぜ、と手を差し出した。岩のような手と握手を交わしながら、グラディオラスの誇らしげな顔を見て思う。
なのに、胸に広がるのは、空虚とざわめき。だって、わからないのだ。
今の私は、一体何のために戦っているのだろう。


「聞きましたよ。兄さんに勝ったそうじゃないですか!」
次の日、古着屋に行けば、そんな言葉と共に修繕されたYシャツを渡された。オーソドックスな白いYシャツは、モーグリやそれに関連する模様のアップリケが付いて随分と可愛らしくなっていた。
「コレ、秘密ですけど……兄さんの当面の目標にされちゃってるみたいなんで、頑張ってくださいね」
くすくすと笑いながら小さな声で打ち明けられた秘密に、驚いて固まった。
目標。グラディオラスの。私が。
「すごいヤツがいたって、かなり悔しがってましたから」
私よりすごいヤツなんてたくさんいる。アラネアさんとは面識があるかわからないが、少なくとも彼がコル将軍のことを知らないわけがない。
きっと彼の目指す強さはコル将軍を超えた先だ。王の盾だと言っていたのだから。
それでも、目標にすえてくれたらしい。
私が裏切り者のひとりである可能性を、知らないからかもしれない。罪悪感が募る。けど、それ以上に嬉しかった。
かけてくれた期待に応えたいとも、そう易々と越えさせたくはないとも思う。
自分からそうしたいと思ったのは、記憶を失くしてからはじめてだった。
また模擬戦をしようと伝えておいてほしいと言ったら、きっと伝えとかなくても挨拶一番に戦うことになると思いますよ、とイリスちゃんは笑った。
「本当は私も戦えるんですよ?まぁ、コル将軍が外に出してくれないんですけど」
納得のいかない、不満そうな表情で頬を膨らます彼女に、私まで笑みが浮かぶ。
自分も戦いたいと意気込むイリスちゃんと、眉間のしわを寄せながら、その実困ったようにダメだと突っぱねるコル将軍の押し問答があったのだろう。想像するととても微笑ましかった。

「暴走した魔導兵とか、バッキバキにできるんだけどなぁ」

今この子魔導兵バッキバキって言った。


×月◇日
変なシガイが出た。
バリケード外に店を構えていた雑貨屋の店主に頼まれて、店の様子を見に行ったら、トウテツ系の野獣とそいつがいた。
壺だった。浮いている壺。
これは何だろう。多分シガイだけど、そういうことじゃなく。
襲いかかってくる野獣を倒しながら警戒していると、壺から明らかに人外の顔がひょっこりと飛び出した。
『チョウダイ!』
シャベッタ。
『チョウダイ!』
しかも人語。鳴き声じゃなければ。
人語と理解していいなら「ちょうだい!」と言っている。
そう思うとどことなく表情も何か物欲しそうにしているような。それに敵意も殺意も感じない。
そういえば、店主は自分の店に妙なシガイが住み着いているのだと言っていた。もしかして、住み着いているのではなくて店の中に何か欲しいものがあるのだろうか。
店のガラス張りのドアの向こうに、特選サーロイン缶が落ちていた。ちらりとシガイを見る。何となく目が輝いた気がした。
傾くドアの隙間から腕を伸ばし、缶詰を拾って渡す。するとシガイはアリガトウ!と礼をいって、沢山のメテオの欠片を残して消えていった。律儀だった。


後日、タルコットと話していた時に、そういえば面白い話があると例の生物学者の手記を見せてくれた。それが偶然にもあの不思議なシガイについての記述だった。
あのシガイはマジックポッドと言うらしい。というかその生物学者が命名したようだ。きっとあれに遭遇したことのある人達は、この名前にうんうんと頷くことだろう。
シガイなら、この世界が元に戻ったらいなくなってしまうのだろうか。不謹慎だが何となく生き残っていてほしいと思ってしまった。


