祈り灯


誰かに願ってほしかった。

ドアノブをゆっくりと回し、部屋の外に出る。手燭を手にひょこりと顔を覗かせたエミリーは、とっぷりと夜に沈んだ廊下にそっと足を踏み出す。
気を付けているつもりでも、スリッパが床を擦る音がよく響いた。元々場所が人里離れた森の奥地だ。夜のエウリュディケ荘園は、昼とは真逆と言っていいほど静寂に包まれていた。
広間は消灯され、自分で明かりを持ってこなければ作業すらできない。まだ暖炉に火をつける必要もない時期でもあり、火の消された広間はすぐに冷え込んでしまう。サバイバーの住居にはハンターの館のようにハイテクな機器はほぼ存在しないのだ。
だからサバイバー達は夜になれば自然と自室に戻っていく。一人で思い思いに過ごす者もいれば、気の置けない仲間で部屋に集まる者もいる。かくいうエミリーも、寝る以外の身支度を済ませてから今の今まで読書にふけっていた。
黙々と活字の海に飛び込んで数時間、丁度本の共に飲んでいたコーヒーが空になった。まだ飲み足りないと喉に乾きを覚え、手元の懐中時計を見てもう一時間くらいなら平気かしら、と空のマグカップと燭台を両手に部屋を出てきた。
そして今、エミリーは少し後悔している。
「思ったより真っ暗ね……」
蝋燭一本が照らす範囲は腕を伸ばしたところまで。その先は何も言えない闇一食の世界が広がっていた。

丑三つ時って知っとる?

美智子の静かな声音がよみがえり、エミリーは思わず肩を竦める。




祈り火

送り火は祈りを運ぶ。
白黒無常の記念日おめでとうございます。

夜更けに会話するむじょエミ話。白エミで黒エミです。くっついてる設定です。
白黒の記念日ってどういう日なんだろう?と思って旧暦7月15日について調べていて、その風習を読めば読むほどもしこの記念日を決めたのが白黒自身だったのなら、黒じゃなくて白の方だろうなと思って書いた話です。死者の罪を赦す日…選ぶなら白なのかなぁと…でも願うのは黒かもなぁと…その間にエミリーがいればいいなぁと、そんな自己解釈と願望を詰め込んだ話。
あと彼シャツは正義だと思います(台無し)。シャツじゃないけど。

お中元の由来もこの中元節からきていることを初めて知りました。何でお歳暮はちゃんと年末らしい単語なのにお中元はお中元なんだろうとか思ってました。年の半ばあたりだからお中元て言うのかなとか斜め上の解釈してました。今考えると大分大雑把だな…。ちなみにその日におくる贈り物は元々懺悔や謝罪の意味があったのだとか。

そして今日はどんな手紙がくるんでしょうか。わりと手紙でものすごく重大なキーワードをさらっとぶち込んできてくれるので怖いです。すごく怖い(再来)。

白黒無常の記念日おめでとうーーーー!!


白黒っぽいケーキ作るの頑張ったので見てほしい。数か月前から思考錯誤してたんだ。
お酒はお供え物的な。

間に!あった!もし白黒自身がこの日を記念日が選んだとしたらの自己解釈。白エミ黒エミのむじょエミです。白黒無常の記念日おめでとうございます!

この話思いついたのちょうど一週間前で…すごく頑張った…ちゃんと間に合わせてわたし偉い…。


自分と相手は信仰も風習も全然違うけどあなたが幸せでありますようにと願う心は同じなんだっていうのに萌えます。



誰かに願ってほしかった。願う誰かがいてほしかった。

寝具の隙間から入り込んできた冷気にエミリーは瞼を震わせた。反射的に身を縮こませて、それからゆるゆると目を開いていく。
眼球の乾きに数度まばたきをして、焦点を合わせたところで気付いた。眠る直前まで自分を抱えていたはずのぬくもりが消えていた。
「起こしてしまいましたか」
そう思った矢先にすぐ傍から涼やかな声が届く。気怠い身体をもそりと起こしてみれば、ベッドに寄り掛かる謝必安の姿が見えた。
シルクのような長い髪から、白い肌に黒い痣のような模様が張り付いた顔が覗く。暗闇の中、彼は首だけをこちらに向けて微笑んでいた。
「夜明けまではまだあります。もうひと眠りしても大丈夫ですよ」
「ええ……」
頷きつつも、その整った面差しを照らす微かな光が気になった。眠気が抜けきらないままじっと見つめていると、謝必安は笑みを深めてエミリーを手招いた。
誘われるままに近付いて、途中でシーツが肩から落ちる。素肌が夜気に晒されて思わず身震いすると、すぽりと頭から何かをかぶせられた。
途端、厚手の布によって寒さが遮られ、嗅ぎ慣れた香のにおいに包まれた。その香りにまた眠りに落ちそうになって、いけないと抗うように顔を出す。
冷えた空気が頬を撫で。その冷たさに徐々に眠気がさらわれていく。けれど他は暖かい。
腕を持ち上げてみれば、途中でだらんと垂れ下がった袖が見えた。彼の上着を着せてくれたらしい。前を向くと、柔らかな表情をした謝必安と目が合った。
少しだけ気まずい面持ちになりながらも、それでも好奇心には抗えずエミリーは膝立ちのまま薄い背中に近付く。
肩越しに彼の足元を除き、そして見えた光源の正体にまぁ、と声を上げた。
「綺麗……紙製のランプ?」
「ええ、これは用途がやや特殊ですが。灯籠、と言います」
灯籠、とエミリーは謝必安の言葉を繰り返す。皿のような器の上に組み立てられた細い木に、あまり見ない種類の紙が四方に貼られた小さな箱状の照明。その中には蝋燭が入っているようで、ぽつりと小さな光を放っていた。
燭台やランタンとも違う明かりだ。直接火は見えず、覆うものが透明なガラスでもないためランプよりも光は弱い。そのためか、普段見る照明よりもあたたかみを感じる。子どもの頃に読んだ絵本の挿絵が、そんな色合いで描かれていたのを何となく思い出した。
「もしかして、今日と何か関係があるの?」
エミリーは肩に寄りかかったまま問いかける。夜明け前、と彼は言った。ならもう日付けは変わっているのだろう。
ついでに眠る前の出来事が頭をよぎり、自分の意思とは関係なく頬に熱が集まった。それに目敏く気付いた謝必安はすいと目を細めるが、特に言及はしてこなかった。
「その通りです。今日この日、故郷では中元節という行事がありまして……」
代わりにその口から語られたのは、彼らの国のしきたりだった。
曰く、今日は地獄の大帝の誕生祭であり、地獄の門が開いてあの世とこの世が繋がる月でもあるという。そのために善も悪も関係なく、多くの霊魂が現世に戻ってくる日なのだと。