×月〇日
電気が届くようになったカーテス倉庫まで運搬車の護衛をした帰り、街の出入口でばったりシドニーとシドさんと出くわした。二人は自分達の工場まで工具を取りに戻っていたらしい。
「こっち着いてから、リードには行ったか?」
縦三台の車の門をくぐり抜けてから、シドさんが尋ねた。
シドさんはいつも話が唐突だ。だから別段驚かずに首を横に振る。
「実は、知り合いが海の方まで魚捕りに行っちまってよ。何でも、栄養の偏りがどうこうっつってな」
魚捕り。このご時世に。
確かに今は缶詰やレトルトのような保存食が主な食事だから、必然的に味付けが濃いものが多い。けど、だからといって野獣もシガイも蔓延る場所まで行く人はまずいない。
少なくとも私の知っている人の中には……いや、うん、何のてらいもなく魚捕ってきそうな人の方が多い気がするけど。そうじゃなく、常識的に考えて。
「『イグニス』ってやつだ。目が見えてねぇ」
また驚くことを聞いた。目が見えてないのに、魚捕りに?今は海にだってシガイがいて、つい先日目撃したという王家の船の捜索も難航しているというのに。
大丈夫なのかと聞けば、自分の身は自分で守れるくらいの力はあるとシドさんは返してきた。不安になってシドニーを見れば、彼女も心配ないというようにうんうんと頷いた。
「見かけたら、気ぃ掛けてやってくれ」
こちらの返事を聞くこともなく、そう言ってシドさんは話を切り上げた。前よりずっと明るくなった広場に着くなり、タルコットがシドさんに駆け寄ってきた。
何故面識などない私に、そんなことを頼むのだろう。問いたかった疑問は投げる前に行き先を失った。
シドさんとお揃いの帽子をかぶったタルコットと、その小さな頭をくしゃくしゃと撫で回すシドさんの二人を困惑しながら眺めていると、横から声がかかった。
「イグニスは、王子の友達なんだ」
本人は従者って言ってたけど。腰に手を当てて苦笑するシドニーの言葉に、少し前に聞いたシドさんの言葉を思い出す。

―――おめぇ、ノクティスとは顔合わせたことあるか?――ほら、行方知れずの王様だよ。
―――あんなナリして武器にゃこだわる性質でな、これもアイツんためにこしらえたんだ。……なのに、ヒトの大仕事を袖にしやがって。オヤジの顔が見てみてぇわ

「ほら、今って色んな噂が流れてるでしょ?そのなかで王子の捜索を打ち切ったこと、非難してる人達が色々と言ってるから」
だからじゃないかな、とシドニーは続ける。
「いつもブツクサ言ってるけど、王子のことけっこう気に入ってるんだ、じいじ。もちろん私もね!」
きっと君も好きになるよ。自信たっぷりの笑みを浮かべてシドニーは言った。
「それにしても、ホント仲良しだなぁ。孫の私より仲良さげだよ」
不満というよりも呆れたような、けれど楽しそうに呟く彼女につられて、まさに祖父と孫のようなやりとりをしている二人を、少し遠巻きに眺めていた。
明日は、食材調達の討伐依頼を受けてこよう。モニカさんに相談すれば、ギルの代わりに新鮮な食材を分けてくれるかもしれない。


×月□日
かつてチョコボの牧場があったらしい区域の周辺に、スモークアイとそのつがいが暴れまわっているという情報があった。実際に赴いてみれば、つがいともう一匹で計三体のベヒーモスと戦うことになったが。
おかげで今日はちょっとしたご馳走になるようだ。モニカさんがはりきっていた。
ちなみに以前の噂のカップヌードル好きな人はベヒーモスも具材として試したらしい。命を賭けるほどそんなにカップヌードルが好きなんだろうか。
カーラボスの時も思ったが、普通に肉として食べた方が美味しいと思う。今夜が楽しみだ。


ラフな格好に着替えて街をふらついていたら、ぽん、と肩を叩かれた。顔を向けたら、振り向き際にカシャ、とシャッター音。カメラの奥に黄色い跳ね髪。
「あっ、やっぱそうだ!グラディオの持ってきた写真の人!」
訳が分からなくて首を傾げる。こっちの困惑に気付いた彼はすぐにごめんごめん、と謝ってカメラを懐に収める。
「オレ、プロンプト。プロンプト・アージェンタムって言います。君のことはグラディオに聞いてね……あ、グラディオってわかる?黒髪で黒服で、顔にこんな感じで十字傷があって、マッチョでいかつくて……ああ、てか写真見せた方が早いね」
グラディオラスのことか。ごそごそと荷物を漁る彼に確認すると、そうそれ!と明るい声が返ってきた。テンションが高い。
グラディオラスから何か伝言でもあるのかと尋ねると、プロンプトは笑いながら違うと手を振って、続けて言った。用があるのは自分だと。
何だろうと思っていたら、目の前の身体が勢いよく礼をした。
「オレと練習試合、お願いします!」
想像はつくけど、一体グラディオラスは私のことを何て伝えたんだろうか。


事前に彼自身が言っていた通り、プロンプトの力量は護身術の延長線上程度のものだった。
だが、銃の精度はかなり高い。接近戦の心得も多少あるようだ。
それに銃弾に色々と仕込んであるのもいい。まだ付け焼き刃のようだが、ものにできれば敵としては相当厄介な相手になるだろう。
小型の敵の群れに囲まれた場合や、逆に大型の野獣と交戦しなければならない場合など、練習試合のあとは戦闘談義に花が咲いた。
人がこないのをいいことに工場の橋の上で話し込む自分達を止めたのは、まだここにいたんだ、と驚くシドニーの声だった。どうやら探しに来てくれたらしい。
「料理、もうできてるよ。ほら、行こう!」
私が応じるより早く、プロンプトがうん!と元気のいい返事をして跳ねるように立ち上がった。嬉しそうにシドニーに駆け寄っていく彼に続いて、工場の門を飛び越える。
討伐してきたベヒーモスは、モニカさんの腕によって特製ビーフシチューになっていた。赤いワインのようなシチューの中に、ごろごろと大きい肉と野菜が湯気を立てて浮いている。
鍋いっぱいのとても美味しそうな料理に、広場も、向こう側の避難区域も、眩しい電気に負けないくらい賑わっている。こんな光景を見るのははじめてだった。
呆けて眺めていると、ぽんと背中を叩かれる。シチューをもらいに行こうと、シドニーとプロンプトが笑っていた。二人の顔がとても眩しく見えた。

いつもモニカさんの料理は美味しいが、今日のシチューは絶品中の絶品だった。しっかりと味わうようにひと口ひと口噛み締めると、胸の奥がじんとした。
「ん〜!イグニスの料理も美味しいけど、モニカさんの料理もプロ並みだなぁ。それに女の人が手作りってのがまたいいよね」
あっこれイグニスには内緒ね、と人差し指を立てるプロンプトに、一度食べる手を止める。
そういえばそうだ。プロンプトがグラディオラスの仲間なら、当然イグニスという人物とも仲間のはずだ。
ということは、彼もノクティス様の盾となるための修行の一環として、自分に試合を申し出たのだろうか。
聞けば、プロンプトは一瞬へ?と目を丸くして、それから苦笑しながら違う違う、と手を振った。そんな大層な理由じゃない、自分はグラディオラス達と違って、ただの一般市民だからと。
なら何故なのか。問いかけると、プロンプトは少し照れくさそうに口を開いた。
「ノクトの友達だから、オレ。……しんどい時にさ、誰かが傍にいて、味方でいてくれると心強いっていうか。てか、オレはそうだったから」
立てていた指で頬を掻きながら呟いたプロンプトは、そこで!と大きな声を上げた。スプーンを持ったままの手は、ぐっと握られてガッツポーズの形をとる。
「ノクトのご学友第一号かつ親友のこのオレが!びっくりするほど強く頼もしくなって、王様のピンチに颯爽と現れる!とかできたらすげーカッコいいじゃん?」
「へぇー、何かアツいね。いいじゃん!」
「へぇあっ!?」
プロンプトが奇妙な叫び声をあげた。見上げれば、イリスちゃんの元で談笑していたシドニーがいつの間にか戻ってきていた。
急に背を丸めて照れ始めるプロンプトに、シドニーが頑張ってね、とエールを送った。私も心の中で彼に言う。頑張れプロンプト、色々な意味で。 何だか和むような二人の様子を眺めてから、座ったまま広場を見渡す。
毎日こんな風だったらいい。賑やかで、みんなの顔が明るくて、張り詰めた空気なんてまるでないような、そんな毎日だったら。
同時に脳裏にちらつく景色がある。ここより荒れていて、瓦礫の山から拾ってきたガラクタを椅子にして、くたびれた服を着て笑いあう人たち。多分、忘れている、故郷の記憶。