祖先の魂は家族の元に帰り、悪霊は生者を狙って現世を彷徨う。故に中元節の日には、彼らのために食べ物や飲み物を家の前に供え、また僧侶──こちらでいう神父に近い者だそうだ──を呼んで悪さをする霊を鎮めてもらう。
話を聞きながら、ハロウィンに近い風習だろうかと思った。日取りも祝い方も違うが、霊がこちら側にやってくるという点は共通している。悪霊を追い払うという部分も似ていた。
「そして日の終わりに、この灯籠を河に流すのです。暗い底にある死者の国とを繋ぐ道を照らし、魂が迷わないための道標として」
「それは、たくさんの人が灯籠を河に流すの?」
「ええ」
「そう……とても綺麗な光景なんでしょうね」
「ええ……息を呑むほどに美しい。初めて見た時の感動は、今でもよく覚えています」
謝必安は懐かしそうに目を細め、灯籠の縁にそっと触れる。その長い指先を目で追いながら、紙の中でぽつりと燃える火を見つめた。
謝必安がそう感想をこぼすほどだ。この灯火がいくつも水の上を流れていく様は、さぞかし美しいのだろう。
きっと胸が締め付けられるほどに儚くて、幻想的な光景が。
「ただ、本来は7月15日に行うものなんですが、こちらの国の暦とは大分ズレがあるようで」
ふとそう付け加えた謝必安の声に意識が引き戻される。どこか遠くを見つめて苦い笑みを浮かべる謝必安を見て、エミリーはくすりと笑みをこぼした。
「先々月は大変だったそうね。あなたが嘘をついたって、ロビー君が泣いてしまったのだったかしら?」
聞いた話を思い出しながら問いかければ、細い横顔は苦笑いを更に深めた。
「突然尋ねられたもので、つい私たちの知る暦(こよみ)で答えてしまったんですよ。この国の暦には、故郷の風習は記されていませんし」
七月の出来事だ。謝必安たちの国の暦と、自分達が使う暦が異なっていたせいで起こったすれ違いだった。
ヴィオレッタたちが張り切って祝いの準備をしてしまい、のちに別の日だと知って散々文句を言われたのだとか。しまいにはもしかして適当に言ったのではないか、という疑惑が広がり、比較的良心的なハンターたちが落ち込み始めて大変だったと、疲れ切った様子で医務室にやってきた范無咎に愚痴を聞かされたのは記憶に新しい。
「そのままその日に合わせてしまってもよかったんじゃない?」
「それも考えたのですが……しきたりというものは、定められた時期に行うことが重要ですから」
彼の返答に確かにそうだと納得する。何かしらの意味があるからこそ、行事というものは特定の日に行われるのだ。見方を変えれば、謝必安たちにとってそれほど大切な風習なのだとも言える。
「エミリー、こちらへ」
呼びかけられ、返事をする前に身体が浮いた。謝必安に持ち上げられたのだ。
そのままエミリーを自身の足の間に降ろして長い腕が抱きかかえる。エミリーは腹部の前で組まれた大きな手に触れて、そして思わず引っ込めた。
「冷た……!」
「ふふ、エミリーはあたたかいですね」
「ひゃっ……!ちょっ、と!」
反応が面白かったのか、冷え切った手が解いた髪を梳きながらひたりと首筋を撫でられた。冷たさと指先の意図的な触り方にぞわりと肩が強く跳ねる。慌てて入り込んでくる手を遮り、エミリーは目元を赤らめながら謝必安を睨みつける。
「私で暖を取らないでちょうだい。そんな薄着でいるからよ」
「おや、それはお誘いですか?」
言いながら今度はボタンに手をかけようとする指先を急いで止めた。
「そういうことじゃないわ。最初から着込んでいればって意味で……」
「つれませんねぇ。昨夜はあんなに可愛らしかったのに……いたたたた!痛いですエミリー!ツボを的確に押すのやめてください!」
「胃の調子が悪いみたいね。今日のお酒は控えた方がいいんじゃないかしら?」
「医者にあるまじき雑な診断ですね……痛いっ!」
「あら、これはれっきとしたあなたの国の医療よ。足の方も診察してみる?」
「勘弁してください」
反省しました。そう言いながら謝必安はエミリーの後頭部に顔を埋めてきた。しくしくと悲しむ姿がわざとらしい。エミリーは呆れながら無視を決め込み、無言で灯籠に視線を落とした。
木枠に張り付けられた紙には、緩やかな曲線が描かれている。曲線の中には見事に花開いた一輪が浮かんでいる。まるで花が水の上を漂っているように見えた。
花弁の先だけが薄紅に染まった白い花の繊細さにぼんやりと見惚れていると、ふいに頭上から声が降ってきた。
「中元節の月は、鬼月とも呼ばれます。この場合の鬼は魂……霊と同じ意味合いで使われています」
私たちが鬼使いと呼ばれるのもそのためですね。そう付け加えてから言葉を区切り、謝必安は再び口を開く。
「地獄の門が開き、死者の魂が赦される日。……故に鬼月のこの日に、霊魂を鎮めるために習わしを行うのです」
静かに紡がれた名称の意味に、エミリーは声には出さずにああ、と呟いた。ああ、だから謝必安──その台詞で彼だと悟った──は、記念日と問われてこの日を示したのだろう。
咄嗟に脳裏によぎったのがこの風習なのか。その心理を思い、エミリーはそっと目を伏せる。きっとそれは、他ならぬ彼自身が最も理解しているのだろう。
す、と横から腕が伸び、床に置かれた灯籠を持ち上げる。片手に収まった明かりが、エミリーの前に掲げられた。
「この灯籠は差し上げます。蝋燭を入れ替えれば何度でも使えますから」
「いいの?」
「ええ。元々そのつもりで持ってきたので」
謝必安の手から灯籠を受け取る。上から中を覗けば、大分小さくなった蝋燭が、中央にちょこんと立っていた。
「湿っぽくなってしまいましたね。灯籠は夜の川に流すと一つでもとても風情があるんですよ。いつか試してみてください」
謝必安の口調がぱっと朗らかなものに変わった。自分を囲んでいた腕が離れていく。
「では、私ももうひと眠りします。今日はバーメイドさん秘蔵のドーフリンリキュールをいただける約束をしていますから。体調は万全にしておきませんと」
「謝必安」
緩やかな囲いが解かれたエミリーは身体ごと振り返った。傘の中に潜もうとしていた謝必安を見上げ、その端正な顔と向き合った。
「ありがとう。こんな素敵なものを、流してしまうのは勿体ないけれど……でも、その時まで大切にするわ」
穏やかな気持ちで微笑むと、目の前の男は驚いたように固まって自分を見下ろした。
ぽたりと白い雫が落ちる。ぱたぱたと傘の先から落ちてくる水滴の奥で、見開いていたアメジストの瞳が、ゆるりと細められたのをエミリーは確かに見た。
「ありがとうございます」
嬉しそうに礼を言った謝必安は、今度こそ雨に溶けていった。