故郷の誇りに。
故郷に誇りを。

記憶を失う前の私もきっと、目の前にある光景を願って、そんな日常を取り戻したくて剣をとったのだと思う。
……そう、思いたい。


プロンプトが去ってから、ビブさんから自分宛てに写真をもらった。プロンプトが撮ってくれたものらしい。
チョコボ色の封筒から取り出すと、そこには満面の笑みのプロンプトと石化した自分のツーショット。

…………ケンカを売られているのか、単純な厚意なのか。
しばらくビブさんの前で思い悩む羽目になった。


×月△日
避難民が増えていくにつれ、各拠点でぽつぽつと小さなグループを見かけるようになった。聞くところによると、戦う術はないが、商売や物資調達の腕を活かして何かできないか、と思い立ってできあがった集団らしい。
もし、集まったはいいがどうしようかと右往左往していたら、何とか彼らの方針まとまるように誘導してほしいとモニカさんから王の剣へとお願いがあった。ちょっと無茶ぶりだと思った。
具体的にはどうすればいいのか尋ねたら、リーダーを決めればいいのだと言われた。皆やる気があって集まっているのだから、その中でも信頼できる、または統率力に優れているものを見つけて、まとめ役を指名すればいいと。
半信半疑になりながらも試してみたら、それが予想以上に上手くいった。彼らの手腕でレスタルムまで送られてくる物資や資金に、ここまで円滑に回るものかと、モニカさんの有能さに思わず舌を巻いたのは記憶に新しい。

そんなこんなで、警備のハンターやアコルド軍の方々の邪魔にならない程度に各拠点を見回りながら日々の任務をこなしていた時だった。
メルダシオ協会本部に行ったら帝国兵がいた。正確には帝国兵の服装をした、けれど帝国のエンブレムとは違う紋章を身に着けた元帝国兵が。
驚いてまじまじと見つめてしまったら、白い暖かそうな軍服を着た人と目があった。へらりと気の良さそうな笑みを浮かべて、よかったら武器見ていきません?と自分を手招いた。
何故こんな辺境の、しかも危険な場所にと思ったが、すぐに察した。レスタルムの隅で意気消沈とへたり込む、ニフルハイム人のことを思い出したのだ。
帝国製の武器を見ながら、私は躊躇しながらも尋ねる。ここにいるのは、ルシス側からの指示ですか、と。
白い軍服の人はきょとんと細い目を丸くした。隣のグレーの軍服の人も意外そうな顔をしてこちらを見る。
それから白い方の人がああ、と声を上げて苦笑いをこぼした。
「お気遣いありがとうございます。けどまぁ、オレたちはオレたちの意思でここにいるんで、ご心配なく」
なんとなくやるせない気持ちになっていたから、驚いた。
「なんてったって、オレらは元々シガイ退治で飯食って生きてましたからね。こっちの方が性に合ってるってだけです。なぁ、ウェッジ?」
同意を求める相手はグレーの軍服の人。彼も短く一言呟いて頷く。どちらの顔にもこの境遇の不満も、仕方ないと諦めているような雰囲気はない。
「まっ、ただの一般人に関しては、もうちょっと改善してほしいところですけどね」
「こちらとしても、そう簡単にはいかないだろうとは思っているんだがな。姐さんのおかげで、少しは軟化してきているようだが」
「お嬢は人徳増やすの得意だからなぁ。ありゃ天賦の才だろ」
違いない、と無表情ながらどこか満更でもなさそうに深く頷くウェッジと呼ばれていた人を見ながら、首を傾げる。
姐さんにお嬢。おそらく同一人物。そしてレスタルムの人達からも一目置かれているらしい帝国人。
一体誰なのか、と思った矢先、ビッグスが何かに気付いて視線を私の奥にやった。
「お嬢、お疲れ様です」
「おつかれ。どう、こっちは?」
振り返れば、何とそこにはアラネアさんがいた。目があった瞬間おや、という顔をされる。
「珍しいね、こっちで仕事?」
「あれ、お知り合いですか?」
「前にレスタルムにも、あのシガイを呼び寄せるヤツが出たって言ったろ?その時にね」
「あぁ……えぇと、レゼルボアでしたっけ?そういやそっちはどうです?」
「どうもなにも、各地で大発生よ。とりあえず一掃すれば、しばらくは出てこないみたいだけど。いい加減、シガイとは縁切りたいわ」
「ごもっともです」
かなり深刻な問題なのに世間話のように話している二人を思わず呆然と眺めた。ウェッジさんは無言で相槌を打っている。ついでに会話の中で白い軍服の人がビッグスという名前だと判明した。
ふと、アラネアさんの動きに合わせて揺れる白い布が視界にちらついて、下を見た。布の下部に目が止まる。
竜のような、赤い紋章。
ふと思い出す。ここにいる元帝国兵の人達についていたものも、赤い竜だ。
ビッグスさんの言葉がよみがえる。元々シガイ退治を生業にしていた。
目の前の三人を見る。上司と部下というより、気の置けない長年の友のようだ。
ようやく合点がいった。多分彼らは、以前アラネアさんが言っていた傭兵団の一員なのだろう。
同時に思う。シガイ退治のエキスパートがここにいてくれるのは、とても心強い。
彼らもそれがわかっているから、今最も危険だろうここにいるのだろう。素直にありがたいと思ったし、そんな彼らを尊敬した
。 「そうそう、食料運んできたから。運ぶのよろしく」
「へぇ、定期のはもうちょい先ですよね?一体なんです?」
「魚。しかも鮮魚」
「それは……鮮度的に平気なのか?」
「大丈夫、魔法で凍らせてくれてあるから。まだカッチコチ」
缶詰じゃない食材なんて久しぶりだ、今度ヴェスペル湖にも足を延ばしてみるか、と口々に言いながら歩き出す三人を見ていたら、ふいにアラネアさんが振り向いた。
「あんたも手伝ってくれない?お礼にご馳走するよ」
私に対してもその天賦の才はいかんなく発揮され、その言葉に一も二もなく駈け寄った。


その日はメルダシオ協会本部に泊まることになった。理由は酔いつぶれ。三人ともザルだった。しばらく酒は遠慮したい。
そのせいか、不思議な夢を見た。
荒れ果てた港から海を渡り、そこに浮かぶ小さな島。三日月が背中から落ちてきたような形の、上陸すれば数多の巨大な武器らしきものが突き刺さっている。
覚えのない景色だった。多分、失った記憶にもない島。だってとても人が住んでいるような島とは思えなかった。
けれどそれから、その島がただ映るだけの不思議な夢を、度々見るようになった。


×月▲日
興味深いことを聞いた。ハンター達が所属するメルダシオ協会は、元々は王都警護隊から分かれた組織なのだという。
障壁……レギス王の力でインソムニアを覆うように築かれた魔法障壁ができる際、内と外で『役割』を分けたのだそうだ。逆にハンターから王の剣に入った者もいるらしい。
『役割』というのは、何だろう。もちろん王都の内側と外側の治安維持の目的はあるだろう。けれど他に何かあるような気がする。話していた王の剣の女性が言っていたように、昔から仕組まれていたような。
仕組まれていた、というより、個人的にはこうなることを予期していたかのように感じる。でも、だったらいつから今の世界になることを予期していたのか。メルダシオ協会がいつから発足したのかはわからないが、ずっと先の未来の、しかもこの現状を想定していたとなると、いっそ神の所業だ。