彼の頭上で広がる傘から落ちる雫が、徐々に白から黒へと代わっていく。同時にエミリーが羽織っている彼の上着も雨に濡れるように黒く染まっていった。
上着が完全に染まりきった頃、丁度范無咎も姿を現した。
「ん……朝か?」
謝必安に代わって姿を現した范無咎が、寝ぼけ眼で部屋を見回した。
「まだ朝まで時間があるわよ」
「そうか……うぉっ?」
がしがしと頭を掻きながら適当な相槌を打ってきた范無咎が、突然素っ頓狂な声を上げた。大きくのけ反ったまま硬直してしまった范無咎を、エミリーは不思議そうに見つめる。范無咎も自分を凝視していたが、やがて我に返ったようにばっと顔を逸らした。
「あいつわざとか……?」
「范無咎?」
口元を片手で覆ってぶつぶつと何事かを呟く彼にエミリーは首を傾げるしかない。気になって見上げていると、見るなと言わんばかりにもう片方の手が顔にべたりと張り付いてきた。
「ちょっとやめて……落としてしまうから」
「あ?……ああ、灯籠か。最近俺に隠れてこそこそ作っていたと思ったら」
その言葉にようやくこちらを見た范無咎は、エミリーの両手にあるものに気付いて手を離す。
懐かしいな、と普段通りに戻ったらしい范無咎が目を細める。対してエミリーは彼の発言に目を丸くした。
「これ、謝必安の手作りなの?」
「多分な。その絵柄は必安だ。あいつは俺と違って手先が器用だからな。昔、花の形の灯籠を持ってきたときは俺も驚いた」
「本当に器用ね……」
絵を描くことが趣味だとは言っていたが、こんなものまで作れるとは思わなかった。エミリーの両手に収まるサイズなら、謝必安にしてみれば相当に細かい作業だったのではないだろうか。
抱える灯籠に視線を落とす。ゆっくりと燃えていた蝋燭は、そろそろ火が消えそうなほど溶け始めていた。
「……なぁ、その灯籠は河に流すつもりか?」
「え?ええ、今すぐにではないけれど、いつかは」
「なら、それを流すときは、必安のために祈ってくれないか?」
自分と同じように灯籠を眺めていた范無咎が、少しだけ考えてからそう言った。
エミリーは目線を上げる。視線は灯籠に向けたまま片膝を曲げて向かい合う男は、大きな黒い痣が広がる顔に憂いと優しさが滲んでいた。
彼が友を想ってする、いつもの顔だ。
「いつでもいい。いつか、それを流して、その時に必安の心が穏やかであるように、と。そう願ってほしい」
骨ばった手が灯籠の縁に触れる。奇しくも彼が触れた場所は、先ほど謝必安が指先でなぞったところと同じ場所だった。
黒い手と、灯籠と、支える自分の両の手と。ふと、エミリーの目に川に流れる灯籠の姿が映った。
冥府と現世の道を照らす灯火。河川に流した灯籠は、人々の願いも一緒に運んでいく。
死者の魂が迷わぬように。どうか安らかであるように。
どうか罪に苛まれる心が、少しでも軽くなるように。
ぱちりと、まばたきをひとつする。ゆっくりと瞼を上げると、思い描いた風景は蜃気楼のように消えていた。
灯籠をきゅっと握り、わかったわ、とエミリーは返事をする。見上げた先の不愛想な面差しが、自分の答えで安堵に緩んだのがわかった。
「いつか川に流す時がきたら、そう願いながら流すわ。あなたたちの心が、平穏であるように」
「……別に俺は」
「あなたが心穏やかじゃなければ、謝必安も心配で仕方ないんじゃないかしら?」
断ろうとする相手にそう反論すれば、范無咎はぐっと言葉に詰まった。バツが悪そうに眉間にしわを寄せる彼に、エミリーはくすりと笑声を立てる。
「本当に、あなたたちはお互いが大切なのね」
「お前も大事にしているつもりだが」
さらりと言われて今度はこちらが固まってしまった。范無咎は特に照れた様子もからかっている様子もない。その態度が逆に彼の本心から出た言葉なのだと理解してしまって、エミリーは思わず視線を落とした。無口なのに、時々そうやって心臓に悪いことを言ってくるから困る。
ふと、俯いた先で明るい光が目に飛び込んだ。思わず片目を瞑って光源を見れば、蝋が溶けきった中で蝋燭の火が大きく燃えていた。
「……私もいつか死者になったら、罪を赦してもらえるのかしら」
最後の輝きとばかりに燃え上がる灯火を見つめていたら、吐息のように言葉が落ちた。
これは弱音だ。自分でもわかっている。
犯した罪は自覚している。それを受け止める覚悟をもって、生きてここにいる。けれど。
獣も鳴かない夜明け前の部屋に、ほとりと静寂が落ちる。窓の向こうの微かな風の音を聞いているうちに、同じように火に照らされた范無咎がおもむろに口を開いた。