なんてことを考えていたら、発見した。
薄めの色付き眼鏡。その奥に見える火傷の跡。杖を突きながら歩く長身の男性。
いた。多分あの人がイグニスだ。
工場の前。大きめの荷物の横で、静かに缶コーヒーを飲んでいる。
シドさんの言葉を思い出し、少し迷いつつも今回はこちらから声をかけることにした。当たり前だが不審に思われた。本当に当たり前だ。自分はイリスちゃんやプロンプトのように明るさも社交性もないのだから。
それでもシドさんやグラディオラス達のことを話したら、警戒を解いてくれた。
それはそれで不安になったけれど。よく無事に旅を続けられていたものだと思う。
何か用事で来たのだったらと手伝いを申し出れば、用自体は既に終わって今は人待ちだと言ってきた。
もしかして、と。用事とは魚のことかと尋ねれば、少し驚いたような声音でそうだ、と肯定される。
……本当にリード地方まで魚捕りに行ってたのか。しかも今の今まで。考え方と行動力が突飛すぎるだろうこの人。
黙ったのを何と解釈したのか、冷凍して運んできたから一週間は生魚として調理できるはずだと付け加えてきた。そうじゃない。
呆れて返す言葉も出ないままでいると、イグニスは片手を顎に添えて軽く俯いた。
「このあと、何か予定は?」
唐突な問い。予定はないので首を横に振る。振ってから気付く。まさか。
杖からチキ、と普通の杖からは出ないだろう音が聞こえた。
「グラディオ達からあなたの話は聞いている。よければ、手合せを願いたい」
またこのパターンか。
額に手を置きたくなるの衝動を足に持っていき、ホリーさんに許可をもらってくるという名目で一旦その場から離れた。


仕込み杖で戦うようになったのは、視力を失ってからだと彼は話した。時間としては一年経つか経たないか。
それであの実力かと、座りこんだまま遠くを見つめた。相手の気配を感じて放つカウンターは、仕込まれた刃が潰れていなければ真っ二つだったろう。今も受けた箇所が痛い。とても痛い。
おそらく不思議なボトルから放ったブリザガも、攻撃のためだけでなく風の流れを読みやすくするためだろう。あれは魔力を溜め込む道具だろうか。
それに隙をついてポーションで回復。クアール相手の時も思うが、己の傷を癒しながら戦う敵ほど厄介だ。
自分達王の剣のことを棚に上げつつ、以前はどんな武器を使っていたのかと聞くと、双剣と槍だ、とイグニスは答えた。
「仕込み杖の扱いも慣れてきたが、やはりこの二つが一番しっくりくる。早く感覚を取り戻したいんだが、そう簡単にはいかないな」
いや、目が見えていない状態でそれだけ動けて、仮にも日々戦闘に明け暮れている相手と本気で渡り合える時点で奇跡に近い。充分すぎるくらいだ。
とは思ったが、口には出さなかった。彼が守りたいものが自分自身ではないことくらい、彼と彼の仲間達とその主のことを考えれば一目瞭然だ。
代わりに、タルコットから聞いた情報を話題として振ってみた。内容はガーディナ沖で目撃されたらしい、王家の船について。
タルコットの話では捜索は難航していると聞いたが、今はどうなっているのか。イグニスはつい先日までリード地方に行っていたのだから、当然現場を見に行ったのではないかと思ったのだ。
「特に進展はしていないな。何とか回収できないか、作戦を練ってはいるようだが」
工場の門に寄りかって息を吐くイグニスに、船の中にノクティス様の手掛かりがあればいいよね、と返す。励ましというより、素直にそう思った。
面識はない。けれど、私が世話になっている人達は皆、ノクティス様のことを慕っている。
イグニス達にしてみれば不純な理由かおしれない。でも、ノクティス様が戻ってくれば、きっとみんな喜ぶから。ノクティス様のことを信じて待って、この状況にめげずに手を差し伸べて、頑張っている人達のために。
だから見つかってほしいと思う。
「そうだな……。ノクトがいつ戻ってきてもいいように、オレも力を得なければ」
眼鏡をかけ直しながら呟いた言葉に、妙な引っ掛かりを覚えた。酷い火傷の跡が残す横顔を眺めながら考え込む。その顔が、ふいに上向いた。
「どうやら迎えが来たようだ」
彼の言葉に周囲を見回すが、誰もいない。首を傾げているうちに、イグニスは礼を言ってその場から去っていく。
彼の姿が階段下に消えてから、私も歩き出す。テントや機械が置いてある広場が一望できるところまで来て、今の今まで考えていたことが全部吹っ飛んだ。
特徴的な黒い鎧に、鈍色の銀髪。その傍にさっきまで一緒にいたイグニスの姿。
何故迎えがアラネアさんなのか、何で彼女が来たと気付いたのか、そもそも接点はどこに、というかいつから。