「赦される、という言い伝えだ。確証はない」
「そう……そうよね」
范無咎から返ってきた答えに、エミリーは思わず苦笑する。特に落胆はない。嘘をつけない彼だから、そんな直球が返ってくると思っていた。ここまで率直だといっそ清々しいくらいだ。
だからこそ今の話もあっさりと終わりにできる。そう思っていたのに、范無咎の言葉は予想外にそこで終わらなかった。
「だが、お前が死んだら真っ先に俺たちが迎えに行く。その確約はくれてやる」
意外な面持ちで視線を上げる。范無咎は、力強い眼差しで真っ直ぐにエミリーを見つめていた。
「代わりにはならんだろうが……いきなり閻魔大王の元に連れていかれるよりはマシだろう」
ふ、と金色の双眸を緩めて頭を掻く。照れを誤魔化している姿に、呆気に取られていたエミリーはやがて追いついてきた理解にじわりと笑みを滲ませる。
彼なりの慰めなのだろう。不器用な、けれど真摯な優しさに思わず胸を打たれる。
「范無咎……ありが──、」
感謝を口にしようとしたエミリーは、しかし次の瞬間笑顔のまま固まってしまった。
「……ちょっと待って。それって、私が地獄に行くことが決まったようなものじゃ……」
待ったと手を上げて、青ざめながら質問する。エミリーの問いに范無咎は目をしばたかせ、それからにやりと片頬を吊り上げた。
「今さら何を言っている」
その時、灯籠の火が消えた。一気に暗くなった室内で范無咎の動く気配がしたかと思うと、唇にひやりとした何かが触れる。
「俺たちに捕まっておいて、今生限りで逃げられると思うな」
固まっているうちに今度は身体を持ち上げられる。混乱しているうちに范無咎は立ち上がり、エミリーを抱き上げたままベッドに寝転がった。
遅れて背中に何かが触れる。感触からして鎮魂傘だろうと狼狽したまま判断した。
「えっと、范無咎?」
もぞりと顔を上げて范無咎の顔辺りを見つめる。問いかけると、彼は眠たそうな声をしながらぽんと頭を撫でてきた。
「朝までまだ時間があるんだろう?お前も寝ろ。どうせ休みでも働くつもりなんだろう。仕事中毒」
「病気みたいに言わないでくれる?」
「病気だろ。いいから寝るぞ」
言うが早いか、范無咎はエミリーを抱えてすとんと眠りに落ちてしまった。寝つきが早い。
「楽しみ、にしておいてもいいものかしら……?」
とんでもない約束をもらってしまった。しかも一方的に。捉えようによっては脅し文句だ。
呆れ気味に彼を見上げていたエミリーは、やがて笑いまじりの吐息をこぼして力を抜いた。
もう随分と前から、もう神の御許にはいけないと思っていた。だから彼の言う通り、自分には今さらだった。
──今さら。だから、最期に二人が迎えに来てくれるなんて、なんて贅沢なことだろう。
そう、嬉しいと思ってしまった。どうしようもないわね、と自分に向けて苦い笑みを送る。その気持ちを誤魔化すように、エミリーは范無咎の胸に額を摺り寄せた。
薄手の生地から感じる体温は、相変わらず自分よりも低い。けれど微かに聞こえる鼓動の音が安堵を運んできて、次第にエミリーも眠気が押し寄せてくる。
その時、ふいにある言葉が頭に思い浮かんだ。心地良い睡魔に瞼を閉じながら、エミリーは半ば無意識にそれを口にする。
「天にまします……われらの父よ……」
囁くように呟いて、エミリーは心地よい微睡みのなかに落ちていった。


この祈りが届くのなら、この異国の者達に救いの手を。
どうかその道の先に、彼らが穏やかであれる日が訪れますように。


送り火は祈りを運ぶ。

あとがき
白黒の記念日ってどういう日なんだろう?と思って旧暦7月15日について調べていて、その風習を読めば読むほどもしこの記念日を決めたのが白黒自身だったのなら、黒じゃなくて白の方だろうなと思って書いた話です。死者の罪を赦す日…選ぶなら白なのかなぁと…でも願うのは黒かもなぁと…その間にエミリーがいればいいなぁと、そんな自己解釈と願望を詰め込んだ話。
あと彼シャツは正義だと思います(台無し)。シャツじゃないけど。

お中元の由来もこの中元節からきていることを初めて知りました。何でお歳暮はちゃんと年末らしい単語なのにお中元はお中元なんだろうとか思ってました。年の半ばあたりだからお中元て言うのかなとか斜め上の解釈してました。今考えると大分大雑把だな…。ちなみにその日におくる贈り物は、元々は懺悔や謝罪の意味があったのだとか。



[戻る]