衝撃から立ち直ったのは、焼き魚の香ばしい匂いが漂ってきた頃だった。
既に列の出来ているそこに並んで、料理を見て気付く。この間メルダシオ協会本部で、アラネアさんが持ってきてくれた魚を同じだと。
…………今度タルコット……いやイリスちゃんあたりに聞いてみよう。それかモニカさんでもいいかもしれない。もしくはビッグスさんとウェッジさんに、事の詳細を。

後日、二人が定期的に戦闘訓練を行っていると噂に聞いた。
納得したような残念なような、でもなんとなく腑に落ちないような。いやだって、あの距離でしかも気配で気付くって。
聞いたら聞いたで複雑な心境になるだけだった。


×月◎日
いつものようにメテオの欠片を集めて、イチネリスの人に受け渡していたその時。
今までにないほど酷い頭痛がした。頭が割れそうな痛みに視界が歪む。
目をつむる。真っ黒な世界で、声が聞こえた。
『―――闇だ』
厳かな声。恐ろしい声。
『瑕疵無き夜が、すべてを包もうとしている』
耳鳴りと共に頭の中に直接響く。
『星の未来を守るため―――聖石に選ばれし王を迎えよ』
真っ暗だった視界が唐突に、目が回るほどの速さで様々な景色を映して流れていく。
貧しい故郷。栄える王都。崖下に潜む帝国軍の艇。投下されるシガイ。崩壊する障壁。神凪様。ニックス。グラウカ将軍。
『さあ、目覚めるのだ』
最後に―――沖から見える、あの島は。
『新たな、『王の剣』として』
声が遠のく。耳鳴りが治まる。頭の中が徐々に整理されていく。
そして、思い出した。
過去の記憶。王都の記憶。陥落した際の、あの時の。自分が犯した最悪の罪。
震える手でスマートフォンを操作する。今の今まで忘れていた数字を入力すれば、簡単にロックは解除された。
入っていたのは一通のメール。

その中身は、紛れもない、反逆者の証明書だった。

「ちょっと、どうしたの?」
誰かの声がする。途端、言いようのないほどの罪悪感が押し寄せてきた。
私はそんな言葉をかけられるような人間じゃない。心配されていい人物じゃない。
私はあなたの国の王様を殺しました。帝国に加担しました。罪のない人たちも見殺しにしました。
そして今現在も、ここも、守りたかったはずの故郷も壊して、沢山の人達を窮地に追いやった、その元凶の人物でした。
可能性として考えていた自分の過去は、ただのもしもとしてしか考えていなかったことを痛いほど思い知った。
気遣う声が、労いの言葉が、息が止まりそうになるほど苦しい。
このまま心臓ごと止まってしまえばいいのにと、本気でそう思った。

「王家の船が回収されました!」
我に返ったのは、タルコットの喜びに溢れた声音だった。
声の下方向に振り替える。いつも彼がいる、受付の横のテント。その周りに人の視線が集結していた。
「『王家の船』の話を覚えてますか?ガーディナ沖を漂ってた、ノクティス様の船のことです。
ディーノさんからの最新情報なんですけど、ついに『王の剣』が乗り込んだらしいんです!
船は桟橋に繋げたので、これから調査をするみたいです。ノクティス様のこと、何かわかるかもしれません!」
ガーディナ。桟橋。ノクティス様。船。
また頭が痛くなる。目を閉じた先に景色が映る。
三日月のような、荒々しい爪のような島のシルエット。強く、強く、鮮明に。
来い、と。まるで、誰かに呼ばれているように。
耳鳴りから解放されてから頭を上げれば、真っ青な顔をした王の剣を何人か見かけた。きっと私も同じような顔色をしているんだろう。今だって冷や汗が止まらない。
ただ、ひとつ確信する。
ようだ、じゃない。呼ばれているんだ。

ただひたすらに、縋るような思いで、私たちは移動用のトラックに乗り込んだ。



×月Θ日
内陸にあるレスタルムからリード地方の端にあるガーディナまでは遠い。一日以上かけて辿り着いた荒れ果てた港町で待っていたのは、私を拾ってくれたリベルトさんだった。
軽そうな雰囲気の人と何かしら話し合っていた彼は、私に気付くとよぉ、と片手を上げた。その表情は心なしかかたい。私の顔はもっと酷い。 だからだろう。出会いがしらに小突かれた。
「何今にも死にそうな顔してんだ。勝手に海に飛び込もうとするなよ」
お前らも、と私の背後にも注意が飛んだ。返事もせずに黙ったままの私たちに、呆れたようなため息と共にわからなくもないがよ、と困ったような声が落ちる。
「オレもな、シガイにめちゃくちゃにされた王都を、故郷を見て、てめぇは何てバカなことをしちまったんだと思ったよ。オレたちを拾ってくれた王を、親友を信じきれずに、あまつさえ裏切ったことをな」
リベルトさんの語る言葉が、ぐさぐさと胸に刺さる。
ここにいる全員、レギス王に拾われておきながら、レギス王を裏切った大罪人だ。
だから、かつては囚人を送って罪や穢れを祓い、浄化するという神影島に『呼ばれている』を感じて、私たちはここにきたのだ。
「けど、そんな愚行に走ったオレにも、お前にも、まだ王の加護が宿っていた。それに、何かしら意味があると思わないか?」
呆れから真剣な、力の込められた声音に、私は弾かれるように顔を上げる。
そのタイミングを見計らって、リベルトさんは笑みすら浮かべてこう言った。
―――力には責任が伴う、と。
「だからオレたちは力ある限り、その責任を背負って、もし誤ったらその分以上に償っていくべきなんだ。……ま、これはどこぞのヒーローの受け売りだけどな」
にっと笑うリベルトさんは、だから死ぬために神影島に行こうとしてるヤツにはこの場に残ってもらう、と宣言した。

リベルトさん。船に乗って少しして、私は彼に尋ねる。
さっき言っていたヒーローって、もしかしてあなたの親友のことですか?
彼は目を丸くした。言葉も出ない彼に、私はひとつ、今の今まで隠していたことを白状する。
何故か私の懐に入っていた宛名のない手紙。正確には、宛名の掠れた手紙。
開けば中に差出人の名前が書いてあった。彼を救ったヒーローに宛てた、自分にできることをしてお前の帰りを待っていると記された、一通のそれについて、自分が持っていたとやっと告げる。
ぽかんと私を凝視していたリベルトさんは、やがて長い長い溜め息をついて頭を抱えた。
「捨てたはずなのに何でお前が持ってんだよ……」
それは本当に疑問だ。何ででしょうね、と首を傾げたら、そのまま首を更にひねられた。物理的な痛みに私も頭を抱えた。
「オレが聞いてんだよ!つぅか返せ!今すぐ!」
胸倉掴んで脅してくるリベルトさんに、もうコル将軍に渡してきちゃいました、と言ったら今度は思い切り襟元を絞められた。神影島につく前に死ぬかと思った。本気で。
あと少しで落ちる、と思った直後に離される。大きく咳込みながら息を整えていると、その間に落ち着いたらしいリベルトさんが大きな溜め息を吐いてげんなりとしていた。
取りには帰りませんよ、と一応言っておくと、当たり前だバカ貴重な燃料無駄にするかよ、と怒られた。
バリバリと頭を掻いて、リベルトさんは暗い海の向こうを見た。
「―――神影島は、ルシス王家と因縁があるって話だ」
それは、知ってる。タルコットから聞いたから。
そしてもうひとつ、魂を浄化するという謂れの他に、タルコットが言っていた由来がある。
「何故か戻った王家の力、王の剣が見る神影島。そして……偶然発見された、王の船」
それは自分達が慣れ親しんだ神話の一つ、創星紀に記されていたこと。
「色々結びつけて考えるヤツも多い。『まるで呼ばれてるようだ』ってな」
神影島は、『星の力が集う神様の集会所』なのだと。
リベルトさんと同じように、私も海を見つめる。その先には、桟橋からも辛うじて見えていた神影島の濃い影。私は手のひらをぎゅっと握る。

そのどれかが真実なら。
そのどれもが真実なら。

……いや、そのどれもが真実でも、戦うことしか能のない私たちは、やはり戦うことでしか罪を償うことも忠義を証明することもできないのだろう。
だったら、その罪を償いきるまで、今度こそ第二の故郷と大切な人達を護るため。
授けられた力がなくなるまで、戦い続けると。

故郷の誇りに、私は誓う。



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